3つ目の携帯









 「ねえ、跡部君。」

 「なんだ?」

 「跡部君って携帯、3つ持ってるって本当?」

私は忍足からその情報を得ると
迷うことなく跡部に振ってみた。

 「ああ?何でそんな事聞くんだよ。」

怪訝そうな跡部君の表情はご尤もだけど
私も必死だからここは拝み倒す、それを念頭に
ひたすら跡部の前で両手を合わせて祈りのポーズを捧げた。

 「あのさ、すごく厚かましいんだけど
  携帯のアドレス、貸してくれないかな?」

 「はぁ?」

 「えっと、別に変な事に使う訳じゃないんだよ?
  ちょっとさ、エントリーしたいものがあるんだけど、
  それが凄い倍率でさ、私の携帯だけじゃ無理っぽそうでさ。」

夏の終わりのそのイベントは携帯でしかエントリーできなかった。

もちろん妹の携帯も母の携帯からもエントリーさせてもらった。

さすがにエントリーした携帯のアドレスに
抽選結果が後で送られてくるから父には頼めなかった。

後は親友のと、の彼氏の宍戸にも頼み込んだ。

クラスでは忍足と向日にも頼み込んだ。

けど、それでも人気のイベントだけに当選するかどうかは
果てしなく水ものだ。

だから跡部が携帯を貸してくれれば
これで10個はエントリーできる事になる。

 「なんでそんなもんに俺の携帯貸さなきゃなんねーんだよ?」

呆れてる。

もの凄く馬鹿にされてる気分は致し方ない。

だって好きなものはしようがない。

他の人にとってはどーでもいいイベントだろうけど
私にしてみれば今回のイベントを逃せば
恐らくもう2度と行けないような気がする。

熱狂的なファンは地方公演に旅費をかけて行くらしいけど
学生の私にはそんな勇気もお金もない。

だから恥を承知で跡部に頼み込んでるんだ。

 「お願い、跡部。
  跡部の携帯からエントリーするだけなんだから。
  当選か落選の通知が来たらそれでおしまいだから。
  ね、協力してくれないかな?」

なおも必死で跡部の顔の前で両手を組む。

何となくさ、跡部の回線って普通とは違う気もするんだよね。

特別仕様だから、きっと当たりやすいような気がする。

 「お前、俺がはい、そうですか、と
  易々とプライベートなアドレスを貸すとか本気で思ってるのか?」

 「ううん、思ってないです。
  思ってないけど頼んでるんです!」

だけどどんなに気持ちを込めたって
自分の携帯は魔法の携帯にはならないんだし、
それなら跡部に頼む方が確率高そうだと思うだけ。

頭を下げるくらいどうってことないし?

 「いいでしょう?
  減るもんじゃなし?」

 「そんな理屈が通るか!」

 「一生のお願い!
  アドレス貸してくれたらちゃんとお礼するから。」

尚も必死で頼み込んだ。

あんまり脈はなさ気だけど3つはダメでも
ひとつ位は貸してくれそうな気がする。

希望的観測だけど。

 「お礼って何してくれるんだよ?」

 「えっ?」

跡部がそこに食いついてくるとは思わなかった。

だって向日じゃないんだし。

あいつらなんて現金なものだった。

 「何でも。って言ったって私の出来る範囲だけど?
  忍足たちはイベントのチケットが当たったら
  当たった人と行くって約束だけど。」

 「いつだ?」

 「うん?」

 「そのイベントはいつやるんだ?」

 「9月6日。」

 「どこでやるんだ?」

 「あ、有明コロシアム・・・。」

それだけ答えたら跡部はもの凄いスピードで携帯に打ち込んでいた。

あーあ、検索されて、イベントの中身調べられて呆れられるんだろうなあ。

それはちょっと嫌だな、なんて思った。

今更だけど、おたくだと思われるのはちょっと痛い。

それなのに跡部は真面目な顔で二つ目の携帯を取り出した。

スタイリッシュな薄型の携帯は最新の奴だ。

羨ましくてぼうっと眺めていたら跡部はどこかに電話してるみたいだった。

3つ目はきっと彼女専用なのかな、なんて思った。

おそろいのストラップとか付けてたら冷やかすんだけどな。


 「おい。」

跡部の手にはいつの間にか3番目の携帯が握られていて
私の方に向けられていた。

スライド式の私がちょっと欲しいなって思ってた機種だ。

メタリックな黒は跡部に似合ってた。

 「何?」

 「お前のアドレス、教えろ。」

 「・・・何で?」

 「チケット取ってやったからメルアド教えろよ?
  何でも言う事聞くんだろ?」

ぶっきら棒な言葉にいつもの事ながら俺様だよなあと思いつつ
私はまじまじと跡部の顔を見た。

今、凄く嬉しい事、おっしゃりませんでした?

 「チケットって?」

 「イベントに行きてーんだろ?
  そのスポンサーに俺んとこが入ってたから
  アリーナ席を空けさせたんだよ。
  文句あるのか?」

も、文句なんて!?

さすが跡部財閥の肩書きを持っているだけある。

こんなに容易くチケットが手に入るなんて?

 「ほ、ほんと?」

 「何で俺がウソつかなきゃなんねーんだ?」

 「だ、だって。
  メルアド借りるだけって思ってたから。
  まさか、跡部が私のためにチケット取ってくれるなんて
  思いもしないじゃん。
  彼女でも何でもないんだし。」

そこまで言ったらなぜだか跡部はむっとして
私の手の中から携帯を取り上げると
跡部の3番目の携帯と赤外通信でメルアドを送っていた。

跡部のちょっと大きな手が鮮やかにボタン操作するのを
夢見がちに見つめていた。

3番目の携帯って彼女専用じゃないのかなあ?

 「おい。」

 「えっ? な、何?」

 「これで何でもなくねーだろ?」

私の携帯には跡部のメルアドが入っていた。

 「当日、楽しみにしてるぜ?」


跡部と行くイベント。

私には夢のようって言うか、
跡部と一緒に行って楽しめるだろうか、と真剣に悩みそうだ。


本当に行くつもり?


一番最初のメールはありがとうよりも
そんな言葉で始まりそうだ。






The end

2009.9.2.