スイートクリスマス 2
電話を掛けるのは苦手だ。
仲のいい友達ならまだしも
そうでない所へは極力掛けたりしない。
だけど電話を待つのも苦手だ。
それも来ると分かっていても相手が相手なだけに
こんなに緊張して待つなんて事はまずないはずだ。
しかもだ。
私は幸村君の電話番号は知らない。
交換するほどの間柄ではなかったからだ。
だから、幸村君が私の携帯の番号を知っているはずがないのだ。
つまり電話は掛かって来るはずがないのに
幸村君は後で掛けると言った。
もちろん丸井君に聞けば分かるのだろうけど
そこまで幸村君がする理由が分からない。
「、聞いてる?」
幸村君と携帯越しに喋ってるのが不思議過ぎて
ついぼーっとしてしまう。
私は慌てて居ずまいを正した。
「あと何か要るものはある?」
「あっ、ううん。
でも本当にいいの?
材料費負担しなくて?」
「それくらいいいよ。
ケーキ作りに必要なものはほとんど揃ってるし。
に無理を言ってるのは俺の方だしね?」
「そ、そんな事ないよ?」
「じゃあ、当日、君の分かる所まで迎えに行くから。」
結局押し切られる形で
私はクリスマス会の当日、幸村君の家で
ケーキを焼く事になってしまった。
クリスマスイブはまるでみんなが願っているような
ホワイトクリスマスになりそうな位どんよりとした曇り空だった。
耳がキンとするくらい空気が冷えていて
私は毛糸の帽子で必死に耳を隠した。
私には寒すぎる街中は
道行くカップルにとっては絶好の気温なのかもしれない。
腕を絡めながら歩く様は自分には縁遠いけど
でもちょっと羨ましいな、と眺めていたら
突然ぽんと肩を叩かれた。
「待たせちゃったかな?」
長めのマフラーをゆったり首に巻いてる幸村君の私服姿に
私は声も出なかった。
制服とは全然違う幸村君は学校で会うよりもかっこ良かった。
「今日は凄く寒くなっちゃったね。
待たせちゃったのかな?
大丈夫?」
「う、うん、私も今着いたばかりだから。」
さっきまで寒くて冷たく感じていた頬は今はじんわりと熱くなる。
私は赤味を帯びているだろう頬を思わずマフラーの下に隠した。
「って寒がりなんだね?」
「えっ?」
「だっていつもマフラーで顔を隠してる。」
クスクス笑われてますます恥ずかしくなる。
「じゃあ、早く行こうか?
それにしても何だか荷物多くない?」
幸村君が私の大きすぎる紙袋に気が付かない訳はない。
でも初めてのお宅に手ぶらでなんて行けっこない。
私はクリスマス会だけでなく幸村君の妹や
キッチンを貸してくれる幸村君のお母さんにもと思って
前日にたくさんのクッキーを作っていた。
「あ、うん、ちょっとね。」
「じゃあ、それ、持ってあげるよ。」
「い、いい!重くないから!」
必死で断ったのに幸村君にひょいと取り上げられた。
こういうのはね、男が持った方がかっこつくだろ?
なんて幸村君が言うから私は仕方なくなすがまま。
そうしてクリスマス一色の街中を並んで歩けば
ショーウィンドーには違和感のないカップルが映し出される。
それを不思議な面持ちで横目に見ながら
私は案内されるまま幸村君の家に向かった。
幸村君の家の玄関に着くと幸村君はさり気なくポケットから鍵を取り出した。
ゆっくり開けられるドアにはとてもきれいなリースが飾られていて
幸村君の手の中の鍵よりもそのリースに目を奪われた。
玄関に一歩入るとそこにもクリスマスの飾りやらポインセチアが
品良く飾られていて、私は思わずその見事さに立ち尽くしてしまった。
「さあ、上がって?
ケーキ作る前に先ずは暖かいものでも飲もうか?」
ニッコリと幸村君の笑顔に促されて思わず靴を脱ぎそうになって
私は慌てて幸村君が持っている紙袋に手を伸ばした。
「えっと、その前にちゃんとご挨拶しないと?」
「えっ?」
今度は幸村君が驚いたようだった。
「私、幸村君のお母さんとか妹さんにもクッキー作って来たから。」
幸村君はそこでやっと紙袋の中を覗き込んで了解したみたいだった。
「ああ、それでこんなに?」
「うん、初めての幸村君ちだし。」
「そんなに気を使わなくてもいいのに。
でもきっと後で二人とも喜ぶと思うな。」
「えっ?」
私は幸村君の顔をじっと見上げてしまった。
幸村君は相変わらずニコニコしたままだった。
後で?
後でって?
「それがさ、どうしても欲しい物があるらしくて
二人で出かけてしまったんだ。」
そこでやっと私はさっきもやもやっと疑問に思った事に思い当たった。
そう、幸村君の家の鍵。
何で鍵を開けるんだろうって、不思議だったのだ。
「もしかして、誰もいないの?」
「うん、今はね。」
その言葉に私が固まっていると幸村君が手を差し出して来た。
「取り敢えず上がらない?」
「で、でも。」
「やだな、の事、取って食おうなんて思ってないから。」
「そ、そんな。
私だって幸村君がそんな事するなんて思ってないから。」
真っ赤になりながら靴を脱げば幸村君に手を取られた。
「うーん、でも人畜無害だとは言ってないからね?」
「えっ!?」
思わず走る緊張に私の顔は引き攣ってしまったらしく
それを見た幸村君の表情も一瞬で曇っていた。
「ごめん。」
「うん。」
即座に謝られて今度は私の方が戸惑ってしまった。
幸村君の事を怖いなんて思ってはいなかったけど
二人っきりでいるっていう事実に私が順応できていないだけだ。
だけど幸村君にそんな顔をさせてしまったと気づいた時には
私はほんの少し悲しい気分に打ちのめされた。
どうしてだか全く分からなかったけど。
そのまま幸村君はゆっくりと黙ったまま私の手を引いて
リビングの方へ歩き出した。
こういう時、何か話さなくちゃいけないのかも、と思いつつ
思いつく言葉もなく、繋がれた手はますます熱くなって
私はもうどうしたらいいのか分からない。
そんなドキドキした、ううん、どうしていいか分からない
不安定な気持ちで通された部屋に入れば
そこで幸村君の手がすっと離れてしまった。
だけど私の視線は幸村君よりクリスマスでデコレイトされた部屋に
釘付けになったままその煌びやかさに気圧されていた。
息を飲むってこんな感じなのだと知った。
目の前には洋画の中で見るクリスマスの家そのものだった。
大きなツリーと部屋中に飾られたモール。
幸村君が電飾のスイッチを入れた途端
部屋中が眩いばかりの光に溢れ
その光景に目を奪われて私は思わず子供のように感嘆の声を上げる。
「わぁ!!」
「気に入ってくれた?」
「凄い!凄いよ、幸村君!」
さっきまでの気まずい雰囲気なんて吹き飛んでしまった。
幸村君の背より高いそのツリーの前で振り返れば
遠慮がちに佇む幸村君がいた。
私は自然に笑顔が零れた。
「素敵過ぎてため息が出ちゃう。」
「良かった。」
安心したように口元を綻ばせる幸村君が
ツリーのオブジェをひとつ手に取って私に見せてくれた。
ガラスでできたトナカイは精巧なのに愛嬌のある顔をしていた。
「父さんが、こういうの見つけて来るのが好きでね。
海外に行く度、骨董屋とか雑貨屋を見て回るらしいんだ。
それも母さんが喜ぶから毎年少しずつ増えてね・・・。
気がついたらこんなに豪勢になってたんだ。」
「素敵な話ね。」
「だから、俺もの喜ぶ顔が見たいなって。」
「私?」
「今年1番に見せたくて。」
幸村君の照れ笑いなんてびっくりするくらいレアだと思った。
同時にそんな言葉をもらってしまって
私は体中から力が抜けるくらいフワフワした気分のまま。
このまま幸村君の傍にいたら気が遠くなってしまいそうだ。
「俺、の事、好きだよ。
だから今年はとっておきのクリスマスにしたくて。」
決定的な言葉を聞いたように思ったけど
それは家に呼ばれた時から期待していた言葉でもあったけど
今、幸村君の声でそれを言われたのに全然本当のような気がしない。
夢なのかな?
でも目の前の幸村君は本物だし、
好きだよと言う言葉に勝手に反応して私の顔は赤くなっているし
だから幸村君の言葉を聞き間違えたって事はない。
どうしよう、どうしよう。
動揺している私に幸村君は静かに尋ねて来た。
「もしかして、丸井の事、好きだった?」
「えっ?」
「君のクラスに行く度、と丸井が仲良さ気に見えて
凄く羨ましかったし、焦った。
に作ってもらったって言うお菓子の話も
丸井がの名を口にするたび悔しくて・・・。」
「幸村君・・・。」
見上げれば幸村君は笑っているのに全然笑えてない。
とてもいつもの幸村君とは思えない自信喪失な様に
私の胸はなぜかときめいてしまう。
こんな幸村君を見た事がない。
どうしよう、どうしたらいい?
足元に置かれていた袋が目に入って
私はその中からひと際丁寧にラッピングしてあった包みを取り出した。
そしてそれを迷う事無く幸村君に差し出した。
「あの、これ。」
「ん?」
「幸村君にクリスマスプレゼント。」
「俺に?」
「うん、幸村君にも食べてもらいたくて。
それも一番に。」
自分でも気障な事を言ってる自覚は充分あった。
でもクリスマス一色に飾られたこの部屋でなら
全然可笑しくない気がする。
「いいの?」
幸村君の目が大きく見開かれた。
「私、誰かに食べてもらいたくて作ってる。」
「うん。」
「多分、幸村君に喜んでもらいたくて・・・、
これからは作るかも。」
「?」
「あっ、その前に、ケーキ!!
急いで作らなきゃ・・・。」
丸井君に怒られちゃう、と言い掛けたら
幸村君に抱きしめられた。
ぎゅうっと、そして優しく。
こんな素敵な恋の始まりを私は知らない。
聖なるクリスマスの甘い恋の始まり。
The end
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2012.1.7.