グッバイ・ロンリー・バレンタイン






色とりどりに素敵にショーアップされてるウインドー。
その中にお目当てのチョコはあった。

バレンタインデーの夕暮れ時ともなれば、
もうあまりお客はいなくて、
ひっそりと並んだチョコたちはもう出番はないのかも…と、
ため息をついて休んでいるように見える。

ガラス越しに覗き込んでるは、
そのチョコを買うかどうかで悩んでいた。

あんまりずっと考え込んでいたものだから、
傍に誰かが立っている事など気づきもしないでいた。

ふと、ガラスの中のチョコではなく、
ガラスに映ってる自分の姿に焦点を合わせた時、
はやっと右隣に立っている見覚えのある顔に驚いた。



彼の名は跡部景吾。
端正な顔立ちとスタイルは氷帝学園一のモテ男。
が、その横柄な性格からすると、
の傍らで何も言わずに立っているなどという事があり得ないくらい不思議な事。

は気づかない振りをするかどうかで悩んだが、
このままずっと立ち尽くす訳にもいかなくて、
とうとう跡部の方へ向き直った…。



 「気づくの、遅せーな。」

 「そう言う跡部はどうしてここにいるの?」


今日はバレンタインデー。
跡部は朝からチョコ攻めに遭っていたはず。

今頃はもらったチョコの相手の誰かと一緒にいるのでは、
と思っていたが尋ねるのはやめた。

そんな詮索、私がすることじゃないし。


 「ああ?
  チョコの数が多すぎて車呼んだんだよ。
  そうしたらお前がボーッと突っ立ってるのが見えたからな。
  何やってんだか、と思ってな。」

思いもしなかった跡部の言葉には少し驚いた。

私の事、気になったの?
まさか、ね。


 「んで、何見てんだよ?」

 「お目当てのチョコがね、安くなってないかなあって思って…。」

 「はあ?値引きされたチョコを男にあげるのかよ?」

 「ち、違うよ///。
  前から食べてみたいチョコがあるんだけど、
  高すぎるからさ。
  もしかして、安くなってないかなあって思ったんだけど、
  だめみたいだね。」

 「あのチョコなら結構もらったぜ。
  高けりゃいいと思ってんだか…。
  そんなに食べたかったんならお前にやるぜ?」


跡部はポケットに手を入れたまま、一緒になってウインドーを覗き込む。

跡部の姿に若い店員がひそひそとしゃべってるのが見える。

私たち、どんな風に見えるんだろう?

はため息をついた。


 「いらないわよ!!
  曲がりなりにも跡部を好きな子達が贈ってくれたものでしょう?
  そんなチョコ、もらう訳にはいかないじゃない。」

 「そんな事、気にする事ねーぜ。
  俺様が全部食べるなんて思ってるんじゃないだろうな?」

跡部がニヤニヤ笑っている。

 「気にするんなら、俺様があのチョコを買ってやるぜ?
  それなら文句ないんだろ?」


文句?
文句はないけど、なんで跡部にチョコを買ってもらう訳?
跡部にチョコをもらう理由なんてないよ。


 「いい。
  また今度にするから。」

はそう言ってショーウインドーから離れた。
今年のバレンタインも結局、チョコに縁がなかっただけ…。


 「おい!」

跡部がの腕を掴んだ。

 「何?」

 「何じゃない。
  お前がこの店覗き込んでる間、俺様は待っていたんだぜ。
  今度は俺に付き合え!」

 「はぁ?
  私、跡部に待って、って言って待たせた訳じゃないでしょ?」

 「んだよ。どうせ暇なんだからいいだろ?」

有無を言わせず跡部はを引きずるようにして車に押し込んだ。




車内では跡部もも無言だった。
無視してる訳ではなく、何も言わないだけ。
だけどお互いの息遣いは聞こえる距離で、
は窓の外ばかり眺めていたけど、それでも跡部の気配はいつでも感じる。
それは決して気まずい雰囲気ではなくて、
ただ、お互いがそこに存在してるだけ。


でも…。

は中学の頃の事を思い出していた。



と跡部の父は互いが親友同士で、
若い頃酒の席で、お互いの子供が女の子と男の子だったら、
将来一緒にさせよう、というよくある約束をしていた。

それがどのくらい効力のある話なのかわからなかったが、
それでも幼少時は遊びに行く時はいつも二人一緒のことが多かった。
だから、仲もそれなりによかったはずなのだが…。

中学の夏の終わり、

跡部の親友の忍足がふと自分には許婚がおるんや、と話していた。
どうも親同士が勝手に決めたことで本人にはその気はないのだが、
とりあえず大阪にそういう子がいるのは気が重いんや、と忍足がぼやいていた。

あの時、跡部はこう言った。

 「親同士が勝手に子供の将来決めるなんて愚の骨頂だぜ。
  俺は絶対、親の言う通りなんてごめんだな。
  好きな女ぐらい自分で選べるしな。」


別に跡部と結婚したいなんて思ってはいなかった。
だけど、いつまでも仲良しこよしの幼馴染の立場でいる事は、
跡部にとっても気が重いのかな、とは思った。

だから、それ以来、は跡部を極力避けてきた。
跡部だっていろんな女の子と噂は絶えなかったし、
で、なるべく目立たないように過ごしてきていた。

それはまるで、跡部と同じ学園にいる事を跡部に忘れて欲しいがため…。






車は15分ほどで、郊外の洒落たレストランに着いた。
欧風なレンガ造りにツタがからまって、
ガス灯の淡いオレンジの光に包まれた落ち着いた雰囲気の店だった。


 「ほら、来いよ。」

びっくりしているの手を握り締めると、
跡部はなんでもない風に店の中へをエスコートする。

いつの間に予約していたのか、
たちは店の奥の席に着いた。

 「跡部…。
  あのさ、私、あんまりお金もってないんだけど。」

が声をひそめて跡部に言うと、
跡部は呆れたようにクックッと笑う。

 「お前なあ、男がこういう所に誘ったら、
  男が払うに決まってんだろ?
  まして俺様が付き合えって言ったんだ。
  遠慮なんかすんじゃねーよ。」

 「えっ?う、うん。
  跡部が金持ちなのはわかってるけどさ、
  でも、なんで私を誘ったの?
  バレンタインに過ごす子なんて、山ほどいるでしょ?」

 「全く、お前ってやつは。
  俺が今日この日をお前と過ごしたいって思ってたって、
  そう言えば信じるのか?」
  

は言葉に詰まって考え込んだ。


跡部がそんな事言うはずはないし…。
わかってる。
幼馴染への親切心?
単なる気まぐれ?
暇つぶし?


が本気で考え込む姿に跡部はいらいらした調子でチッと舌打ちをする。

 「面倒くせーやつだな。
  いちいち理由がないと食事もできねーのか?」

 「えっ?
  だって、幼馴染と一緒なんて嫌じゃないのかなと思って…。」


そんなやり取りも、給仕の運んできた、
バレンタイン用特別ディナーの豪華さに中断される。


がおいしそうに料理を口元に運ぶたび、
跡部はなぜか優しい眼差しでを見つめていた。




最後のデミタスコーヒーがテーブルに置かれると、
店のオーナーがじきじきにに小さな箱を差し出してきた。

 「本日はバレンタイン・デー記念という事で、
  ご来場の皆様にチョコをお配りしております。」


その包みを見ては小さく驚きの声を上げた。

それはが食べたいと思って覗き込んでいた店のチョコと同じ箱。

は思わず跡部の顔を見た。


 「このためにわざわざ食事に誘ったの?」

 「そういう訳でもないさ。」


跡部は真面目な顔でを見つめ返していた。
その眼力のある瞳に映っているのは、
なぜかうろたえてる自分の姿…。


 「お前、去年も誰にもチョコをやらなかっただろ?
  今年も結局誰にもやらなかったのか?」

 「な、なんで跡部にそんな事聞かれなくちゃいけないのよ?」

 「好きな奴はいねーのか?」

 「ど、どうだっていいでしょ?」

今度は跡部がため息をついた。

 「お前がバレンタインに一人って事は、だな…。」

 「?」

 「俺もバレンタインは一人で過ごすってことなんだよ。」


はポカンと跡部の顔を見つめたまま、跡部の言葉を反芻する。


な、何?
どういう…事?


 「少しは俺の事、考えてくれてもいいだろ?
  ああ、ほんと面倒くせえ奴だな。
  俺はお前を幼馴染って思ってねーんだよ。
  
  …お前が好きなんだよ!!」


吐き捨てるような調子で言うくせに、
跡部の顔はほのかに赤い。

突然の跡部の告白にもどうしていいかわからない。

 「おい、俺を待たせるなよ。
  、返事はどうなんだよ?」

 「あ、わ、私も…////」

そう言って真っ赤になって俯くに、
跡部はいつもの余裕が戻ってきたようで。

 「お前な、バレンタインくらいちゃんと告白してみろよ!」

 「っ/////。

  …私、跡部の事、ずっと好きだったよ。
  こ、これからも、好きでいていいのかな?」

そう言うの頭をくしゃっとなでると、
跡部はすでにテーブルの上のチョコとの腕を掴んで引き寄せていた。


 「続きは俺んちで、な?」




  


   The end



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☆あとがき☆
 バレンタイン企画第4弾はなぜか跡部…。
 これはもう、映画を見た影響です。(きっぱり)
 映画の中の跡部がすごく優しい眼差しで、
 今まで氷帝の中では忍足が一押しだったのですが、
 ちょっと、いえ、だいぶ跡部の眼力(インサイト)に
 やられてしまいました。(笑)
 
2004.2.7.