Rマークの君  4






俺たちが向かったのは茶道部の部室だった。

立海大の中にこんな静かな場所もあるんだ、と感心してしまった。

秘密の小部屋、そんな佇まいだ。

どうやら俺とさんを二人きりにさせるために
丸井が仕向けてくれたみたいで
授業の始まるチャイムをどこか遠い国の事のように聞きながら
俺は茶道部の部屋に靴を脱いで入った。

そう言えば丸井の彼女が茶道部だったんだっけ、
と俺はぼんやり思いながら
茶室から続く小さな石庭を眺めているさんの隣に座った。

さんの手にはもうあの手紙はなかった。

俺は何から話そうかと想いを巡らせながらも
あんまりいい言葉が見つからなくて
結局はありきたりな言葉をさんに掛けた。


 「さん。
  さっきはごめん。」

さんの肩がピクリと震えた。

それから俺の方に向けられた瞳には
分かりきっていた事だけど困ったような色が浮かんでいた。

 「これ、やっぱりさんに貰ってもらいたいんだ。」

Rマーク付きの銀色のシャーペンを
そっと差し出すと少し躊躇った後
さんは鈍く光るそれを小さな手で受け取ってくれた。


 「あの、ありがと・・・。」

 「さっきは変な事言って本当にごめん。
  さんが手紙を持っているのが見えたんだ。
  誰かにラブレターでも貰っていたのかな、
  なんて思ったら、自分でも可笑しいくらいイラッと来たんだ。」

 「えっ?」

 「丸井に頭冷やせって言われた。
  何でかな、さんの事になると
  全然周りが目に入らない。」

ふっとため息をついてさんに笑みを見せれば
さんの強張っていた表情も
いくらか柔らかくなって来たように思えた。

 「というか、元々周りなんて全然気にならないんだよね、俺。
  女子が声援送ってくれるのも、普段挨拶してくれるのも
  普通に呼吸するのと同じくらい当たり前すぎて
  いちいち誰だったかななんて本当は目に入ってないんだ。
  だけど、さんは違う。
  俺の視野に入って来たら俺の目にはさんしか映ってない。
  さんと話せばさんの言葉しか耳には残らない。
  それぐらい俺にとっては君は特別なんだ。」

さんの顔がみるみる赤くなっていく様を
俺は面映い気持ちで見つめていた。

もちろん俺だって平静じゃない。

ドキドキと波打つ鼓動の高まりはテニスの試合の時以上だ。

 「俺は、さんともっと仲良くなりたい。
  ただのクラスメイトなんかじゃなくて。
  どうかな?」

いつの間にかさんは手の中のシャーペンをいじりながら
じっと考え込むように視線を落としている。


 「私、・・・初めて幸村君を見た時、
  幸村君がクラスの中で人気者だって言うのはすぐ分かったよ。
  背も大きいしそれだけで目立っていたけど
  みんなが幸村君と仲良くなりたいって思ってるんだな、って。
  だから幸村君と話が出来て、テニス、見に来てって言われて
  軽い気持ちで、幸村君と仲良くさせてもらえるんだって思って。
  嬉しかった。
  同じクラスになれて良かったな、って。
  でも、たったあれだけでこんな風になるなんて思わなくって・・・。」

俺も迂闊だった。

自分がどれだけ注目されているか分かってはいたけど
まさか俺を応援してくれる子達が
まだ何も始まってない俺たちの関係の中に
鋭い矛先を早々に向けて来るなんて思いもしなかった。

もちろん丸井の彼女だってみんなに歓迎されているとは思わないけど
彼女が実際的に嫌な目に合ったという話は聞かなかった気がする。

ああ、それとも丸井の事だから俺とは違って
水面下で相当頑張っていたのかもしれない。

あいつは変なとこで結構気を使う奴だし。


 「ごめん。」

 「あの、そんなに幸村君に謝ってもらわなくっても・・・。」

 「でも、俺のせいだ。
  それにこれからもさんに嫌な思いをさせてしまうかもしれない。」

 「!?」

俯いていたさんはびっくりした顔で俺を見上げる。

こんな告白でいいのかな?と頭の中で思ったけど
ちゃんとしろよ、と背中を押してくれた友の顔が目に浮かんで消えた。

 「俺、さんの事、好きだ。」

 「えっ? ええっ!?」

 「どこが?って聞かれたら上手く答えられない。
  何となく、って訳じゃなくて、
  ちゃんとさんと付き合いたいから言っておく。
  好きだから、もっともっとさんの事、知りたい。
  話もしたいし、一緒に何かもしたい。
  でもどこに行くにも、何をするにも、周りの目が凄いと思う。
  正直に言うと、俺はそういうの、全然気にならないし、気にしない。
  でもさんは違うと思うから、
  だから謝っておく。
  君に迷惑かけると思うけど、付き合って欲しいんだ。」

一気に思いつく事を吐き出したって感じ。

随分酷い事を言ってる気もするけど、
それこそ柳だったら一日言葉を考えて良い台詞を作るんだろうけど
案外俺ってその時ばったりな感じだな、って自分でも呆れる。

こんな、俺に付いて来い!?みたいな台詞、
自分でもどうかなって思う。

ほら、なんかさん、顔は赤いけど
困った顔をしてるし、目にはうるうると涙なんか浮かべてる。

非常にまずい。

 「えっ、な、泣かないでよ、さん!?」

 「う、うん。
  泣くつもりなんて無いんだけど。」

 「ごめん、ほんとに、俺、何か、気の利いた事言えなくて。」

 「ううん、違うの。
  私、立海大に憧れてたから、
  ここに入って立海大の彼氏が出来たらいいなって思ってたから。」

 「えっ?」

 「だから、ちょっと嬉しくて。」

 「ええっ!?」

今度は俺が驚く番だった。

見当違いな答えが返って来て
さんってほんとどこか面白い。

こんなに俺を焦らすなんてさ。

 「じゃあ、彼女になってくれるの?」

 「でも幸村君の彼女なんて全然自信ないけど。」

 「俺だって、さんの彼氏の自信なんてないよ。
  最初っから謝りっぱなしだしさ。」

そう言ったらさんは目元の涙を拭きながら笑ってくれた。

口元にできる彼女のえくぼを見て俺はやっとほっとした。



 「じゃあ、教室戻ろうか?
  丸井たちも気にしてると思うし。」

俺がそう言うとさんは
さんとも仲良くなれそうだと
なんだか友達まで増えて嬉しいとまで言ってくれた。

俺が先に立ち上がってさんに手を差し出すと
さんはちょっと待ってと照れ笑いをする。

どうやら茶室の雰囲気そのままに正座をしていたのが仇となって
足を痺れさせてしまったようだった。

俺が両手を取って無理やり立たせてあげたら
さんはやっぱり足に力が入らなくて
グラリと崩れそうになるから、俺は両手で彼女の身体を
包み込むようにしっかりと胸にかき抱いた。

彼女の髪から優しい香りが漂ってくる。

小さな身体はぎゅっと抱きしめれば壊れそうで
でも離したくなくて、生真面目に正座してくれたおかげで
さんとの距離が縮まった事に思わず笑ってしまった。
  
 「わっ!?」

 「こういうのだったら俺、自信あるな。」

 「ゆ、幸村君、何も笑わなくったって・・・。」

 「だって、さん、面白すぎる。」

 「そういう幸村君はちゃっかりしすぎる。」

さんの言葉におれはそうだねと返事をしながら
また抱きしめ直すと、さんの両手が俺の背中に回されるのを
すごく嬉しいなと思ってそのままいつまでもさんのぬくもりを感じていた。


















 「こ、こんにちは。」

さんはあれから毎日のようにテニス部に顔を出してくれるようになった。

さんとも仲良くなれたおかげで
一人で待つことも無いから良かったんじゃないかと思う。

 「おう。
  少しは慣れたか?」

ただ丸井とも仲良くなってしまったのは
俺としてはあまり歓迎したくない事なんだけど。

 「さすがにそんなに早くは慣れません。」

 「仕方ないよね、幸村君の彼女だもん。
  立海大一の有名カップルだからね。」

横から丸井にさんが取りなしている。

俺たちが付き合っているという噂は
もう半端なく立海大中を駆け巡ってしまった。

今や1年を担当してない先生方まで
俺たちのクラスを覗きに来るほどだ。

最もそのおかげでさんも
いちいち弁明しなくてもいいぐらい浸透しちゃったね、
と呆れていたけれど・・・。

 「だよな。立海大の歩く看板だしよ。」

 「幸村君の事ですか?」

 「ああ。でっかいRマーク、背中に背負ってるだろぃ?」

丸井の言葉にさんが笑い出す。

 「笑ってるけど、そのRマークを連れて歩いてるのは
  さんなんだからね?」

 「えっ、私?」

 「よく言うぜ。
  さんにくっ付いてるのはお前の方だろ?」 
  
 「じゃあ、くっ付かなくっちゃ。」

後ろからさんを腕の中に閉じ込めれば
丸井が暑苦しいと顔を顰める。

向こうからもギャラリーたちの悲鳴に近い声が聞こえた。

 「さんも大変だな。」

丸井の言葉にさんは小さく首を振る。

 「あ、ううん。
  いろんな人に見られてるのは恥ずかしいけど
  多分大変なのは幸村君だと思うから。」

 「そうか?
  幸村なんてなーんも考えてねーぜ?」

 「酷いな、丸井は。
  これでも俺、さんの彼氏として頑張ってるよ。」



さんを囲っていた腕をゆっくりと離すと俺はひとつ背伸びをした。

取り敢えずレギュラーにならない事には話は始まらない。

次の県大会、俺はさんに特等席で応援してもらいたいんだ。

そのためにはレギュラーになって、部の中での実権も勝ち取らねばならない。

首にかけていたRマーク入りのタオルをさんに預けて
俺はコートへと向かった。


 「幸村君!」

振り返れば俺の好きなえくぼが見えた。


 「行ってらっしゃい。」


笑顔で手を振るさんを
俺は彼女にして正解だったと思う。

俺は軽く片手を上げて彼女に応えた。



そして俺たちの夏が始まった。

  







  
The end



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☆あとがき☆
 いつも軽い気持ちで連続ものにしてしまって
はてどうしたものかと悩む毎日・・・。(笑)
なら途中で切るなって事なんだけど
いつも息切れしちゃって^^
ま、彼氏は完璧じゃない方がいいと
勝手に思ってます。(えっ、だって、ねえ?
自分が完璧じゃないし・・・?)
2010.7.8.