ハロウィンの呪文














 「Trick or treat!」




ハロウィンなんて行事は我が家にはなかったから
1年目は酷い目にあった


もう2度と同じ手には乗らないと思ったのに
油断したら2年目もひっかかった


だけど今年は用意万端


いついかなる時に不意打ちを食らっても
即座に差し出せるほど一杯のキャンディーを
ポケットに忍ばせている




 「Trick or treat!」


 「はい、どうぞ!」


にっこり笑って赤也の手にポップな彩りの包みを余裕で乗せれば
不満そうにちぇって舌打ちされた



 「なに、それ?」

 「先輩、用心しすぎ!」

 「何言ってるの、さんざん人をバカにしたくせに…。」


残念そうな後輩に手を振って踵を返した途端、
私の視界を遮る長身の彼



 「今年はちゃんと用意してるんだね?」


不敵な笑みを口元に浮かべる彼は私にとって要注意人物!

ポケットの上からまだまだ残ってるキャンディーの膨らみを確認しながら
西部劇のガンマンよろしく身構えた。



 「何か、用?」

 「別に…。」



そう言いながらもその目は悪戯っ子のような光を宿してるから
私は彼の口元を凝視せざるを得ない


そう、もし彼の口からあの言葉が飛び出したら
早撃ちの妙技をお見舞いしなければどんな仕返しをされるかわからない




 「…。」

 「…。」




まさに蛙と蛇のにらみ合い…




 「早く言ってよ!!」


痺れを切らして催促

こんな行事、とっとと終わらせてやる



 「そんなにせかさなくても?」


くすっと笑う幸村にまだまだ心を許すわけにはいかない



 「いつでもどうぞ!」



私は少しずつ右手をスカートのポケットの中へと動かしていく

お互い視線と視線は絡み合ったままだから
幸村に私の右手の動きは予測できてないはず




 「そんなに言って欲しい?」




私は大きく頷くと勝利への確信を深めた







幸村の口元が開かれると同時に








差し出した私の手の中のキャンディーは






幸村の言葉が耳に届いた途端、バラバラと床に落ちていった…







 「愛してる。」







手首を掴まれたまま彼は尚も言葉を紡ぐ





 「抱きしめていい?


    それとも


      キスがいい?」







ハロウィンの幸村は要注意だ!