手塚ゾーン 3
私が手塚ゾーンに捕まって1年が経ってしまった。
不覚だ。
一生の恥だ。
何で平凡以下の私が青学人気NO.1のこいつと付き合ってるのか
1年経った今でも謎だ。
そりゃあ手塚はカッコイイ。
それは認める。
あのさらりとした前髪から覗くレンズの向こうで
細められた目が私を捉えると
私たちの前にいかなる障害物があっても手塚は私の元にやって来る。
手塚ゾーンってボールを引きつけるテニスの技だと思うのに
どうやら私に限っては手塚の方からやって来る変な技になっている。
手塚に見つからないようにわざと避けてるのに
どう足掻いても手塚は私を見つけてしまう。
隣に並ばれると凄く目立つから嫌なのに
手塚は絶対見逃してくれない。
おかしいと思うでしょ?
私なんて毎日おかしいと思う訳!
あの手塚が手塚の方からやって来るのは絶対間違ってると思う訳。
テニス部の元部長なんだから。
青学の元生徒会長なんだから。
ずっと硬派を貫き通しなさいよ、って言ったら
俺が動かなければお前から来ないだろう、と
涼しい顔で分かり切った事を言わせるなと睨まれる。
だって恥ずかしいじゃない。
こんな万能な男の側に私みたいなのが並んでるなんて。
変だよ。
変だけど、
変だけど・・・
自分でもそう思うけどさ、
なんで私がいるのにみんな堂々と手塚に誕生日プレゼントなんて
渡しに来る訳?
そしていちいちバカ丁寧に受け取る手塚はどうなのよ?
私を馬鹿にしてるとしか思えないじゃん。
こいつ、まさかプレゼント欲しさに手塚ゾーン、
発動させてる訳じゃないでしょうね?
と私はどうにもやり切れない面持ちで手塚を見上げる。
どういうつもりよ?と問えば
今年で最後だからな、と彼は平気でのたまう。
ああ、そうですか。
そっちがそうなら絶対誕生日なんて祝ってあげないんだから
と私は口をへの字に曲げて手塚より先を歩き出す。
「!」
「何ですか?何か用ですか?」
むっとした声で振り返ってもあげなかったら
あっという間に大股で並ばれた。
無駄に足が長いから困ってしまう。
「いつもより機嫌が悪いな?」
「普通よ。」
「妬いているのか?」
クスリと笑われて頭にきた。
「何で私が妬いたりするのよ?
私、手塚君の誕生日なんて関係ないから。
彼女でも何でもないんだから!」
「そうか?
俺たちはキスをする間柄だろ?」
「なっ!?」
このクソ真面目な優等生は見かけだけのようで
時として二重人格じゃなかろうかと思う時がある。
そうなのだ、彼は皆が思うほど善良じゃない。
私のファーストキスなんて
私の気持ちなんてお構いなしに奪われたぐらいで。
「俺は好きな奴としかキスはした事がない。」
そう断言する手塚の切れ長の目はとても艶っぽい。
ああ、私、この目に弱いんだよな、なんて思ってしまう。
「でもいろんな子達からプレゼント貰うくせに。」
論点はかなりずれてるけど
これってやっぱりヤキモチなんだろうと認めない訳にはいかないけど
普段特別扱いするなら
特別な日こそもっと特別扱いしてくれたっていいと思う。
「ああ、せっかく誕生日を祝ってくれるんだから
無碍にも出来ない。」
「あっ、そう。
私、あの子達みたいに手塚君にあげる物なんてないから。
残念でした。」
嫌味っぽく言って見たけど手塚には通用しないみたいだった。
「誕生日なんて別にしなくてもいい。
お前から月並みな物を貰おうとは思っていない。」
「何、それ。」
「今日は俺たちが付き合い始めて1年目の記念日だろう?」
「えっ?」
思ってもみない言葉に私は立ち止まった。
自分の誕生日よりそっちを大事に思ってくれてるの?
「俺は1年経ってもが好きだ。」
「・・・手塚君。」
「そろそろ下の名前で呼んでもらいたいものだな。」
唐突に抱きしめられるのも本当は嫌いじゃない。
ちょっと強引な手塚に驚かされるものの
そうでなくては手塚に愛される資格のない私からは
決して動けるものではないのが本当の理由。
「て、手塚君こそ私の事、苗字で呼ぶくせに!」
「何だ、呼んで欲しかったのか?
いくらでも呼んでやる。
ただし、お前の全てをもらう時にな。」
「えっ?」
「言っただろ?
月並みなプレゼントはいらないと。
俺は、が欲しい。」
真っ直ぐに手塚の瞳が私の心を絡め取る。
まただ。
また私は手塚ゾーンにはまってしまうのだ。
いや、違う。
手塚ゾーンなんて技なんて無くったって
私はもうとっくに手塚に参ってる。
付き合って1年。
よく手塚が私に厭きなかったものだ。
「・・・手塚君。」
「何だ?」
「誕生日、おめでとう。」
手を伸ばして、彼の首にぶらさがるようにしてキスをねだる。
手塚が嬉しそうな顔になる、
その瞬間が好きだ。
「これからも私を好きでいて。」
恥ずかしいから小さな声でしか言えないけど
でも彼がずっと私を求めてくれるなら
来年も再来年も誕生日には私から彼に好きだと告白しよう。
国光しか愛せないと・・・。
2009.10.7.