伝える術   4







あれから何となくギクシャクしてしまった私たちは
登下校を共にする事もランチを一緒に食べる事もなくなっていた。

明らかに避けてるのは幸村君の方だった。

私はと言えば、幸村君の隣にいられなくなった事は悲しかったけれど
それ程落ち込んでた訳じゃなかった。

何度も何度も幸村君の言葉と態度を思い返すたび
どうしても腑に落ちなかった事が
そう思わなければ合点が行かない事に気づいたからだ。



彼女とこういう事を一度やってみたかった


幸村君のちょっと強引なお願い事は
いつも、どうして私なのだろう、と心に引っかかっていた。

それって単純に誰でも良かったのかな?とも思うけど、
もしかしたら幸村君は私の事、好きだったんじゃないかな、
と思ったから。

一度もそういう事を言われた訳じゃないけれど、
あの時、君が乗り越えないなら自分が乗り越える、と
フェンスをよじ登った幸村君の事を思い出すと
自分は幸村君にとってきっと特別だったって思えたから
ひとりでに顔がニマニマと緩んでしまう。

だから、この思いはちゃんと伝えたい、そう思っている。









1週間が過ぎた頃、お弁当を忘れた私は
購買でパンを買おうと食堂にいた。

お気に入りのレーズン入りシュガーパンを取ろうとしたら
後ろから俺にも取ってくれと馴れ馴れしく名前を呼ばれた。

振り向けば相変わらず沢山のパンを抱えた丸井君がいた。


 「あれからずっとパン食なの?」

私が聞けば丸井君は苦笑した。

 「んな訳ねーだろ?」

聞けば丸井君の彼女は風邪を引いてしまったらしい。

毎日あの寒空の下、コートの外で見守っていただろう
彼女を思うと少し気の毒になった。


 「それよりさー。」

流れでこの間のように食堂の端っこに陣取った私たちは
何となく並んで座っていた。

 「お前、幸村に何か言ったのかよ?」

 「何を?」

 「それがわかんねーから聞いてんだろぃ?」

 「私が?」

 「他に誰がいるんだよ。」

丸井君は口調はぶっきら棒だったけど
意外に幸村君の事を気にかけているらしい。

 「最近、一緒にランチしてねーじゃん?」

 「そうだね。」

 「けんかでもしたんだ。」

 「そういう訳じゃ。」

 「えっ、何、幸村のこと、振ったの?」

 「何でそうなるの?」

私がびっくりして丸井君の事を見たら
丸井君はニヤニヤしている。

 「あのさー、正直に聞いてもいいか?」

 「うん。」

 「幸村と付き合ってたんだろ?」

 「えっ? 付き合ってはなかったよ?」

 「えっ、何、告白してねーのかよ。」

 「幸村君?」

 「やっぱりな。」

丸井君はため息をつきながらもパンを食べている。

チームメイトを心配してるのかと思えば
そう思えない食欲には目を見張るものがある。

 「あいつ、結構面倒臭ー奴なんだ。
  好きなくせに好きだなんて言いそうで言わない。
  思わせぶりな事ばっかりして相手には伝わってるって思ってるんだぜ。」

ああ、だから前に丸井君に大変だな、って言われたんだ、と気付いた。

 「幸村君、私の事、好きなのかな?」

 「滅茶苦茶、好きなんじゃねぇ?
  あいつがこんなにテニスの調子落とすなんて滅多にないし。
  部活辞めようかな、なんて口に出して
  真田が本気で慌ててるんだぜ?
  幸村がテニス辞めるなんて信じられねーけど、
  彼女に見てもらえねーのがよっぽど堪えてるんだな。
  あれで結構自分がテニスしてるとこはかっこいいって思ってるんだぜ。
  情けねーったらありゃしない、つうの。」

 「そうなの?」

 「幸村もどうしたらいいかわかんねーんだろ?
  自分なりにいい線行ってたなって思ってたんだろうよ。
  大体、幸村が女子と二人でいるなんて
  ほんとに今まで一度もなかったしな。
  モテル奴だから一人に入れ込むなんてないかも、
  なーんて俺たちも思ってたくらいだし。
  んで、何でこんな事になったんだよ?」

 「ああ、うん、ちょっと・・・。」

 「この間の時からだろ?
  幸村の部活見に来てさ。
  大方自分には不釣り合いだとか
  凄すぎて嫌になったとか、そんなとこか?」

 「そうじゃない・・・けど。」

 「ま、わからないでもないけどな。
  天才と付き合うのは大変なんだよな。」

丸井君の彼女も悩みながら付き合ってるんだ、と
私は心の中で突っ込みながら笑いを堪える。

 「で、お前は幸村の事、どう思ってんだよ?」

丸井君の好奇心に満ちた瞳に私は 内緒、と一言返した。












2月14日。

今まで私が誰かにチョコレートを渡した事なんて
お父さんとか塾の先生とか顧問の先生くらいのものだった。

面と向かって告白するのは今更のような気もして
バレンタインというイベントの力を借りて
幸村君に初めてチョコレートを送ろうと思った。

彼女から本命のチョコをもらう

これだってきっと幸村君のお願い事の中にあったはずだ。

なんだか強気になってる自分がおかしかったけれど
それは多分、幸村君に思いが伝わって
また一緒に登下校したり、ランチを食べたり、
まだ叶えてないデートらしいデートができるだろうという
確信めいたものが私の中にあったからだ。

そのためにもチョコをあげるなら
幸村君がまだ誰からも受け取らない朝しかないと
私は意を決して、丸井君に教えてもらった
幸村君の家の前で彼を待った。


最初、幸村君は私の顔を見るなり
開けたままの門扉に手を掛けたまま固まっていた。

虚ろな瞳に私の姿がぼんやりと映っている。

 「おはよう、幸村君。」

朝の挨拶をしても幸村君は返事もしてくれなかった。


 「どうしたの?」

やっと口から出た言葉は掠れていた。

 「どうしても、今日、これを渡したかったの。」

差し出した円形の箱にはうす水色のリボンが結んである。

一目見てそれがバレンタインって分かる代物だ。

 「幸村君がちゃんと言ってくれないから
  私から言おうと思って。」

半ば押し付けるようにチョコの箱を幸村君に押し付けた。

 「私、幸村君の事、好きだよ。」

 「ほんと?」

 「酷いなぁ。
  信じてくれないんだ?」

 「いや、そんな事ないけど。」

幸村君はまだ疑わしい眼差しで私を見ている。

 「だって何だか義理チョコ渡されたような気分だ。」

 「幸村君って意地悪だね。」

嫌味を込めてそう言ったのに、
手の中に納まっているチョコの箱を幸村君はしげしげと見ている。

 「やだな、やっぱりテニス部の人気者は
  チョコを貰い慣れてるんだ。」

不満げな私に幸村君はいつもの優しい声で答えてくれた。

 「そうじゃないよ。
  本命チョコを貰い慣れてないんだ。」

照れたようにはにかむ幸村君の表情はかなりレアだ。

私も気持ちが暖かくなってくる。

 「ありがとう。」

 「それで、」

 「うん?」

 「幸村君にお願いがあるんだけど。」

私は前から言いたかった事を切り出した。

 「何?」

 「幸村君もちゃんと告白してください!」


言ってる側から顔が火照ってくる。

丸井君が聞いたらびっくりするだろうな、なんて思う。

自分が告白するよりも告白を待つ方がドキドキする。

 「ちゃんと言ってくれないと私、分からないから。」

幸村君が私の事を好きだろうな、と思っていても
なんて大胆なお願いなんだろうと羞恥心に
思わず俯いてしまう。

そうしたら幸村君はゆっくり近づいて来て
私の少し冷えた身体を優しく抱きしめて来た。

 「わかった。
  毎日言うよ。
  俺はさんの事が好きだ。
  だから、しばらくこのままでもいい?」



こんな経験、二度とできないよね、と
耳元で囁く幸村君は
その1ヵ月後に私の家の前で
私と同じような事を倍にして返して来た。
  



幸村君はやっぱり意地悪でした。  







The end

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☆あとがき☆
 バレンタインデーが終わってしまった。
今年のバレチョコ獲得数ランキングが
とても楽しみです。
 2010.2.16.