バレンタイン・トリプル・マッチ






 「先輩、これ、なんスか?」

部室の壁に貼られた紙を指差して赤也が大きな声を出す。

丸井がガムを膨らませながら呆れたように答える。

 「なんだ、赤也は字が読めねーのか?」

 「俺は先輩に聞いてるんスよ!」

赤也が怒ったようになおもに詰め寄る。


 「何って、書いてある通りだけど。」

は部誌を書き込むために赤也の方をちらとも見ない。
その態度に赤也がむくれた。

張り紙には丁寧な字でこう書かれていた。


 『今年のバレンタインは部員への義理チョコはやめます
  ご了承ください  マネージャーより



 「俺、先輩の手作りチョコ、すっげー楽しみにしてたんスよ。
  ひどいですよ。
  丸井先輩はなんとも思わないんスか?」

丸井は座ってる椅子を揺らしながらニヤニヤしていた。

 「ああ?俺は手に余るくらいチョコもらうから
  別にからもらわなくったってチョコに不自由はしないぜ。」

 「ああそうですか。
  俺だってチョコは毎年一杯もらえますよ。」

 「だろ?じゃあ別段いいじゃないか。」

 「よくないっスよ!?
  先輩からもらえないなんて俺、ショックですよ〜。」

赤也は駄々っ子のように諦めきれないようだ。


 「赤也はほんとお子様ですね。」

柳生が眼鏡を押さえるポーズのままやっぱりニヤニヤしている。

 「柳生先輩、どういう事っスか?
  訳わかんねーっス!」

 「大体この古めかしく達筆な文字をのだと思うんですか、あなたは?」

 「えっ?」

 「こんなつまらない事をするのは真田に決まってるでしょう?」

 「ええ〜っ!?」

赤也が素っ頓狂な声を出すと、ようやくが顔を上げてクスッと笑った。


 「真田先輩、どういうつもりなんスか?」

赤也がわからない、という風に腕組みしながら張り紙を見上げる。

 「どうにも、こうにもなあ?」

丸井が頭の上で腕を組みながら椅子を揺らしている。

 「真田の奴、真っ向から文句言えないから、
  こんな回りくどい事してるんだぜ。」

 「まあ、相手が柳と幸村じゃあ、さすがの真田も手に余るようですからね。」

 「だから〜、柳先輩と幸村先輩、何かやらかしたんスか?」

 「お前、去年のホワイトデーの事、知らねーのか?

  赤也はに義理チョコもらってどうしたんだ?」

ブン太は逆に赤也に質問してきた。

 「どうって、ちゃんとお返ししたっスよ。」

 「何を?」

 「えっ?ホワイトデーって、キャンディでよかったんスよね?」

赤也がを振り返った。
は相変わらずクスクス笑ってる。

 「お前、まじかよ〜?
  俺たちだってもっとまともなもんにしたけどな。」

 「そうですよ。普通倍返しは当たり前なのに。
  ま、そういう意味では、赤也は問題外ですね。」

赤也は、柳生と丸井に笑われてるようで少々むっとしてきた。

 「じゃ、じゃあ、柳先輩たちはすごいものを返したんスね?」


赤也にも段々真田の不機嫌さがわかるような気がしてきた。

大体柳も幸村も涼しい顔をしてるくせに、やる事は結構汚い。
先輩は真田先輩の彼女と解ってるくせに、
隙あらばちょっかいを出して真田をコートの中でも外でも不機嫌にさせるのである。


 「柳と幸村はな、義理チョコのお返しだって言って、
  と3人で一日デートしたんだぜ。」

 「うっ。それはまずいんじゃないんスか〜?」

赤也はに詰め寄った。

 「だって…、魅力的だったんだもん。」

は悪びれる様子も見せずに言い切った。

どうやら、柳がの好みを正確に分析し、
幸村のリストアップしたデートコースがのツボを押さえてしまったらしい。

 「ほら、駅の反対側のケーキ屋さん、知ってる?
  去年、女の子の間で大人気のチョコパフェ。
  あれが食べたくて弦一郎を誘ったのに、
  あんな店、入れるわけないだろう、って連れて行ってくれなかったんだもん。」

それはそうだろう…と赤也も思った。
真田が流行の店に入ったり、遊園地などの人ごみの多い所に行くなどと、
誰が想像できただろう?
それは彼女としては物足りないかもしれない…。

 「で、今年はホワイトデーにお返しさせないように、
  義理チョコはないぞ、と脅してるわけっスね?」

赤也は脱力した。
柳先輩たちのせいで、義理チョコの楽しみまで奪われてしまうのは
赤也にとってはいたくはた迷惑な話ではある。

 (結局、真田先輩は本命チョコはもらうくせに…。)


 「でもね、赤也。
  私、バレンタインやめるつもりないから。
  心配しなくても大丈夫だよ。」

が何やら悪戯っぽく赤也に微笑んだ。

赤也には当然天使の微笑だったのだが、
付き合いの長い丸井と柳生には、
それがただの天使ではない事だけはわかっていた…。






2月14日。

バレンタインデーにから本命チョコをもらった真田は、
それでも部室の机の上に並べられた小さな包みの山を前に、
大きくため息をついた。

 「…これは一体何だ?」

は真田の眉間の皺にはお構いなく楽しげだった。

 「何って、今日はバレンタインデーだよ。」

 「俺が義理チョコはだめだと言わなかったか?」

 「義理チョコはだめって言ったね。」

 「そうだ。
  去年こんなものを配ったおかげで、
  柳と幸村のとんでもないお返しに俺はなす術がなかったんだぞ?」

 「うん。だからね、チョコじゃなくてクッキーにしてみたの。」

平然と言ってのけるにさすがの真田も頭を抱えた。

 「これを奴らに配ったら、またお返しだからと、
  あいつらに有利な建前を作られてしまうじゃないか。」

 「今年は多分大丈夫。」

は真田をじっと覗き込む。

 「ちゃんとね、柳と幸村には断ってきたから…。」

 「本当か?」

 「ただし、条件があるって。」

真田の脳裏に柳と幸村の黒いオーラをまとった笑みが思い浮かぶ。

 「な、なんだ?」

 「あのね、ホワイトデーのお返しに、
  柳と幸村が私のためにコーディネイトしてくれたデートプランを、
  弦一郎がエスコートするなら2人とも我慢するって。」

 「うっ!?」

真田は痛いところを突かれて絶句した。
あいつらがまともなデートプランを立てるだろうか?
いや、もちろん、が喜びそうなものを選ぶには違いない。
しかし、それは、恐らく、真田にとっては気恥ずかしいものである事には違いない。

 「だめ?」

の甘えるような眼差しにだめとは言えない。
まして自分が断れば、柳と幸村が大手を振って自分の彼女を拉致するのは目に見えている。
なんとしても去年のような苦渋は味わいたくない。

真田は観念するように頷いた。

 「…わかった。」




 「残念だなあ〜。」

ロッカールームから顔を出した柳と幸村は、
それでも全く残念がってないところが憎たらしい、と真田は思った。

ホワイトデーのお返しという大義名分がなくとも、
この2人の事だ、チャンスをうかがってを連れ出すのだろう。

 「、よかったな。」

柳がに声をかけた。

 「うん。ありがとう。
  思いっきり甘いデートプランにしてね?」

 「そうだなあ、でも、真田のために考えるわけじゃないからね?」

幸村がクスクス笑ってる。

 「、このデートプランに欠かせない服を俺に見立てさせて欲しいな。」

 「えっ、ほんと?嬉しいな〜。」

 「おい。2人とも。
  そう言ってを連れ出すのはいい加減やめろ!」

 「別にいいじゃない。
  俺たちはが真田の彼女だってちゃんと理解した上で行動してるんだから。」

いや、その言葉ほど信用できないものはない。

真田はさらに眉間に皺を寄せて今年のバレンタインも、
どうやら不機嫌な一日になりそうだった…。






 「…ねえ、丸井先輩。」

 「なんだ、赤也。」

物陰で一部始終を見ていた赤也がため息をついていた。

 「結局、先輩はどうころんでも、
  おいしいデートができるって訳っスよね?」

 「今頃気がついたのか?
  あの3強を手玉に取ってる
  ある意味一番最強なんだぜ。」



  The end



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☆あとがき☆
 先日宝くじ売り場に行ったら、
「バレンタイン・トリプル・マッチ」というスクラッチがありました。(笑)
これ、ドリーム的な題名だと思いません?
私はひとりでツボにはまってしまいました。
で、結局こんな話に…。(苦笑)
真田と柳と幸村に愛されてるヒロイン、
いいなあ〜。

2005.2.3.