ゴールドリング






真田君は私の彼氏です
って、大きな声で言いたいけれど
真田君はそういうの、あんまり好きじゃないみたいで。

告白した時だって
「うむ。俺もだ。」って言ったきり
何も言ってくれないからどうしようかと思ったくらい。

クラスが違うからこっそり部活を見に行くくらいしか
私たちは一緒の時間を過ごせない。

それだって幸村君が気を利かせてくれなかったら
真田君は立海3強の並び順で帰ろうとする。

私が割り込むスペースって
付き合ってる意味がないくらい狭いんだ。


明日が真田君の誕生日っていう前の日に
ばったり会った食堂で幸村君はニコニコしながら話しかけて来た。

 「明日の誕生日、金環食が見えるんだってね。
  真田にしては随分ロマンチックな事をしてくれるね。」

それは全然真田君のお手柄じゃないことくらい
幸村君だって分かってるはず。

全く嫌味だなって眉を顰めたら反対に心配そうに覗き込まれた。

 「真田だからね、特別な偶然もきっと味方にしてないんだろうな。」

 「分かってる、そういう人じゃないって事。
  全然期待なんてしてないし。」

 「も苦労するね。」

別に苦労なんてしてない。

真田君を好きになった時点で
いろんなイベントごとも普通通りにはやって来ないだろうって
諦めている。

 「それに明日は真田君の誕生日なんだし。
  期待なんてされてもする事じゃないし。」

やせ我慢に聞こえるだろうけど
今の私にはそれしか言えない。

 「ああ、そうだね。
  でも俺が期待する分には構わないよね?」

 「えっ?」

幸村君の笑顔は多分に胡散臭さが付きまとうし
きっと真田君を困らせているだけだろうから
私は苦笑いしか返せない。

どんなに幸村君に困らせられても真田君は許しちゃうからね。

そんな相手に私が文句を言っても何が変わる訳でもないし。

 「ま、真田なりに頑張るから笑っちゃうんだけどね。」

すごーく嫌な気分になったけど
もうすでに幸村君の酒の肴にされているのだろうから
(もちろん未成年だから飲まないけど)
私は明日を思ってため息をついた。









 「、早くからすまん。」

一夜明けて金環食のために登校時間が遅くなったというのに
真田君が朝からうちに迎えに来ていて私はびっくりしていた。

テレビからはもう間もなく始まる世紀の天体ショーを追う
熱のこもったリポーターたちの興奮気味の声が洩れてくる。

 「どうしたの、真田君。」

 「金環食をと一緒に見ようと思ってな。」

頭を掻きながら真田君の手には学校で配られた金環食観察用グラスが握られている。

もうどこにも売ってなかったのよ、と私の母は
私のグラスをちゃっかり持ってさっきから欠けていく太陽を庭で眺めている。

テレビの方がくっきり見えるのにと
少し捻くれた気持ちでリビングにいた私は
突然の彼氏の訪問で呆然としてしまった。

真田君は私の手を取ると
家の前の道路でそのメガネをかざした。

 「曇ってはいるが切れ間から見えない事もない。」

どんな風に幸村君がはっぱを掛けたのだろう。

私は込み上げる笑いを堪えて
握り締められている手から徐々に視線を上げて
真面目に空を見上げている真田君の横顔を見た。

やがて家々のあちこちから歓声と拍手が起こる

どうやら金環に達したようだ。

真田君がグラスを寄越すから
私は彼の隣でくっきりと丸い光の輪を目にした。

 「いつか・・・。」

真田君が咳払いをした。

 「あの金のリングに優るとも劣らぬ指輪を
  に贈るつもりだ。」

 「えっ?」

幸村君の差し金だとしても
まさか真田君がこんな台詞を言うとは思わないから
びっくりしてグラスを落としてしまった。

いつの間にか向き合った形で
握り締められていた手を開かされて
私の右手には金色に光るビーズの指輪が乗っていた。

 「何?」

 「ビーズで出来ている。」

それは見れば分かる。

とてもきれいな手作りだ。

 「俺が作ったものではないがな。」

私はたまらくなって笑ってしまった。

そんな事言われなくたって分かる。

むしろ幸村君に唆されて手作りしていたら逆に引いてしまうけど。

 「どうしたの、これ?」

 「幸村の妹が作ってくれた。
  金環食の日に指輪を贈るといいらしい。」

いいらしい、という文句にまた笑えた。

精一杯のロマンチックな演出なのだろう。

でも二人とも制服だし、私なんてサンダル履きで、
おまけに家の前の道路だし。

でも記念すべきこの日の事はきっといつまでも忘れないと思う。

私は指輪をはめると真田君に見せた。

 「きれい。」

 「ああ。」

 「ありがとう、真田君。」

 「うむ。」

 「そうだ、私からもプレゼント、あげるね?
  取って来るからちょっと待ってて。」

私が家に入ろうとすると真田君が私の腕を掴んだ。

真田君の顔に赤味が差していて
もの凄く無理してるんじゃないかと思った。

 「真田君?」

 「。」

 「何?」

真田君の腕が私の背中にすばやく回った。

痛いくらい抱きしめられて本当にびっくりした。

これも幸村君の入れ知恵なのだろうか?

 「さ、真田くん。」

 「俺は自分では気の利いた事はできないが、
  それでも好きな子のためならできぬ事などないと思ってる。」

 「う、うん。あの、でも。」

 「これからもずっと俺のそばにいてくれ。」

 「えっ?あ、うん、えと、
  真田君、ちょっと痛い・・・。」

私の言葉に真田君は慌てて私の体から離れた。

もう幸村君が一体何を吹き込んだのか想像できて
それを律儀に公道で強行しようとする真面目さに
私は思わず苦笑してしまった。

真田君は大きな背をまるめてしきりに謝ってる。

本当にカッコつかないんだから、と思いながらも
頑張ってロマンチックな朝にしようとした真田君が可愛く思える。

 「真田君、私も真田君にずっとそばにいてもらいたいよ?」

 「あ、ああ。」

 「来年も再来年も
  真田君の誕生日、一緒にいられたらいいな。」

ビーズの指輪を空に向けるときらりと光った。

真田君の「約束しよう」という言葉がとても宝物のように
私の胸の中に広がっていった。






The end