バレンタインはトモチョコから…
２月１４日。
その日は女の子たちにとっては特別な日であるはずなのに、
学校とはそういう事になんら配慮のない所で、
まあ、この日に持ち物検査がないだけましかもしれない…。
そうため息つくものの、放課後、図書委員会は無常にも長引き、
教室に戻る道すがら、は自分の運命を恨めしく思っていた。
次々と通り過ぎていく教室に残っているのは、
バレンタインのこの日に思いが通じて、
その余韻に浸っているカップルくらいのものであった。
でも―、とは思う。
もしかして、まだ不二君が学校に残っていれば、
まだチャンスはあるかもしれない。
というか、それはある意味、の賭けでもあった。
の片思いの相手は、青学きっての人気者。
その人気の高さは毎年の行事の中でも、ひと際目立っていた。
彼が登校するや、行く所行く所ファンの子達に囲まれ、
チョコレートの箱は彼の手に余るものだった。
休み時間然り、昼休みなど、不二は一体どこで何をしてるのだろう、
と思うくらい、の視界から消えていた…。
で、結局、同じクラスなのに、はまだ不二にチョコレートを手渡す事ができないでいた。
放課後、委員会に出る際に、は自分の鞄を机の上に置いた。
それは誰に対してという事でもなかったのだが、
『私はまだ帰っていません』と暗に意思表示する証。
そして、自分が戻って来た時にまだ不二が校内にいたら、
その時こそは勇気を振り絞って、
チョコを不二に渡そうと自分に言い聞かせていたのだ。
は少し不安な面持ちで、３−６の教室に入った。
少し翳って静まり返った教室でが目にしたのは、
机の上に置かれている二つの鞄。
ひとつは自分のもので、もうひとつは不二の机の上にあった。
（不二君も、まだ、帰っていなかった…。）
それはホッとした気持ちと裏腹に、
チョコを渡すと決めた自分の賭けを続行しなければならないという
新たな不安。
は不二の机の前に歩み寄った。
不二の鞄の横には、さり気なく置かれた３個のチョコの箱。
はそれらをじっと見下ろすと、思わず苦笑した。
（きっと直接手渡す事を諦めちゃったチョコなんだね。）
勇気を振り絞って不二のクラスまで来たのに、
そこには主はいなくて鞄だけ。
でも、ここまで来るのに勇気を使い果たしちゃって、
主に会う前に断念して置き去りにされてしまったのだろう…。
は自分はどうしたものかと悩む。
このチョコたちに自分のチョコをまぜて自分も帰ってしまおうか？
ふとそう思ったとき、教室のドアのところに佇む人影が視界に入った。
はゆっくりとその方へ視線を上げて見た。
「さん、まだいたんだ？」
不二が明るい声で話しかけてきた。
「あっ、うん。
今、委員会が終わって戻って来たところ。」
「そう…。」
不二の口元から笑みがこぼれる。
「さんも誰かにチョコを渡しに行ってるのかと思ってた。」
余りに予想もしてなかった言葉には狼狽した。
「えっ？ち、違うよ。」
「あっ、そうか。
これから渡しに行く所だった？」
不二はそう言いながらもの返事を待つでもなく、
自分の鞄に、なんでもないという風に
そばにあったチョコを詰め込む。
「あんまりたくさんもらっちゃったからさ、
今、部室に置いて来たところなんだ。」
「…そう…なんだ。大変だね？」
は会話を続けながらも、頭の中では、
チョコを渡す、いや、渡さない、と自問自答していた。
「ねえ。さんも帰るところなんだったら、
その辺まで一緒に帰らない？」
不二はさらりとそんな事を口に出す。
願ってもないチャンスには一瞬目をつぶった。
が、次に口をついて出たの言葉は、
自分でも驚くものだった。
「ごめんなさい。
私、まだ、もう少し残っていたいから…。」
不二の表情が心なしか曇ったような気がしたのは、
あまりに自分勝手な思い込みだろうか？
「そっか。残念…。」
不二は鞄を持ち直すとゆっくりと歩き出した。
あ、行かないで！！
きっと私、不二君以外の子にチョコを渡すと誤解されたかも…。
焦るは不二の後姿に声をかけてしまう。
「あ、で、でも…。」
はもう自分でも説明のつかない事態に動転していた。
何がしたいのか、何を言いたいのか、
心の整理のつかないまま、勝手に言葉だけが一人歩きしていく…。
「ふ、不二君！
あの、…これ、受け取ってくれるかな？」
立ち止まった不二が不思議そうに振り返る。
「これ、
トモチョコ
！！」
差し出した小さな包みはどう見てもバレンタインチョコなのに、
とっさに出た言葉はもう戻せなかった。
「…？」
不二はの言葉を促すかのようにじっと見守ってる。
「あっ、あのね、
これからも友達でいてくださいっていうチョコ！
義理じゃないから…。」
一生懸命に言い訳してる自分が恥ずかしくて、
結局好きという気持ちは切り出せなくて、
こんな逃げ道を作ってる自分が情けなかった。
だけど、それ以上の言葉はには言えなかった。
不二はなぜだかクスクス笑っている。
「トモチョコね…。」
不二は鞄を手近な机の上に置くとの傍に戻り、
の差し出した包みを受け取ってリボンを解く。
中には小粒のトリュフが４個。
不二はそれをひとつつまむと口に放り込んだ。
そして、もうひとつつまむと、の口元に差し出した。
「はい。さんも食べて？」
驚くがそれでもそのチョコを手に取ろうとすると、
不二は微笑んだまま、首を横に振った。
「僕が食べさせてあげる。」
不二がチョコをの唇にそっと押し付けてきたので、
は赤くなりながらそのチョコを口に含んだ。
甘いチョコは即座に口の中に広がり、
魅惑的な甘い空間が不二との間に広がっていくようだった。
「ねえ。
まずはお友達からってこと？」
は不二の蒼い瞳が段々近づいてくるのに気づいていなかった。
が事の次第を把握した時には、
すでに無防備なの唇は不二によってふさがれていた。
「/////。」
ファーストキスはチョコの味！？
「ねえ、友達なんだからいつも一緒にいていいんだよね？
友達なんだからもっと仲良くなってもいいんだよね？
友達なんだから…
恋人同士になる事だってあるよね？」
そう耳元で囁かれたは身動きもできないまま、
しばらくずっと不二に抱きしめられていた…。
結局の胸のうちは不二には全部見透かされていたようで…。
その後、毎年バレンタインが来るたび、
好きな子から「
トモチョコ
」もらったのなんて僕くらいのものだよね、
と不二にからかわれるのであった…。
The end
Back
☆あとがき☆
バレンタイン企画第５弾、
そう、トリはやっぱり不二君で…。
チョコって、渡せそうで渡せないものですよね〜。
いやあ、それは私だけかなあ？
でも、あの、渡すまでのドキドキ感がたまらないです。
片思いの頃のバレンタインが一番心に残ってるものだ、と…思う。（笑）
2004．2．14．
