恋の発券機








私がコンビニでアルバイトを始めたと言ったら親友に笑われた。

はっきり言ってあんたはとろいから無理。

そう言われてもコンビニなら簡単だとその時は思っただけで、
でも本当の理由は別にある…。

確か丸井君があのコンビニはテニス部御用達って言ってたから決めたんだ。


平日の夕方から3時間だけ。

ほら今日も部活帰りの生徒たちがコンビニに吸い込まれるようにやって来る。

私はレジで応対しながらも目はドアから入ってくる人たちをチェック。


それなのに私の思い人はなかなか寄り道はしてくれないらしい…。


同じテニス部でも丸井君や仁王君、2年の切原君なんて毎日のように来るのに、
さすが立海大3強はコンビニなどという俗物には立ち寄らないらしくて私の思惑は大きく外れた。

私、何やってるんだろ。


バレンタインデーも先日過ぎてしまった幸村君の誕生日も
私は普通に傍観者として過ごしてしまった。

同じクラスでもない私にはよそのクラスにまで出かけて行って
チョコやプレゼントを渡す勇気もない。

もちろんコンビニに来てくれたって声をかけるなんて事はできないけれど、
校内でも接点がない私には、コンビニでアルバイトを始める事くらいしか
私から踏み出せるものが何もなかった訳で…。

それで出来た繋がりはせいぜい丸井君とお菓子の新商品の情報交換くらいが関の山。





 「おう、さん、あれ、取り置きしてくれてるか?」

 「あっ、丸井君、いらっしゃいませ。
  もちろん、お得意様だからね。」

今日も今日とて新商品のチェックが厳しい丸井君。

火曜日の午前中に新商品が入ることをすでに知ってる丸井君は
コンビニで働いてなくてもフリーターの一員みたい。

時々店長に直談判で好みのお菓子も棚に並ばせてしまう彼は
本当にお菓子が大好き。

今現在はまってるのはキナコ味のチョコだったりする。

丸井君のハートをゲットするなら、間違いなくキナコ味のチョコにするべきだ。

私がバックヤードから持ってきた箱に飛びつく丸井君は
今月もピンチだと言いながらも嬉しそうだった。


 「そうだ、このチョコ、まだある?」

 「キナコ味の?」

 「おう。実はさ、幸村の妹にこれをやったらえらく気に入られてよ、
  幸村も箱買いしたいって言ってたぜ。」


幸村という言葉に私はとっさに声も出ない。

片思いの彼がこのキナコ味のチョコを買いに来るかもしれない…。

そう思うだけでドキドキしてしまう。


 「なあ、幸村。箱買いするんだろぃ?」

私の肩越しに話し掛ける丸井君の目の中に誰かが映ってるのがわかるから、
私は余計に固まったままでいた。

振り返らなくともそこに本人がいるのだ。


 「ああ、今買えるなら欲しいんだけど。」

 「あっ、た、多分、あと一箱くらいなら…。」

 「よかったな、幸村。」


ゆっくり振り返ると私の憧れの君がごく近い所に立っていて
私は呼吸も出来ないくらい息苦しくなって思わず咳き込んでしまった。

 「大丈夫?」

 「は、はい…////」

ああ、もう眩しすぎて見ていられない。

丸井君と違って背の高い幸村君を見上げていると
緊張してる自分の体が幸村君の方へ自然と傾いていきそうで
そのあり得ない引力に思わず足に力が入る。


 「ああ、そうだ。
  ここって、今度やる立海アリーナのテニストーナメントのチケット、取れるんだっけ?」

幸村君の声を聞けるだけで幸せだったから、一瞬返事が遅れてしまった。


 「ああ、15、16日の奴だろ?
  あっちの機械で予約できるぜ。
  なんだったら俺が…。」


丸井君がコンビニ通なところをひけらかせて得意に言えば、
なぜか幸村君の眉間にピリッと何かが刻まれたような気がしたけど
それは一瞬の事だったみたい。


 「俺はさんに聞いてるんだけどな、ブン太?」

 「あ、ああ、そうだったな。
  悪ぃ、俺、牛乳買わなくちゃいけねーんだった。」

そそくさと口ごもりながら丸井君が離れていくのが不思議だったけど
その後幸村君と二人になってしまった状況に私は面食らうばかりだ。

けれど幸村君が、「チケットの取り方、教えてくれる?」と続けて言うので
私はひとつ頷くと幸村君と発券機の方へ移動した。


発券機には簡単な操作方法が明記されてるから
さして私が教えることでもないんだろうけど、
幸村君はにっこり笑ったまま「それで、どうやるの?」なんて
また促すので私は幸村君より半歩機械に近づいて画面にタッチする。


 「ここをタッチするとカテゴリーが出てくるから
  そうしたら、このスポーツの所を押すの。」

 「うん。」

 「そうするとお勧めのものが出てくるからその中にあればそれを押して…。」

 「うん、うん。」

 「で、これを押せば選択画面になるから…。」


幸村君は見づらいのか、いつの間にか私の右肩に軽く手が載せられて、
私の左肩から覗き込むように画面に見入ってる。

この体勢・・・、すごく恥ずかしいんですけど?
っていうか、近すぎです。

私は顔が赤くなるのを知られたくなくて
ますます画面に顔を近づけて幸村君の方をちらりとも見ることが出来ない。


 「あ、あの・・・、15日か16日、どっちの試合を見たいんですか?」

 「どっちがいいと思う?」

 「えっ?」

 「土曜日か、日曜日か。
  さんならどっちがいい?」


幸村君の質問の意図がわからない。


 「あ、あれ? け、決勝は日曜だけど…。」

 「そうだね、俺はどっちでもいいんだけど…。
  さんの空いてる日がいいよね?」


バイトは日曜は入ってないよね?と耳元で囁かれて私は頷くことしか出来ない。

これって、これって!?

クスッと笑いながら幸村君の少し骨ばった長い指先が画面をタッチする。

そしてチケットの枚数は2枚になっていた。


 「このチケットは自分への誕生日プレゼントなんだ。」

 「えっ?」

 「さんと二人で行きたいんだけど,いいよね?」


発券機から白くて長いレシートが出てくるのをぼうっと眺めていたら
幸村君がそれをぴっと抜き取って私の手に渡してくれた。


 「一応、デートのお誘いなんだけど。」


夢みたいな展開に私はついていけなくてどうしようと顔を上げたら
カウンターの方で丸井君がピースしてるのが見えた。


今、ここから私の恋は始まるみたいです。








The end


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☆あとがき☆
 なんか幸村の原作でのイメージが私の中で結局固まらなかったので
それはそれでよかったのかな、なんて都合よく思うことにします。(笑)
だって、やっぱり嫌なイメージだけで終わりだったら悲しすぎるし。
16日のイベントがただただ待ち遠しいって書きたかっただけなんですけどね・・・。
2008.3.7.