フライドチキンに愛を込めて







 「寒い〜!」

 「…。」

 「寒い、寒い、さーむーいー。」



傍らで文句を言うマネージャーは
怒る気が失せるほどマフラーを目元まで引き上げている。

俺が真田なら、とっくの昔に『たるんどる!』を連発して
こいつをコートから追い出すことも出来るのだろう、と手塚は思いを馳せるのだが、
あいにく手塚にはそれを実行する気力がない。

去年のクリスマスにに贈ったそのマフラーはことのほか気に入られたようで
菊丸たちが茶化しても大真面目で
「だって手塚がくれたんだから、本人の前でしなきゃ失礼でしょ?」
と、平然と言ってのける。


 俺の…せいなのか?


手塚は決まってに何も言えなくなるのだが、
それはいつものことで、お決まりのように眉間に皺だけが増えていく。


 「寒いなら皆と走ってくればいいだろう?」

 「なんでマネージャーが走らされるのよ?」

 「お前が寒い寒いと煩く言うからだ。」

 「他の方法であっためてよ?」




 ほ、他の方法とは何だ…?


 「あっ、手塚、今 変な事想像したでしょ?」

 「むっ。する訳ないだろう。」

 「じゃあ、あっためてくれるの?」


こいつは時々こっちが困ることを言うのだが
今は部活中、手塚もその手に乗るものかと腕を組み直す。


 「大体寒いなら部活に出る必要はないだろう?
  お前も引退した身なのだから。」

 「手塚、私が部活に出る格好してるって本気で思ってる訳?」


呆れたようにの口元が笑った気がした。

いや、正確にはマフラーで口元は見えなかったのだが
長年の勘から手塚にはかなりの確率では笑ったと思った。

制服の上にPコートを羽織ってるくせにマフラーで顔を隠し、
手にはムートン調のミトンをはめて
黒い瞳だけ覗かせてる様はなんとも愛らしい。


 そうではなかった…な。


 「わかった。何か俺に言いに来たんだな?」


手塚が小さくため息をつく。

その様子に不二や菊丸はこっそりと笑い合った。



 「だからね、心があったかくなる話。」

 「…。」


手塚は脈絡もなく始まったの妄想癖に
また付合わされるのかと目をつぶった。






      *******



 「ねえ、景吾。」




      *******



 「ちょっと待て!」

 「何?まだ何も話してはないでしょ?」

 「そ、それはそうだが…。
  なんで今回は呼び捨てなんだ?」

 「へっ?だって夏よりは親密になったのよ。
  わかるでしょ?」


 いや、正直、解れという方が無理なのではないか?




      *******



 「なんだ、。」

 「もうすぐクリスマスだね?」

 「ああ、今年も楽しませてやるぜ?」

 「ほんと?私ね、アレが食べたい。」

 「アレか…。」

 「うん、アレ!」

 「なんや姫さん、跡部におねだりか?」

 「うん。だって景吾にしかねだれないでしょ、ア・レ。」

 「まあな、なんでもええ、ちゅう訳にはいかんやろな。」

 「当然だ!本場から空輸させる。」

 「太っ腹やな、全く。」

 「ああん? 当たり前だろ?
  が欲しいものを揃えられるのは俺様しかいねーだろ。」




      *******



 「ちょっと待て。」

 「今度は何、手塚?これからがいい所なのに。」

うっとりした声で話し始めていた
手塚に中断させられたことで思わずふくれっ面になった。

いや、マフラーのせいでそれも推測でしかないのだが、
今のの頬は十中八九、膨らんでいるだろう、と手塚は苦笑した。


 「アレとはなんだ?」

 「アレはアレよ。」

 「だから何が食べたいんだ?
  大方、それを俺にも用意しろと言いたいのだろ?」


こうやって他校を引き合いに出すのは辞めてもらいたいものだが、
こういう言い方でしかが自分にねだれないのだろうという事は
段々手塚にもわかってきた。

要するに、テニス部でやるクリスマスパーティーに
どうしても食べたいものがあるのだろう。


 「そんな事言ってないわ。」

 「全く素直じゃないな?」

 「だって手塚には無理だもん。」

 「跡部に出来るなら俺にだってその位できる。」

 「手塚、わかってないなぁ〜。
  いい? もし私が氷帝のマネージャーだったら
  クリスマスにはフォアグラが食べたい、って言うだろうな、っていう話なの!!」

 「…。」

 「でね、もし、立海大のマネージャーだったら…。」


手塚はさらに続く話に黙り込んだ。




        *******




 「ねえ、精市。」

 「うん、何かな?。」

 「クリスマスにはやっぱりアレが食べたい。」

 「アレじゃなきゃ、だめ?」

 「もちろん!
  天下の立海大だもん、やっぱり偽物はだめでしょ?」

 「ふふっ、よくわかってるね。」

 「だって、精市は手を抜かないもの。」

 「お望みなら一番生きの良い奴を俺が仕留めようか?」

 「うーん、それは遠慮するわ。
  さすがに食欲なくなっちゃうもの。」

 「がそんな可愛い子だったとは思わなかったよ?」

 「あら違うわ、精市。
  私は平気だけど、赤也がね、
  せっかくご馳走を用意してもきっと食べられくなると思うから。
  あの子、血の気が多いだけにスプラッターものは弱いと思うの。」

 「仕方ないな。それじゃあコックにまかせようか?」




        *******



 「…。」

 「手塚?」

 「聞いていいか?」

 「立海大のアレが何かわからないの?」

 「…ああ。」


深く頷くも、立海大マネージャーとしての
なんだか幸村と同類になってるのかと思うと複雑だった。

今ここにいるに、
俺の知らない領域をもったがいるのではないかと危ぶむ手塚。

けれど今度はは無邪気に笑い出した。


 「クリスマスって言えば七面鳥よ?
  ね、手塚は七面鳥って食べたことある?」

 「…いや。」

 「よかった。
  七面鳥ってよく見ると、あんまり可愛くないのよね。」


手塚もそう思わない?と、が小首を傾げて聞くものだから
手塚はそうだな、と相槌を打つ。



 結局は何が食べたいのだ?





 「…。」

 「何?」

 「青学のマネージャーとしてのお前は何が食べたいんだ?」

 「アレが食べたい。」

 「アレではわからないだろう?」

 「じゃあ、おねだりしたら一杯買ってくれる?」

 「ああ。」


手塚は根負けしたように口元に笑みを浮かべた。

何やかやと言いつつ、手塚はに甘いのだ。


 「ただし。」

 「へっ?」

 「条件をクリアしたらだ!」


手塚は組んでいた腕を解くと
その長い指でのマフラーを優しく引き下げた。


 「俺にねだる時は俺の名前を呼んでからだ!」

 「て…!?」


手塚、と形作った口元は押し当てられた彼の人差し指で止まった。

そしての顔は一気に紅潮した。

普段手塚はの尻にしかれていると思われがちだが、
それは手塚が周りの目を気にして自制しているからに過ぎない。

手塚がに強く迫ると、意外にもはあたふたとして
視線を合わせることも出来なくなる。


 そう、本当に可愛い奴なのだ。

 未だに俺のことを名前で呼ぶこともできないのだからな。





 「俺たちも夏より親密になったと思うが、違うか?」

 「うー、手塚の意地悪/////」

 「お前を氷帝や立海大のマネージャーにした覚えはないんでな。」

 「わ、わかったわよ…。」

ひとつ小さく深呼吸をしたかと思うと
は早口で手塚の名前を呼んだ。



 「ねえ、国光。」

 「なんだ?」



 「クリスマスにはフライドチキンが食べたい。」


 「ああ、いくらでも買ってやる。」



手塚はの可愛い唇にそっとキスを落とした。












The end



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★おまけ★

 「桃先輩。あの作戦、見事はまりましたね。」

 「ああ、クリスマスにはフライドチキンはかかせねーな、かかせねーよ!」

 「なんだ、なんだ?
  お前らフライドチキンのためにちゃんを利用したのかにゃ?」

 「そういう英二も手に2本持つのはどうかと思うけどね。」

 「だけど、手塚部長が一番おいしい思いをしたんスよ?
  別にいいッスよね。」

 「ま、いいんじゃない。
  手塚も跡部や幸村には負けたくなかったみたいだからね。」

 「それにしても、この量は半端じゃないッスね。」


さて、青学メンバーで一番美味しい思いをしたのは誰かな?


 メリークリスマス





★あとがき★
 我が家はローストチキンです。
でも、フライドチキンも好きです。
ケンタッ〇ーも好きだけどモスチ〇ンも好きです。
って、食べたくなってきちゃったなあ〜。(笑)
2007.12.18.