引退
「そろそろまかせたらどうだ?」
部長の言葉に素直に頷けない自分が嫌だ
後輩の天王寺さんは私にないくらいの快活さと
物怖じしない、あっけらかんとした性格で
少々雑な所もあるけど仕事覚えはいい方だと思っている
要領のよさは新人類と言われた世代だけあって
なんとなく皆の目に付く仕事だけせっせとこなしてしまう様は
呆れもすれば、通り越して感心せざるを得ない
それを注意するのは先輩として嫌な役回りだとは覚悟していても
自分の評価が周りの評価と違うと気づいてしまえば
どうにも口に出すのを憚れてしまう
これが後輩というものだと頭で分かっていても
彼女の尻拭いをしている自分は損な性分だと思い知らされる
今までレギュラーの皆の信頼を得ていたのは私で
当然世界の中心は私だけだったのに
皆に可愛がられてる後輩を目の当たりにするとなんとも複雑な気分になる
こんな気持ち、誰にも知られたくはない
後輩に仕事を取られて惨めな気持ちになってるなんて
「最近、浮かない顔だね?」
ドリンクを配ってる彼女の姿と
その彼女に笑顔を送る皆の顔を見たくなくて
部室でファイルの整理をしていたら、不意に言葉をかけられた
「そんなことはないよ?」
振り返らなくても分かる彼の声
「何してるの?」
「えっ? ああ、ファイルの整理。
ここの所手をつけてなかったから…。」
「そんなの、後輩にやらせればいいじゃない?」
そう言われてファイルがひとつ、ストンと足元に落ちた
「そうしたら、私、仕事が何もなくなっちゃうじゃない!」
冗談めかしで言いたかったのに
出てきた言葉は私の心が悲鳴を上げてるようだった
これは私の仕事
私しか出来ない仕事
そしてここは私の大好きな場所
私とレギュラーだけの聖域だったのに
なんで?
なんで?
「ねえ、もう僕たちは引退なんだよ?」
静かに回された不二の両腕が
傷ついてる私の心を暖めてくれる
うん、わかってる・・・
「君以上のマネージャーはいないって
僕は思ってるから。」
不二の言葉はいつだって私を元気にしてくれる
「でも、そろそろ普通の女の子に戻らない?」
「僕だけを想ってくれる女の子に。」
この腕の中だけは誰にも譲らない
ずっとずっと
きっとここが私の居場所
「心配要らないよ?
永久就職なんだから・・・」