相談
手塚君に告白された。
場所は生徒会室。
多分手塚君が告白するなら生徒会室かな、なんて
思った事もあったけど、まさか自分が告白されるなんて
本当に、本当に言われるまで考えた事もなかった。
「好きだ。俺と付き合わないか?」
真っ直ぐに言われた言葉はすごく重みがあった。
「私、手塚君にそんな風に思われてたなんて
全然知らなくて・・・。」
「嫌いか?」
「えっ? な、なんて言うか
嫌いとか好きとか考えた事なくて・・・。」
「他に好きな奴がいるのか?」
断るのに一番いい理由はきっと、
他に好きな人がいます、っていう文句だとは思うのだけど、
といってそれ程好きな人もいない私は
ますます窮地に立たされる。
手塚君は、好きな奴がいないなら俺と付き合っても構わないだろう、
と続けて来そうな雰囲気だ。
それは恋愛経験のない私にだってわかってしまう。
ううん、こんなパターンって少女マンガなら王道じゃない?
何か困る事があるだろうか?
多分ないはず。
ただ、流されていいのかな、と思う気持ちもある。
ほら、よくあるじゃない。
付き合ってみたら今まで眼中になかった人の事が
気がつかなかっただけで本当は自分の好きな人だったってパターン。
って、それ、誰の事?
幼馴染っていうとひとつ下の桃城武かな。
いやいやいや、あれは絶対恋愛対象じゃない。
それは断言できる。
武には悪いけど、背ばっかり大きくても中身がねぇ?
「いるのか?」
はっきり言って手塚君の顔が怖いです。
生徒会長として、テニス部の部長として
かっこいいなとか、常人離れしてるよ、って感心はしていたけど
とても私と同じレベルで恋愛できるのか、とは思えない。
「と、特にいないです。」
「なら・・・。」
「ま、待って。
ちょっと考えさせて?」
「何を考えるのだ?」
「ほ、ほら、突然思ってもみない事言われちゃって、
今思考能力全然働いてないから。
一晩、ゆっくり考えたいんだけど?」
私は必死で手塚君に訴えた。
今の私に即答なんて無理。
いい理由も悪い理由も確固たるものが何もないから
自分の気持ちに自信を持っている手塚君に
私は返す言葉が見当たらないんだ。
落胆する手塚君には悪いと思ったけど
私は早々に生徒会室から逃れた。
だって仕事どころじゃないし、息が詰まりそうだし、
そんな部屋で私の脳みそは動いてくれないだろうし。
客観的に誰かに相談した方がいいのかな、なんて漠然と思った。
私が手塚君と付き合ってもはたから見ておかしくないよ、
そんな適当な答えでもいいから誰かに背中を押してもらったなら
付き合ってみてもいいのかもしれない。
「何してるの?」
昇降口で自分の革靴を取り出そうとしたまま固まっていた所を
同じクラスの不二君に指摘されてしまった。
ぎこちなく曖昧に笑って靴を履き替えると
不二君も同じように靴を履き替えるところだった。
「不二君、今帰り?」
「は? 生徒会、早く終わったんだね?」
「あー、うん、今日は気分が乗らなくて。」
返した言葉に自分でも変だなって気づいた。
「気分で仕事してるの?」
「うっ、そ、そういう訳じゃなくて。
今日は、ちょっと、それどころじゃなくて・・・。」
誤魔化しようのない瞳に見つめられるのは今日2度目だな、なんて
バカバカしい事が頭に浮かんだ。
不二君の食い入るような鋭い視線はあまり好きじゃない。
不二君は時々こんな視線を私に向けるけど
いつもニコニコと女の子たちに向ける笑顔とは到底程遠くて
案外不二君って冷たい性格なんじゃないかと私は思う時がある。
付き合ってみたら結構性格が悪かったなんてこと
あり得ない事じゃないもの。
「何かあった?」
それでも口調は優しいから、
不二君に相談してみようかな、って軽く思った。
手塚君とは同じ部活なんだし、
客観的に私と手塚君の事を指摘してくれるかもしれないし。
「なんかさ、手塚君に告白されちゃってさ。
どうしたらいいかなって思って。」
「えっ?」
不二君の驚いた表情にこっちが更に驚かされる。
何、今の?
そんなに驚くこと?
「だから、手塚君が私と付き合いたいって。
好きでも嫌いでもない場合、付き合ってみた方がいいのかな?
不二君はどう思う?」
苦笑交じりに不二君の顔を見上げたら
不二君はちょっと怒ったような表情をしていた。
うっ、今日の不二君はいつもの3倍くらい怖い。
こういう事は安易に人に尋ねちゃいけなかったのかな?
「は手塚の事、好きでも嫌いでもないの?」
「あー、うん、まあ、そんなところ、かな。」
「じゃあ、僕の事は?」
「えっ?」
「僕の事は好き?それとも嫌い?」
本日2度目の難題です。
なんで不二君がそんな事、聞くかな?
嫌いじゃないけど好きでもない。
手塚君と同じくらい、って
とても素直に言える雰囲気じゃなかった・・・。
「き、嫌いじゃないと思うけど?」
「僕はの事、好きだよ?」
「い、今・・・なんて?」
「を手塚に取られたくない!
だから、僕と付き合って。」
ねえ、こんな時、誰に相談すればいいのかな?
手塚君の告白を保留にしてもらってるのに
不二君の告白に答える訳なんてできる訳がない。
「ちょ、ちょっと待って!
私、手塚君に告白されてるんだよ?
手塚君の事を相談してるのに
不二君の事なんて考えられないよ。」
「だから相談に乗ってあげてる。
手塚とは付き合わなくていいよ。
は僕と付き合うんだから。」
いつの間にか私と不二君の距離はクラスメートという安全地帯を抜けている。
背中にひんやりと受ける靴箱の感触と
顔の左側に押し当てられてる不二君の手の感触とで
相反する温度差に頭がくらくらする。
「は全然分かってない。
君が英二とか他の男子にも笑顔を向けてる
その無頓着ぶりに僕が毎日どの位苦しめられてるか。
それなのに手塚と付き合ってみるだって?
そんないい加減な事、僕が許せるはずがないだろう?」
不二君の切ない表情に目が釘付けになる。
「が好きだ。
僕の事、好きでも嫌いでもないなら好きになって。
それとも手塚に助けてもらう?
泣いて喚いて僕を突き飛ばして手塚の下へ行く?」
そんな事を言うくせに不二君は私を逃したりはしない。
だって背中に回された右手で私を引き寄せたのと同時に
私の唇は不二君によって塞がれていた。
こんな激しい感情を私は知らない。
でも不思議な事に嫌だと思う気持ちはなかった。
不二君にこんな表情をさせてるのが自分だと分かって
どうしたらいいんだろうと
どうしてあげたらいいんだろうと、そう思った。
「ごめん。」
「不二君、そんな顔しないで?」
「に嫌われたくないのに。」
そう言って私の肩に顔を埋める不二君はらしくない姿だった。
不二君の鼓動が物凄く早いのが分かる。
もしかすると私の鼓動より早いかもしれない。
手塚君は今の私たちの姿を見たらどうするだろう?
行かないでくれ、って私に懇願するのだろうか?
でも、そんな手塚君、やっぱり想像できない。
「不二君・・・。」
「何?」
「何でもない。」
明日、手塚君にちゃんと言おう。
好きな人はまだいないけど、付き合ってる人がいますって。
でもそのうち、その人の事が好きになりますって。
「何でもないなんて言わないで。」
「えっ?」
「何でもないって言われるのも
嫌いって言われたのと同じくらい凹む。」
「そ、そうなんだ?」
「このまま帰したら、明日になったら
手塚の方を好きになってたりして。
そう思うだけで離せなくなる・・・。」
うわぁぁぁ、なんか凄い事をさらりと言われています。
いや、言わせてるのは私って事・・・なんだよね?
それ、凄く恥ずかしい。
「取りあえず、不二君と付き合ってみたいと思ってますが?」
私が小さな声で囁けば敏感に察知した不二君が
満面の笑顔で私の顔を覗き込んできた。
不二君にはさっきのような切ない表情じゃなくて
こういう顔でいてほしいなと正直に思った。
「取りあえずって言うのが気になるなぁ。」
「仕方ないでしょ?」
「仕方ない、か。
じゃあ、取りあえず、もう一度キスしていい?」
私の返事を待たずに私と不二君の距離はまた0cmになっていた。
彼が事の外、強引で甘え上手だと知るのに
たいして時間はかからなかった。
あの時相談相手を誤ったのではないかと、
誰かに相談したいと思ってるのだけど
後が怖いのでそれはあいにく私の心の中にしまっておくことにする・・・。
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2008.10.30.