君の笑顔 2
「おはようさん。」
昨日はあれから幸村とは
いつも通り必要以上の事は話さなかった。
でも見えない一線がいつの間にか溝ぐらいに思えてしまうのは
どうしてなのだろうと夜は一睡もできなかった。
「おはよ。」
あまりにも気のない返事だったせいか
教室に入ろうとした所で仁王に入口を塞がれてしまった。
これが真田だったら朝練をサボった説教をされる所だけど
仁王はそういう所は寛大だから何も聞かないだろうと思った。
「なんか辛気臭いのう。」
「別に。」
「まあそれも部活で解消されるぜよ?」
「朝から何の話?」
ニヤついてる仁王の方が余程胡散臭い。
けど幸村よりは何倍も話しやすいのだから
仕方なく私は仁王に寝不足の眼差しを向けた。
「いやのぅ、俺もの事は好いとぅよ?
じゃが、幸村は別格じゃったの、と思うてな。」
「えっ?」
「お前さん、愛されちょるの。」
「はぁ?」
間違いなく呆けた顔とぼんやりした目で見返せば仁王はクツクツ笑っている。
「幸村の奴も、朝練サボったぜよ?」
「うそ?」
「で、終わり頃に部室に来ての、
どうしたと思う?」
「いや、全然分かんないけど。」
「部室に絵を飾ったんじゃ。」
そう言えば今日で絵は仕上がるって言っていたけど、
まさか朝練さぼって美術室で仕上げるとは思わなかった。
「、見に行った方がええぜよ?」
「な、何で?」
仁王は私の鞄を取り上げると
今来た道を戻れと言う風に背中を押して来た。
「仁王?」
「俺が言うのも何じゃけどな、
あいつが絵を描き始めた理由、
は知らんじゃろ?」
「う・・・ん。」
「は、俺が絵を描くって事
全然信じてくれないんだよね、って言うちょった。
いや、俺も知らんかったぜよ、言うたら
幸村の奴、お前が知ってても意味ないって。
だったらあんな絵、部室に置くな、って言いたかったけどな、
幸村は聞く耳持たんじゃろな。
じゃから、お前が行け。」
「けど、授業が始ま・・・。」
「ええから、。
テニス部のマネならガツンと言ってやれ。
練習サボって美術室に行くなって。」
突き放されるように押し出され、
みんなが足早に教室に入って来る波に逆らって歩いた。
あの絵を見に行かなければ
また幸村に冷たいと言われそうだ。
部室への道はさすがに静寂に包まれていた。
毎日入る扉さえ、今はとても緊張する。
その敷居を跨げば何かを越えてしまう予感があって
私はぐっと握り拳を固めて
テニス部マネージャーの自分を再確認して扉を開けた。
部室の中には当たり前のように幸村がいた。
まるでロダンの考える人のような格好で椅子に座って
幸村の真正面にはキャンバスが壁に立て掛けられていた。
「何、授業サボってんの?」
普段通りの声が出てくれて自分でもホッとした。
「こそ、朝練もサボってたじゃないか。」
「幸村だって朝練サボったって聞いたよ?」
ムッとして答えれば幸村はそうだなと笑みを洩らす。
その笑顔にいつも通りだと胸を撫で下ろす。
「そう言えば、絵、描き上がったんだって?」
「昨日約束したからね。」
今度はすんなりと幸村の側に立つ事ができた。
昨日のさんの光景が思い出されたけど
それは一瞬の事で、私は素直に幸村の絵の中に引き込まれた。
「これ、本当に幸村が描いたの?」
「第一声がそれ?」
不満そうな口ぶりの幸村を気にかける余裕は無かった。
淡いピンクの花びらが咲き誇る中、
絵の中には私がいた。
一週間でここまで描き込めるのかと言うほど繊細な絵。
だけどそれは私であっても自分だと言うのは恥ずかしい。
「何て言うか、これ、私じゃない・・・。」
「だよ?」
「私、こんなに可愛くないもの。」
ため息混じりに呟けば幸村もため息で返してくる。
「俺の目にはこう映るんだから仕方ないだろ?」
「ちょ、ちょっと、キモイ事言うな////」
マネージャーと言う足元がぐらついて
私は慌てて幸村の口を塞ぐかのように弾丸の如く切り返す。
「ま、まあ、でもほんと、
幸村がこんなに絵が上手いなんて知らなかったよ。
うん、美術部員顔負けだね。
こういうのって真実をそのまま描かなくていい訳だし、
いや、うん、こんな風に描いてもらえて嬉しいよ。
これ、お見合い用の写真代わりにできるかも。
なんて、さすがに10代の絵じゃ見合い相手に失礼だよね〜。
それにしても幸村、テニスで食べていけなくなったら
画家になるといいかも。」
口に出しながら自分の馬鹿さ加減に泣きたい位だったけど
幸村と二人でいる部室の中の雰囲気に押し潰されそうで
一気に捲くし立てた。
その後の沈黙に怯えたくもなるけど
そうなったら適当にさっさと授業に戻ろうと思った。
けれど幸村はそんな私の思惑をみごとにぶち壊してくれた。
「俺、言ったよね?」
静かな言葉が部室に木霊するようで私は耳を塞ぎたかった。
「この絵には俺の思いを込めたって。」
「ああ、うん、凄いよ。
それはわかって・・・。」
「ちゃんと聞いて!
俺はが好きなんだ。」
ガタンと椅子が音を立てたのと同時だったけど
聞こえなかったなんて言い訳は通用しない。
「この絵は俺のへの気持ち。
好きなものはうんとよく描ける。
それと俺の願望。
にはいつもこんな風に俺だけに笑いかけて欲しい。」
そう、絵の中の私は嬉しそうに微笑んでる。
美化しすぎだよ、と思うくらい優しい顔。
そんな笑顔、モデルだって女優だって無理だって。
「柳や真田には笑顔で話し掛けてるのに
何で俺だけにはそうしてくれないの?」
「だ、だって真田とかはクラスメイトだし。」
「俺たちはチームメイトだろ?」
「いや、だって部長とマネだし。」
「何でそこで線引きするの?」
幸村は私の事を好きだと告白したくせに
なんだかもの凄く不機嫌さを出して理詰めで責めてくる。
いや、でも多分甘い告白だけだったら
部内の恋愛はやっぱりまずいから、
でも幸村の気持ちは分かったからこれからは
もう少し仲良しの友だちでいよう、みたいな
そんな曖昧の答えで濁そうと努力しただろうと思う。
でも、今の幸村は甘くなんてない。
どんどん私を責めてたてて私の心の奥底から
隠してきた気持ちを引きずり出そうとしているようで
本当に怖い。
「こ、公私混同は良くないって。」
「ふーん、線引きしなけりゃ混同してしまうんだ?」
「しない、してない。」
「混同してなくても
の中に私的な感情があるんだよね?」
「だから憶測で物言うの、やめてよ。」
「じゃあ実証してみようか?」
そこで極上の笑みを向けないで欲しい。
肩を掴まれて幸村の胸の中に引き寄せられて
平静でいられる女子なんて絶対いない。
こんなの実証でも何でもない。
そう思うのに人のぬくもりって
何でこうもしっくりと心の中まであっためてしまうのだろう。
もちろん本当に心の底から嫌いな人だったら
あらん限りの力で抵抗したと思うけど
それはできなかった。
無理だよ、幸村。
私、幸村の事、嫌いじゃないから。
「好きだよ。」
その一言が私に魔法を掛ける。
幸村の体温。
幸村の匂い。
広い胸と気持ち早いと思える幸村の鼓動。
耳に掛かる息遣い。
抱きしめられてる大きな手。
一度に沢山の幸村の情報が流れ込んできて
それだけで私の顔は火照って、脈拍だって血圧だって
上がりっぱなしだ。
幸村の何もかもが私も好きだったんだ・・・。
「、顔が真っ赤だ。」
覗き込まれて指摘されるとますます顔が熱くなる。
「だ、誰のせいだと・・・。」
「でも、凄く可愛いよ。
昨日、にヤキモチ妬いてた顔も可愛かったけど。」
「えっ?」
「気付いてないんだ?
ふふっ、これからはいろんな顔が見られるね。
部活の時間が楽しみだ。」
意地悪な言葉を紡ぐ幸村の顔だって
今まで見た事もないくらい緩みっぱなしだ。
そんな恥ずかしい顔、誰にも見せたくないと思ってしまった。
「あ、あのさ。」
「何?」
「えっと、部活は・・・ちゃんと真面目にやってね。」
精一杯のマネとしてのお願いが幸村には通用しなかった事は
その日の午後の練習で嫌と言うほど分かる事になる。
なぜならあの絵は幸村が引退するまで
ずっと部室に置かれたままで
部室の中でマネの顔をするには
冷やかしの材料は明らかに大きすぎたからだった。
The end
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☆あとがき☆
幸村が美術が得意って言うのは
ちょっと意外でした。
私は昔異性に私の絵をもらった事があるのですが
お世辞にも上手い絵ではなくて
ちょっと引いた事がありました。(笑)
でも幸村に描いてもらったら
凄く嬉しいと思います。
2010.4.21.