華ある君と思いけり






 「あの!」

 「ん?」

振り返った彼が美形すぎて一瞬目を奪われてしまった。

男子…だよね?と心の中で突っ込んでしまったから
次の言葉がすぐには出て来なかったのだ。

青い如雨露片手に部室前に咲き誇る芝桜に水をかけている彼は
男子の制服姿なのに美麗すぎて性別を超越しているみたいだった。

あまりにも芝桜のピンクが似合いすぎるのだ。

 「何かな?」

 「えと、入部希望なんですが。」

 「ああ、マネージャー希望か。」

 「ち、違います!」

にっこり微笑まれてこっちの顔が赤くなるってどういう事?
と思いながら慌てて否定すれば不思議そうな顔をされてしまった。

 「あの、ここ、女子の部室じゃないんですか?」

だってだって、部室の周りがピンクの花の絨毯に囲まれてるなんて
絶対女子テニス部の部室だと思うじゃない。

それなのに思いっきり笑われて、そんな彼の大笑いに
部室からこれまた絶対に間違う事ない強面の男子が出て来た時には
こっちが面食らってしまった。

 「幸村、何事だ?」

 「ああ、真田、何でもない。
  俺がちょっと勘違いしちゃって。」

 「勘違いだと?」

 「マネ希望者かと思ったら違ってた。」

 「そうか。
  中学と違ってなかなか希望者が集まらないもんだな。」

そう言うと真田と呼ばれた男子はまた部室の中に入ってしまった。

よく見ればドアの上の方に男子部と書かれたプレートがかかっていた。

 「君は1年生?」

 「あ、はい。今年外部受験で入ったのでよく分からなくて。
  すみませんでした。」

とりあえず謝っておけとばかりに頭を下げたら
幸村と言う名の男子はクスクスとまだ笑っている。

 「あのさ、俺も1年だから敬語じゃなくていいよ?」

 「えっ?」

 「俺は中等部から立海大のテニス部に入ってるから
  ここの部室も春休み前からずっと通っててね。
  勝手知ったる場所だからこの花も入学する前に植えてみたんだ。
  結構上手く咲いたと思わない?」

彼の言葉に私は思わず絶句したままだ。

花が植わってるから女子部だと勝手に思ったのは私の方なのに
さらりと自分の勘違いだと言ってくれて、何て優しい先輩なのだろうかと思ったら
勝手に花を植えて入学前から私物化しているちゃっかりさんなのかと
呆れてぽかんと同級生を見上げてしまった。

全くもって同じ年には見えない。

 「君、テニス部に入るの?」

 「え、ええ。」

 「強いの?」

 「えっ?」

一瞬値踏みされたかのように鋭い視線とかち合って体が竦んだ。

冗談で言った言葉ではないんだと分かっても
どう答えればいいのか分からなくて思わず眉間に皺が寄ったと思う。

立海大テニス部の評判は知っているし
憧れて入部する気になっているのに
それに水を差すなんて、何て酷い人なんだろうと
そのギャップに好印象だった第1印象は無残にも散ってしまった。

 「弱そうに見えます?」

私の何を分かっているのだろうかと、
少し反抗的に聞いてやった。

それなのに彼はその場の空気を読むと言う事を知らないかのようだった。

 「ああ、そうだな、強そうには見えないね。
  推薦で入ったんならそこそこついていけるのかな。
  でも中途半端な強さならここでは通用しないからね。
  何だったら今募集中だから男子部でマネージャーやらない?」

あっけらかんとマネージャーに勧誘されてしまった。

言うまでもなく私はすっかり気分を害されて
と言うより、初対面の彼に対してむくむくと反骨精神みたいなものが
体中に漲って来て臆面もなく睨みつけてしまった。

 「人を外見だけで判断するのはどうかと思いますけど?」

 「そうかな、俺、結構見る目あると思ってるんだけど。
  そんなに自信あるなら俺と勝負する?」

 「何であなたなんかと?」

 「俺が勝ったら君は男子部のマネージャー。
  君が勝ったら、そうだな、俺、何でも君の言う事聞くよ?」

涼しい顔で彼は面白そうに私を見ている。

負ける気はしないけど、さすがに彼の長身と
一見優男に見えるけど引き締まった体躯を見れば
同学年とは言ってもすんなり勝てるとも思えない。

万が一にでもこのバカバカしい賭けに負ければ
マネージャーなんて、そんな理不尽な賭けをする必要性などどこにもない。

むっとしたまま、それでも自分を落ち着かせて普段の冷静さを取り戻す。

 「マネージャーを本気で探してるんなら他を当たって下さい。
  もちろん、あなたとテニスする気もありませんし。」

くるりと背を向ければまた盛大に笑われた。

全く人をばかにするにも程がある。

 「うん、なかなかいいね。
  挑発に乗らずに冷静に対処する。
  君が部長になれば女子部も強くなりそうだ。」

 「えっ?」

ちらりと振り返れば満面の笑みで手を振っている。

その不意打ちに動揺したまま私は慌てて男子部の部室を後にした。





その彼が全国で片手に上げられるほど有名で
プロ並みの実力者だと知ったのはテニス部に入ってすぐだった。

彼の本気の試合では五感を奪われると言われ
私は複雑な思いのまま女子テニス部の中でめきめきと上達を遂げた。

あの時幸村と試合をしていたら
きっと立ち直れない位負かされて
男子テニス部のマネージャーをやらされる羽目になっていたかもしれないのだ。

幸村にとってはあの場のおふざけのようなものだったのかもしれないけど、
もしかすると手を抜かれて事なきを得たかもしれないが
そう思えば思うほど私は悔しくて
何もなかった事さえも屈辱であるかのように引きずっていた。

だからバカみたいに必死になった。

いつもいつも心のどこかで幸村に
「それで強いつもり?」と聞かれてるような気がして
嫌で嫌でたまらなかった。

そして気が付けば彼は男子部の部長で私は女子部の部長になっていた。

今年も男子部の部室の周りは色とりどりの花が咲き誇っていた。




 「随分面白い事やってるね?」

女子部の部室の一番日当たりのいい所に私はいくつかプランターを持ち込んだ。

そこに植えたのはミニトマトにキュウリに黄色のパプリカ。

自分でも何でそんなものを植えたのか、可愛くないなあ、と自覚している。

でも何を植えたとしても花では勝ち目がない気がする。

練習後に水やりをしていると
勝ち目のない相手がすぐそばに立っていた。

彼がこちら側に来るのはとても珍しい事だ。

 「何?」

 「いや、遠くからだと何を植えたのか全然分からなかったから。」

初めて会った日から肩を並べて話すなんて事がなかったなと思い返す。

 「やっと余裕が出てきた?」

 「余裕?」

訝しげに鸚鵡返しの私の呟きに幸村はクスリと笑みを漏らす。

 「それにしても野菜の苗とはね。」

 「べ、別にいいでしょ?」

 「うん、いいね。
  美味しいサラダをご馳走してもらえそうだ。」

 「ご馳走って・・・。」

思わぬ幸村の言葉に面食らって水やりの手が止まってしまった。

 「そろそろいいんじゃないかな。」

幸村とは故意に話そうとはして来なかった。

用がある時はお互い副部長同士が連絡係だった。

だからこんなに二人で話をしているのはどう考えてもおかしい。

それを余裕と言われてしまえば
それは私の必死さに幸村が合わせてくれていたような話しぶりだ。

全くもって忌々しい。

 「あのさ、お互い部長になれたんだし、
  もう少し仲良くなってもいいかと思うんだ。」

 「な、何、それ。」

動揺しすぎだ、と心の中で思っても
胸の鼓動はバカの一つ覚えのように段々早くなって来る。

仲良しになるという単語でこんなにも惑わされるなんて。

 「それとも試合で片を付ける?」

 「シアイ?」

だめだ、もう思考能力がついていけない。

向けては行けない視線をつい合わせてしまった。

予想通り幸村は満面の笑みだ。

 「そう。
  が勝ったら俺のあげたいものをあげる。
  で、俺が勝ったら俺の欲しいものをもらう。」

 「ちょっと待って。
  それ、何か変じゃない?」

 「いいんだ。
  この1年我慢してきた俺へのご褒美みたいなものだし?」

 「あの、訳が分かんないんだけど?」

 「俺から言わせたいんだ?」

その意味ありな言葉に不自然に顔が赤くなるのが分かった。

バカみたいだけど、私はやっぱり幸村には勝てないのかもしれない。

いや、背伸びして勝とうと思うのは自分に華がないからなのだ。

 「意味が分かんない・・・。」

小さな声で尚もいじいじとしていたら
幸村の意外に大きな手が私の頬に触れて来た。

不意打ちに手に持っていた如雨露はみごとなまでに中の水をぶちまけて転がった。

 「じゃあ実感して。」

その言葉と共に触れて来た幸村の唇は
実感するどころか、巷で噂されているように
私の五感を全て奪うものだった。

しばらくして幸村と視線を合わせていると気付いても
私は瞬きも出来ないで突っ立っていた。

何をどう実感するのよ、と抗議したくても言葉も出ない。

幸村は転がっている如雨露を拾うと
私の手を引いて歩き出した。

一試合終わったかのような脱力感に力が入らない。

でも熱い幸村の手が私に繋がっているという実感を与えていた。

 「あの・・・。」

 「水、しっかりあげないといい実がならないからね。」

 「だけど・・・。」

 「今度、こっちにも芝桜を植えてあげるよ。」

幸村は機嫌よく饒舌だ。

 「何で・・・。」

 「何で、って、が好きだからに決まってるじゃないか。」

届かないと思っていた人に好きだと言われた。

肩を並べて歩きたいと頑張って来ても
幸村はとても凄い人でどうしたって勝ち目はないと思っていたのに
こんなにもあっさりと彼は私を引っ張っている。

 「これからもっともっと実感させてあげるから覚悟してね。」

水飲み場に着くと幸村は思いっきり蛇口をひねった。

如雨露に水が溜まる音を聞きながら
私はまた幸村に五感を奪われる羽目になった。










The end

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★あとがき★
 うちにも芝桜があるのですが
毎年ちっとも咲かないんです。
幸村ならきっときれいに咲かせるのでしょうね。
2013.5.21.