最初で最後のお見合い
今年のGWもあっという間に終わってしまった。
というより、仕事柄、平日・祝日の境など皆無に等しかったから
さして予定のなかったは連休中もずっと会社に足を運んでいた。
そしてやっとその振り替えを今週末にまとめて取ってはみたものの、
最初から予定のなかった身は変わるはずもなく、
たまには実家に戻ってみるのも親孝行かと駅からの道をゆっくりと歩いていた。
この時間、もう学校は終わったのだろうか、
あちこちに制服を着て指定の鞄を背負った在りし日の自分がそこここにいた。
そういえば連休過ぎると家庭訪問なんてあったっけ、等と懐かしく思い出す。
5月の日差しは思った以上にきつくて、
こんなことなら半袖にすればよかったと後悔しながらも、
すぐに日焼けしてしまう自分にはよかったかもと思い直す。
近所に住む幼馴染は同じように部活をしていてもちっとも黒くならなかったのが
本当に悔しかったのを思い出す。
「あら、ちゃんじゃない?」
角を曲がってもうすぐ自分の家が見えるという所でその幼馴染の母親に出会ってしまった。
「お久しぶりです、おば様。」
「まあまあ、ちゃんもますますきれいになっちゃって。
最近は見かけなくなってしまったからとても寂しく思ってたのよ?」
ふんわり笑うその口元は嫌でもあいつの笑顔を思い出してしまう。
「すみません、仕事が忙しくて、実家に戻るのもつい後回しになってしまって…。」
「仕方ないわよね、精市だってなかなか戻って来ないんですもの。」
「精市君も元気そうですね?」
あまり話題にしたくはなかったのだけど、
彼の活躍は今やスポーツ紙に出ない日はない位で、
小さい頃からお世話になってる隣人に彼の事を聞かないのは
あまりにも不自然だろうと思い、仕方なく彼の名を口にした。
「そうね、親の私でさえ息子の事はテレビや新聞で知る事が多くてね。
勝ち続けてる限りは元気なんでしょうけど…、
それでももう少し日本にいる時間を増やせないのかしらねぇ。」
ため息をつく母親を気の毒に思いながらも
あいつはきっとのびのびとテニスに打ち込んでるんだろうと思うと
それもなんだか悔しく思う。
「テニスしか頭になくて男としてどうかと思うのよ?」
続けて話す母親に全く同意してしまいたいのは山々であるが
彼が選んだ道をどうこう言うつもりは自分にはない。
「でも、今や時の人ですものね。
そのうちあっさり意中の人でも連れて戻って来るんじゃないですか?」
心にもない事を、と自分に突っ込みながらも
いつもいつも人の意表を突くのが好きな精市の事だから
まんざら嘘でもあるまいとぎこちなく笑いながら返す。
すると彼の母親は、あら?、とまるで今気がついたかのように驚く顔をする。
「…そうね、いきなり金髪美人を連れて来る、なんて事はないと思うけど。
昔から事後承諾ばかり聞かされてたから、何が起こっても驚かないんだけど、
あの子のことだから案外もう根回しはしてるのかもしれないわねぇ。」
くすくす笑う母親はそんな表情も彼に似ている。
違うわ、彼が母親似なのだ、とは変な事に心が騒ぐ。
「おば様、何か心当たりでも?」
そう口に出してしまってから後悔する。
これじゃあ私が精市の恋愛問題を気にしてるようにしか聞こえないじゃない。
「そう言えば、ちゃんもお見合い話がかなり来てるって聞いたけど?」
はぐらかされた、とは思ったものの、小首を傾けて優しく問われれば
それに答えない訳にはいかない。
「…え、ええ、まあ、なんだかいろんなツテで断れないらしくて…。
と言っても写真だけ山積み状態って感じです。
私、まだお見合いする気も全然起きないし、
とりあえず母もまだいいんじゃないかって…。」
「あら、そうだったの?」
「でも、酷いんですよ?
この間電話をしてきたと思ったら、
人のお見合い写真なのに、イケメンが一人もいなかったわ、ですって!
母の方が真剣に品定めしてるみたいで父も呆れてました。」
「そう…。」
「身長が5cm足りないとか、収入が少ないとか、
そんなレベルなんですよ、うちの母親って。
何を基準にしてるんだか…。」
相手の人に悪いですよね、と苦笑すると
精市の母親は何やら考え込んだかと思うと
途端に目を輝かせてににじり寄ってきた。
「ということは、まずはちゃんのお母さんのお眼鏡にかかる人でないと
お見合いもさせてもらえない、ってことかしら?」
「あっ、いえ、そんなことは…。」
「だったら…、ね、ちゃん。
家に帰ったら1回、お見合いしてみようかなって言って御覧なさいよ?」
「はい?」
「そうね、きっとびっくりするわよ?」
「おば様?」
「誰でもいいからお見合いしたいってちゃんから言うの。
いい? 誰でもいいから、一人だけとお見合いしてみる、って。」
「はぁ…。」
私はこの突拍子もない話に内心驚きつつも、
まあ、うちに戻れば避けては通れない話ではあるし、
何やかやと理由をくっ付けられてはお見合いをさせられるだろうな、とは覚悟していたから、
1回くらいはお見合いもしてもいいかと思っていた。
ただ、精市の母親がこれほど熱心に勧めて来るとは思わなかっただけで…。
「そんな適当で相手に失礼じゃ…。」
「いいの、いいの、お見合いなんてそんなものよ?
会ってみて交際してみたかったらすればいいんだし、
そうじゃなきゃごめんなさいで済むんだし。」
なんだか本当に安易だなあ、と精市の母親の話を聞きながらも、
どうせ暇だし、お見合いをしたら親友のに報告がてら、
それをサカナに飲みに行ってもいいか、と思いついてみる。
「そうそう、お見合いをしたら必ずうちに報告にいらっしゃいね?
何かおいしいものをご馳走するから…。」
そう楽しみにされて私は苦笑するしかなかった。
********
あれから母親にお見合いをするから適当にみつくろって、と切り出したら
あり得ないくらい動揺されてこっちがびっくりした。
どういう風の吹き回しかと聞かれて困ったけれど、
お見合いの日時が決まるのが恐ろしく早くてそっちの方が怖いくらいだった。
まあ、どうせ断るつもりなんだけどね、とはさすがに親には言わなかったけど、
振袖でも着せられるのかと思ったら、相手が平服でいいとのことで
私は滅多に着る機会のなかったフェミニンなワンピースを身にまとった。
指定された場所は都内の高級ホテルのラウンジで
なぜか送り出す親はついて来ないというのが少々腑に落ちなかったけれど、
子供でもあるまいし、こういうラフなスタイルもいいかと気楽に考えていた。
平日のせいか、ホテルのラウンジにはビジネススーツを着た人ばかり目に付いた。
この中に自分のお見合いの相手がいるのかと思うと
どれもこれも個性がないように思う。
って、個性が強すぎる奴なんて所詮家庭的じゃないのだし、
なんて悪態をつきながら私は中庭の見える奥の席へと視線を移した。
背筋を伸ばしたなんだか落ち着き払ったその後姿に
見覚えがある気がして私は思わず眩暈のような感じを覚えた。
「もしかして…真田君?」
明るいベージュのソファにもたれることなく
手元の写真を眺めている彼は間違いなく中・高と苦楽を共にした部活仲間だった。
「、久しぶりだな。」
都内の女子大を卒業してそのまま就職した私が真田と会うのは
ゆうに5年ぶりかもしれない。
もともと大人びた風体の彼は今は年相応というより
なんだか自分よりも若々しく見えるのは気のせいかもしれない。
だけど、そう思うくらい彼は生き生きとしていてカッコよかった。
「真田君、なんで、ここに?」
言葉を詰まらせている私に座るように勧める彼は
間違いなく私の見合い写真なるものを持っていて
私は呆然と彼の顔を穴の開くほど見つめてしまった。
「ああ、困った事に成り行きでな。」
成り行き、と言われても私の方が困る。
面白半分に断ること前提でお見合いに来てるのに
相手が真田となると話は随分違う。
相手が私だと知っていて、それでもここにいるという事は
真田は本気なんだろうと思うし、
昔から愚直なまでに一本気な彼が私が遊びでここにいるなんて知ったら
それこそ何て思うか…。
だからと言って真田と将来を前提にお付き合いなんてできるはずがない。
好きだった人の親友と結婚なんて考えただけでも私にとっては生き地獄だ。
「真田君、本気なの?」
「あ? ああ、不似合いかもしれんが…。」
「えっ、いや、そんな事思ってはないけど、
真田君は真面目だし、かっこいいし、文句なんてないけど、
でも、本意じゃないんだったら、こ、断ってもいいんだから。」
何、テンパってるんだか。
でも、相手が知らない人ならこっちから速攻断っても全然平気だけど…。
「? そんなに俺だと不服か?」
「あ、ご、ごめん。
でも私、真田君が相手だなんて知らなかったし。
まだ、結婚するつもりなんてないし。」
「そうなのか? 幸村?」
私を通り越して背後に同意を求める真田の眉間には皺が刻まれていて
同時に背後から聞こえてくる馴染みの声音は怖いぐらい優しかった。
「あれ? 結婚する気になったからお見合いしに来たんじゃないの?」
あり得ない!
あり得ない位間が悪すぎる。
どうして私のお見合いの現場に幸村が現れるんだか。
久しぶりの声に振り返りたい衝動を私はぐっと堪えて俯くしかなかった。
と、不意に幸村の香りと体温が隣から伝わってくる。
「ねえ、真田、その写真、きれいに撮れてるよね?
俺、この間のトーナメント中、ずっと持ち歩いてたんだ。」
深々と沈むソファにドキドキしながら
それでも幸村の横顔さえ見る勇気も出ない。
「ああ、しかし見合い写真というのは二十歳を過ぎても
成人式の時の写真が有効なんだな。
それもどうかと思うが…。」
「ははは…。真田のそういう所もどうかと俺は思うけど。」
屈託なくしゃべる同胞を尻目に私の頭の中は混乱を極めてる。
何なんだ、幸村は。
何が面白くてここに来たんだか。
「ねえ、。いいよね、真田で?」
「えっ? ちょ、ちょっと待って?」
「待つぐらいならこんなだまし討ちみたいな事しなかったけど?」
「で、でも、いくらなんでも真田君じゃ…。」
「だから結婚式の立会人。」
「結婚式の?」
「そっ! 俺との。」
膝の上で緊張のあまりぎゅっと握り締めていた手の上に
幸村の手が重ねられてきた。
こんな不意打ち、ずる過ぎる!
「幸村、一応聞いてみるが、には話してなかったのか?」
「ああ、あんまり急だったからね。」
「急って何よ?」
今までずっと音信不通だったくせに、とかつての想い人を睨み付けると
幸村は目を細めてまるで子供をあやすように頬をなでてきた。
そのぬくもりがずっと欲しかったものだと思うと涙目になってしまう。
「夏には戻って来るつもりだったんだけどね。
のお母さんにがお見合いするって聞いてさ。
朝一番に成田に着いた所だったから…。」
さすがに俺も慌てたって訳さ、と幸村の日焼けした指が
私の唇に優しく触れる。
そんな風にされたらもう幸村を好きだって気持ちに蓋をできないじゃない。
「にはのやりたい事があったんだし、
俺も今までやりたいように世界中でテニスをして来た。
でもそろそろ落ち着こうかと思ってたし、
がもしお見合いするような事があったら
その相手は俺で、最初で最後のお見合いにしようと決めてたんだ。」
「そ、そんな事しなくたって…。」
「え〜、でも俺が一緒にアメリカに行こうって誘ったら断ったくせに。」
「い、いつの話?」
「うーん、大学2年の時だったか…。」
「し、知らない、そんなの。
大体それ、プロポーズにもなってないし…。」
抗議の声を上げるの頬がぷっくりと膨らむと
幸村は躊躇うことなくその頬にチュッと音を立ててキスをした。
「なっ//////」
「わかった、わかった。
ちゃんと言うから、返事はYESだけだよ?」
ほんとにあの子は事後承諾が多すぎるのよ、そんな彼の母親の言葉が頭をよぎる。
「今までずっと自分のために時間を使って来たけど
これからはのために時間を使うと誓う。
だからの全てを俺に下さい!」
真面目な幸村の真剣さは伝わって来るけど
私には突然すぎてどうしても聞かずにはいられない。
「ほんとに…これからはずっと一緒なの?」
「ここまで来て疑うなよ?」
「だって…////」
愛してる、と囁かれコクンと頷けば彼の熱い吐息が唇に伝わってきた。
彼の頭の向こうで真田が真っ赤になって視線を外すのが見えて
それがなんだか無性に照れ臭かった。
きっと家に帰ったらもう私たちの事は了承済みなんだろうと気づくと
母と幸村が密かに私の知らない所で連絡を取り合っていたんだと思った。
そしてもうひとつ。
「久しぶりにのんびりデートしたら
母さんに報告しに行かなきゃ…。」
幸村の笑顔に思い当たると、二人目の母親が朗報を今か今かと
待っている光景が目に浮かぶのだった。
The end
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☆あとがき☆
こう切ない話が書きたいのに
やっぱり幸せな話になってしまう。
それはやっぱり私の願望…だから?(笑)
2008.6.2.