ハロウィンのカボチャ






廊下で立海三強とすれ違った。

思わず心の中でラッキーと叫んだ。

立海3強って言うのはテニス部の中で
トップに君臨する幸村君、真田君、柳君の事を指す。

3人とも背が高くてイケメンでおまけにテニスが全国レベルって言うから
その3人が並んで歩いているとそこだけ
纏っているオーラが眩しすぎて私はいつも伏目がちになる。

正視なんてできない。

すれ違う時に聞こえる会話の断片を耳にするだけで
軽くイップス状態になる。

私に話しかけているなんて全然思わないんだけど
幸村君の「そう思わないかい?」なんて言葉が
多分柳君に掛けられた言葉なんだけど
頭上から零れて来た時なんて、もうその日一日中幸せな気分で一杯になる。

憧れの君。

そんな表現がぴったりな幸村君は
もちろん女子の絶大的人気の的な訳で
放課後のテニスコートはその憧れの君のために
たくさんの女子がフェンス越しに胸をときめかせている。

幸村君、かっこいい!頑張って!こっち向いて!

そんな声援をみんなが送っている。

でも私はと言えば、幸村君の姿を遠くから見るだけで胸は一杯。

とてもみんなと並んで大きな声で叫ぶなんて事はできない。

あの集団に入っていればひとつの声となって
幸村君の耳には届くのかもしれないけど
片思いの気持ちはそんな事ですっきりするものでもない。

私の中で幸村君をスターにしてしまったら
もうずっと平行線のような気がする。

と言って、だからと言って、
告白する勇気なんて丸っきりないのだ。

あわよくば、こうして遠巻きに見ている自分の姿に気付いてもらいたい。

幸村君から声を掛けてもらいたい。

そんな邪な気持ちもある。

そう思っていても結局の所、
すれ違いざまに彼にアピールする事さえ出来ていない訳だから
やっぱりいつまでたっても平行線のままなんだけど。

たまに廊下ですれ違う時に幸村君の視界に入る時がある。

でもきっと私は私の後ろの窓や壁といった風景のひとコマに過ぎない。

だからいつも微妙な顔になってしまう。

顔見知り程度なら会釈とか微笑むくらいすれば
感じのいい女の子、といった印象を持たせる事もできるのだろうけど、
私にはそんなテクニックはないから
憮然としたままの面持ちで眼を伏せて
幸村君を通り越してから一気に恥ずかしくなって顔が火照ってしまう。

だからきっと奥手な女の子とも思われていない。

幸村君の姿を見つけては幸せな気持ちになる半面、
また接点のないまますれ違った事にがっかりしてため息を付いてしまうのだ。





そんな私が唯一テニス部と繋がれているのは
同じクラスに丸井君がいる事だ。

たまたま席が近くなって班行動で話をする機会が多くなると
彼の話題の中に幸村君の名前がちょくちょく顔を出すのだ。

私は当たり障りなくテニス部の話題を丸井君に振っては
彼から部活での幸村君の日常がひとつでも知る事ができないかと
期待でワクワクしてしまう。

だから丸井君と仲良くなるために
私のポケットにはいつもお菓子が必ず入っていた。

何気なく丸井君と会話を続けるためにも
お菓子は必須アイテムだった。

エサで釣られた訳ではないのだろうけど
それでも朝練から戻って来た丸井君に甘いものを差し出せば
容易く部活での幸村君情報がゲットできるのだった。

そんなある日の昼休み、
だから丸井君にちょっと付き合って、と言われた時には
日頃のお礼も兼ねて二つ返事で引き受けた。

どうやら新しいユニフォームが職員室に届いたらしくて
丸井君はそれを部室に運ぶように幸村君に頼まれたようだった。

 「わりぃな、。」

 「ううん。テニス部の部室に行けるなんて
  滅多にないチャンスだもん。」

どうやら丸井君は私が毎日テニス部の話を興味しんしんで聞くものだから
頼みやすさも手伝って声を掛けてくれたらしい。

私は嬉しい気持ちを隠しもせず
新しいユニフォームをしっかり抱いて丸井君と歩いた。

 「ほんとなら赤也に頼むとこなんだけどよ。
  あいつに頼んでもどうせ忘れっからよ。
  一人で運ぶには多すぎるしな。」

 「いいよ、どうせ私暇だし。」

 「はは、お前、テニス部のマネみたいだぜ?」

 「えっ?もう、からかわないでよ、丸井君。
  私なんてドジだから無理だよ。」

それでも丸井君に言われると悪い気はしなかった。

現実的には夢みたいな事だけど
このひと時だけでも自分がマネージャーになった気がした。

テニス部の部室は思った以上に広くて整頓されていた。

私と丸井君は真ん中のテーブルの上にユニフォームを置いた。

 「んじゃ、俺、もう一往復運んで来るわ。」

 「えっ、私も行くよ?」

 「いいって、いいって。
  それよかそのユニフォーム、それぞれのロッカーにしまってくんない?」

 「わ、私がそんな事やっていいの?」

 「はは、そんなん気にする奴、いねーし。
  ロッカーたって、タオルとかそんくらいしか入ってねーよ。」

丸井君は困惑する私をよそに笑い飛ばして出て行った。

ぽつんと残されてしまっては手持無沙汰この上ない。

私は緊張する面持ちで一番端のロッカーに手を掛けた。

どうやらロッカーには鍵をかける習慣はないみたいで
開けてみれば本当に大したものは入ってなかった。

私はユニフォームに刺繍されてるネームを確かめながら
ひとつひとつ丁寧にたたみ直しては順番にロッカーにしまった。

最後のロッカーは幸村君のロッカーだった。

いつも彼が使っているのかと思うと
ロッカーを開けるのでさえ緊張してしまう。

特別な何かを期待していた訳じゃなかったけど
やっぱり何も入ってないロッカーは寂しく感じた。

恐らく新しいユニフォームが配られるために
昨日あたり私物は持ち帰るように柳君あたりが気を利かしたのかもしれない。

でも丸井君がユニフォームの配布当番だったのなら
何もそんな事はしなくても良かったんじゃないだろうか?

 「まさかね。」

私は独り言を呟くと
それでも悪戯心がむくむくと頭をもたげて来て
制服のポケットからキャンディを取り出すと
それを幸村君のジャージのポケットに忍ばせた。

そしてそれをたたみ直すといくらか名残惜しくなって
幸村君が着るであろうそのジャージをぎゅっと抱きしめた。

真新しいユニフォームからは幸村君の匂いはしない。

バカみたい、と心の中で突っ込むと
ゆっくりとロッカーを閉めた。

パタンという音が部室に響くのと同時くらいに
私は自分の後ろに明らかに人の気配があるのを察知して驚いた。

丸井君だと思う安心感は
振り返った瞬間恐ろしいものに変わった。

そこにはなんと幸村君がいたのだ。

 「うわぁっ!?」

あまりにも驚きすぎて後ろに飛びのいたのはいいけど
私はすぐにロッカーの扉に背中を打ち付けていた。

もうもう、恥ずかしすぎて死ぬかもしれない、くらいに感じた。

 「そんなに驚くとは思わなかった。」

幸村君はにこにこ笑っている。

私は焦りまくっている。

この状況をどこから話せばいいのか、頭がついていかない。

と言うより、幸村君はどこまで見ていたのだろう?

いや、いつから見ていたのだろう。

 「あ、あの、ごめんなさい。」

 「うん?何で謝るの?
  君が手伝ってくれてるのは丸井から聞いてたけど?」

 「ま、丸井君は?」

私は新たに部室内のテーブルの上に積まれているユニフォームを見た。

丸井君の姿はないから幸村君が持って来たのだろう。

 「ああ、丸井なら教室に戻ったよ。
  俺一人で十分だったし。」

言いながら幸村君は私の前へと近づいて来る。

こんなに面と向かって話すのは初めてだ。

初めてついでに抗議したいけど、
幸村君、めちゃくちゃ近い。

 「あの、じゃあ。」

しどろもどろになるのに幸村君は全然空気を読んでくれない。

この場からすぐにでも逃げ出したいのに
まるでそれを阻止するかのように迫ってくる。

かっこいいけど、近すぎてドキドキするけど、
でも何だか無性に怖い。

猫に追い詰められたネズミよろしく、
私は瞬きもせず幸村君を見上げる。

 「ねえ、今日は何の日だか知ってる?」

 「今日?」

 「ハロウィンなんだよ?
  トリック or トリート?」

流ちょうな英語が聞こえた気がしたけど
これってどういう事?

 「お菓子をくれなきゃいたずらするよ、っていう意味だよ?」

知ってるけど?

知ってるけど、訳がわからない。

幸村君はお菓子をくれれば見逃してあげるって言ってるのだろうか?

でも頼みの綱の最後のキャンディはロッカーの中だ。

 「あの、な、なかったら?」

恐る恐る聞けば幸村君は満面の笑みで答えた。

 「それはお仕置きが必要だね。」


身の毛がよだつってお化け屋敷でしか味わわない感覚だと思ってたけど
もうこの時の幸村君の言葉が最高に怖かった。

私はありったけの力と勇気を振り絞って
本当にごめんなさい、と叫びながら、
幸村君が伸ばしかけた両腕を潜り抜けるようにしてその場を後にした。

もうその後は走って走って走り抜いた。

教室に戻るのもどうかと思ったけど
取り敢えず私は鞄の中から財布を取り出すと
授業が始まるのも構わず購買へと走った。

何でもいい。

チョコでもクッキーでもガムでも。

次に幸村君に会った時用に、お菓子を買わなきゃと
それしか頭になかった。

それで許されるのかは考えない事にした。

月末であまりお小遣いは残っていなかったけど
そんな事を心配している余裕はなかった。

だけどお菓子を買ってみれば
幸村君には単にからかわれただけの気がした。

真に受けた自分も恥ずかしいけど
きっと幸村君に変な子だと思われた、と思うと
せっかくのチャンスだったのに、と後悔ばかり溢れて来る。

とうに授業は始まってしまったらしく
今更遅れて教室に戻るのも億劫になって
私は閑散とした購買の近くの自販機コーナーに足を伸ばした。

100円を入れてみたものの、何を飲もうかと思うとつい考え込む。

そういえば今日はハロウィンだって幸村君が言ってたんだっけ。

自販機の中にはかぼちゃのお化けの柄の炭酸が入っていた。

普段滅多に全速力なんてしないから
すっかり疲れていた私はその炭酸を取り出すと
一気に飲み干そうとした。


 「さんって意外に足が速いんだね。」

急に声を掛けられて私は炭酸にむせてしまった。

 「大丈夫?」

大丈夫と言われても、こっちは急激に上がる心拍数のせいで
息もできない。

こわごわ見上げればやっぱりそこには幸村君がいた。

私はとにかく持っていたビニール袋を幸村君の眼前に差し出した。

 「これ。」

 「ん?」

 「お菓子が入ってるから。」

真面目に言ってるのに幸村君は目を丸くすると
堪えきれない、といった風にお腹に手を当てて笑い出した。

 「もしかしてさっきの?」

 「だって・・・。」

 「お菓子買うために逃げたの?」

お菓子買うために逃げたの?と言う言われ方はちょっと酷い気がした。

幸村君から逃げた事にはなるんだろうけど、
何だか釈然としない心持ち。

あの時、迫られた気がしてちょっと怖かったんだから。

そんな気持ちが顔に表れてしまったらしく、
幸村君は私の手からお菓子の入った袋をすんなり受け取ってくれた。

 「ごめん、ごめん。
  別に本当にお仕置きするつもりはなかったんだけど。
  怖がられて部室に普通に取り残されて、俺、すごく焦ったんだから。」

 「えっ?」

 「うーん、どう説明すればいいかなぁ。
  とにかくさんの事は前からちょっと気になってて、
  今日は丸井に頼み込んでさんを連れ出してもらったんだ。」

幸村君が私の事を気にしてた?

また、からかわれてない?

そんな気持ちがダダ漏れだったらしい。

幸村君はクスクス笑い出した。

 「いつもすれ違う時、さんってちょっとムッとしたような顔してた。
  俺の事、ああんまり好きじゃないのかなって思ってたんだけど、
  丸井の話だと俺の話をするといつも嬉しそうに聞いてるって言うし、
  今日だって俺のジャージを抱き締めてたりなんかしてて・・・。」

 「きゃああああああ。」

私は思わず両手を頬に当てて恥ずかしさのあまり奇声を上げていた。

あの時の事をしっかり見られていたという人生最大の汚点。

焦りまくった私は持っていた炭酸の缶をあっさり手放していた。

シュワシュワとした液体が流れ出て、カボチャのお化けは恨めしそうに転がった。

 「あ、あれは何でもないから、忘れて。」

 「えー?ものすごーく可愛いなぁって思ったけど。」

 「もう、もう、からかわないでよ。
  一生の不覚なんだから。」

 「不覚、ねえ。
  そこら辺をもう少し具体的に説明してもらいたいなぁ。」


幸村君は中身の出てしまった缶を拾い上げると
絶妙の投げ方で見事に自販機脇の空き缶BOXに投入した。

まるでカボチャの呪いを受けたかのように
私はその後、幸村君と一緒に午後の授業は全部サボることになってしまった。









The end



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2012.10.30.