サンタの背中
11月も終わりを迎えると、部活後の校内はめっきり暗くなる。
けれども帰宅途中の街中は夕方になるとイルミネーションが華々しく、
まだ11月は数日残ってるというのに気分はもうどこもかしこもクリスマス。
それは急かされてるようでもあり、何が何でもクリスマスは行事なんだと主張してるようでもあり、
別段しなくてもいいだろう、と考える手塚にはいい迷惑だった。
そうだ、大体クリスマスをしなくては年が越せないなどと
一体誰がまことしやかに世間を騙したのだろうか?
いや、手塚とてクリスマスを全否定するつもりはない。
ただ、11月の終わりから浮かれてる奴に
1ヶ月以上もの間翻弄されるのだけは我慢できないだけなのだ。
「ねえ、手塚。」
「却下!」
「まだ何も言ってない!」
が猫なで声を出した時は要注意なのだ。
絶対何か企んでいる、と言うか、もう手塚には反射的に一応の問いかけには
取りあえず全拒否の意思を表すことにしている。
と言っても、それが全く通用しない事はわかってはいるし、
今だって分かりやすいその行動を一部始終見せられていては
その次にどんな言葉が出てくるかは予測がつく。
は先程から部室の中の物置スペースをひっくり返す勢いである物を探していた。
彼女の足元には、考えなしに開けられた箱がいくつもひっくり返り、
きらきら光る何種類もの玉やら季節限定のお決まりのオーナメントが散らかっていた。
「…俺は手伝わんからな。」
「手伝って、なんて言ってないでしょ?」
「この状況を見ればわかる。」
「わかるんなら探してよ。」
部誌を書いてる手塚にとっては、この仕事こそがの本来の仕事ではないか?
と文句を言いたいのだが、それを言ってしまったら、
クリスマスの飾りつけは全部手塚がしなくてはならなくなる、
そう思い直すとここは下手な返答は出来ない。
なんたってテニスのスケジュールより行事ごとを優先するなのだ。
「なんで桃城や越前がいた時に探さないんだ?」
部活が終わったあと、まったりとお菓子を食べながら和んでる暇があったのなら、
その時に頼んで探してもらえばいいのだ。
大体が頼めば、嫌と言う者はいないだろうに。
「だって、手塚がいるし。」
決まってはそう言うが、手塚が喜んで手伝った事など一度としてないと言うのに、
なぜ俺なんだ、と訝しくの背中を見つめる。
「手塚のうちにはツリー、あるの?」
相変わらずいろいろなものを自分の周りにかき出しながら、
やがて奥の方から細長い筒を取り出すと、は嬉しそうに筒の中を覗き込んでる。
「一応、あるな。」
「なんだ、ないのかと思ってた。」
筒の中から濃い緑色のツリーを引っ張り出すと、
ツリーの枝を1本1本丁寧に広げ出す。
無邪気に笑みを漏らすの横顔をしげしげと眺めながら、
そんなに嬉しいものなのか、と手塚は部誌を書く手を止めて、
の手の中からまるで命を吹き返すクリスマスの聖木に視線を移した。
ツリーはによって恭しくテーブルの上に置かれた。
「やっぱり小さいなあ。」
「あるだけましだろ?」
「でも小さすぎる。」
不満そうに言いながらも、は次々とツリーに飾りをつけていく。
その動作は何も考えなしに好き勝手にぶら下げてるように見えるのに、
段々それらしくなっていくのは不思議な光景だった。
「氷帝の部室には立派なツリーがあるんだろうなあ。」
意味もなく比較されてため息をつかれるのには慣れっこの手塚ではあったが、
テニス部の部室にツリーは不釣合いではないか?、と手塚は思う。
大体1年の時はこんな物は部室にはなかったような気がする。
「いいなあ、氷帝は。
あの跡部がスポンサーだから、きっとすごいパーティーやるんだろうなあ。
七面鳥の丸焼きとかあるのかな。」
「…。」
「やりたいなあ。」
「…。」
「ねえ、て…」
「だめだ!」
手塚は今日何度目かのため息を吐いた。
の言いたい事はわかってはいるが、
そもそも去年部室でクリスマスパーティーをやろうと言い出して、
大和部長が優しいものだから図に乗ったや菊丸や乾たちが先輩たちをそそのかし、
大騒ぎをやって竜崎先生にこっぴどく説教され、
挙句の果てに25日は朝から部室の大掃除をさせられたのを手塚は苦々しく思い出していた。
今年は自分が部長なのであるから、去年のような不始末は絶対に起こさせないと心に誓っていた。
「せっかくツリー出したのに…。」
ふてくされるは最後の星を無理やり天辺に差し込んでいた。
「だめなものはだめだ。
大体お前のうちにだってツリーはあるんだろう?
家族でクリスマスを過ごす予定ではないのか?」
「え〜、手塚っておうちでパーティーとかやるの?
なんかすっごく想像できないんだけど。
ねえねえ、もしかしてサンタとか信じてた?
枕元に靴下とかぶらさげたりしてた?
わっ、ちび手塚を想像したらちょっと可愛いかも〜。」
ひとりでクスクス笑うを半ば呆れたように見遣りながら
手塚はさっさと片付け始める。
「あっ、手塚ったらむっとしてる。
ほんとにいつもそんな顔してたら眉間の皺が取れなくなっちゃうからね。」
「余計なお世話だ。」
「ああ、そうですか。
って、待って。
私、部室の鍵持ってないんだから。」
鞄に筆記用具をしまい込む手塚にも慌てたように帰り支度を始める。
「の片付けは済んでないのではないか?」
「いいの、いいの。明日桃ちゃんたちにやらせるから。」
仕方なく手塚はそばの空き箱を片付け始めた。
********
「で、何で俺もなんだ?」
冬休みを目前に控えたある昼休み、図書室で本を探していた所へ越前が現れた。
およそテニス以外で越前が手塚に話しかけて来る事など今まであり得なかった。
しかも、だ。
越前の口から出た言葉はクリスマス・パーティーをやるから、という
大体が面倒くさい事は決して自分から音頭を取るような輩ではなかったはずが、
どうすれば彼にこんな事を言わせられるのだろう、と驚くものだった。
しかし、だ。
この生意気で仏頂面の越前ですら、
であれば意のままに動かせられるかもしれない、
と手塚は越前を凝視した。
「のせいなんだな?」
「なんで先輩だと思うんですか?」
「あいつぐらいだろう。
こんな事に執着するのは。」
わずかにため息と共に吐き出すと、
越前の瞳が嫌にとげとげしく変わり始めたのは気のせいか?
「だったら。」
「いや、大体なんで俺が越前の家のクリスマス・パーティーに出ねばならん?
やりたいなら、やりたいメンバーだけでやればいいだろう?
部室では許可できんが、越前の自宅なら問題はない。」
「ええ、俺は別に手塚先輩が来なくても全然O.K.ッス。」
制服のポケットに両手を突っ込んだまま憮然とする越前は
なぜか横を向いて唇を噛む。
まるで耐え難い言葉がそこにあるかのような。
「手塚先輩が来ないなら自分も行かないって言ったんですよ。」
「…。」
「大体手塚先輩はわかってないッスよ!
部室のツリーは誰のか、わかってます?
この時期、両親とも忙しいから一人でクリスマスを過ごすのは嫌だからって。
去年、それを聞いた菊丸先輩がテニス部で盛り上がったんだって言ってました。
だから、俺…。
俺に出来る事をやりたいって思っただけッスから…。」
俺は金色の星をツリーに飾るの顔をはっきりと思い出していた。
********
12月24日。
俺が越前の言葉に押し切られた形とはいえ、
不承不承ここにいるのは、それでもに同情したからであって
断じて他の感情に左右されたものではないと俺は確信している。
が、先程から純和風の越前の客間に飾られた大きなツリーに
嬉々としてはしゃぐの様子に見惚れてるね、と不二に指摘されるまで、
俺は不覚にも自分にそんな感情があった事を認める気にはなれないでいた。
けれど、が越前や菊丸たちと体をくっつけ合う様なゲームをしたり、
南次郎さんに無理やり何かを飲まされたりして屈託なく笑い転げるを見てるうちに、
俺は眉間の皺が初めて痛いと自分でも感じるほどに顔をしかめてる事に気がつき、
そしてその感情を不二や乾が面白そうに眺めてるのを腹立たしく思っていた。
この場から逃げ出したい…。
いや、正確には、を連れて一緒に今すぐここを出たい…、だ!
「。こんな所で寝るな!」
「う〜、手塚?」
「全く、何て醜態だ。」
縁側で丸くなって眠りそうになるの体を揺すってやると、
は気持ちよさそうに口元で笑っている。
その口元からほのかに香る甘い香りに
手塚は先程南次郎が勧めていたのがワインだった事に気づく。
「、ワインを飲んだのか?」
「ワインなんて飲んでませんよぉ。
これは蒸留されたぶどう水です〜。」
「また訳のわからん事を。」
「少ししか飲んでないってば。
いいじゃない、クリスマスなんだから。」
酔うというところまではいってないのだろうが、
頬をピンク色に染めてとろんとした瞳で見上げてくるに、
手塚の顔も見る間に上気してくる。
「か、帰るぞ。」
「え〜、やだ。」
「駄々をこねるな。」
「いいの。今日はここでお泊りするんだもん。」
「バカな事を言うな。」
「だって、うちに帰ったって、誰もいないし…。
ツリー…も、…な、…い、…し。」
そう言ってじわじわと涙を浮かべるはまるで子供のようだった。
「先輩!いいッスよ。
帰りたくないんでしょ?
どうせ他の先輩たちも泊まってくみたいだし、
俺は全然構わないッス。」
「越前、悪いがは俺が送って行く。」
「ふーん、それ、部長の義務ッスか?」
不貞腐れたような越前に手塚は口の端で笑って見せた。
「いや、俺がと一緒にいたいだけだ。」
手塚はにコートを着せてやると自分もコートを着込み、
一同が驚きの眼差しで見守る中、颯爽とをおぶると
何事もなかったかのように越前の家を後にした。
「うっわぁ〜、手塚があそこまでやるとはにゃ。」
「そう? わざと手塚にヤキモチ妬かせるようなゲームしてたくせに。」
「だって手塚って鈍感なんだもんにゃぁ。」
「確かに。」
「越前もがっかりだったな?明日は誕生日だっつうのによ。」
「ま、誕生日に失恋じゃなくて良かったんじゃない?」
「手塚が相手ではまあ、とうてい無理な話だがな。」
口々に勝手な事を言う先輩たちに首をすくめながら越前は手塚の消えたドアを見ていた。
「別に…。」
「おうおう、強がり言っちゃって。
ほら、ケーキでも喰おうぜ、越前。」
********
きんと冷える夜道を歩きながら、
手塚は背中に感じるのぬくもりに満足していた。
「寒くないか?」
手塚の問いに無言のだったが、
わずかに鼻をすする音と、手塚の首に回された両腕に力が入るのを感じると、
起きているんだなと思わず笑いがこみ上げてくる。
「このまま送って行ってもいいが…。」
どこからかクリスマスソングが小さく聞こえる。
「俺のうちのツリーを見てみるか?」
「…。」
「母が結構凝り性なんだ。
俺が言うのもなんだが、越前のツリーより見ごたえはあるぞ。」
「…。」
「?」
「私…、別にリョーマ君ちのツリー、見たくて行ったんじゃないんだから。」
「ああ、わかってる。」
「ほんとにわかってる?」
「俺がいれば問題はないんだろう?
なんなら、部室のツリーを二人で見てるか?」
「今日の手塚、変!」
「よく言うな。
嬉しい、の間違いだろ?」
手塚が振り返りそうになったので、
は両腕でぎゅっと手塚にしがみついた。
「手塚のバカ。」
「ああ、バカで悪かったな。
今までクリスマスなんてやりたいと思った事はなかったんだ。
今日まではな…。
だが、お前と二人だけなら、ずっとやり続けてもいい。
毎年、お前の願いをひとつだけ聞いてやろう。」
じゃあ、ケーキを買って部室に行こう…、がそう呟くのが聞こえた。
そうだな、告白はあのツリーの前で言うとするか。
メリー、メリー、クリスマス !!
The end
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☆あとがき☆
ああ、なぜか手塚とラブリーなクリスマスになってしまった。(苦笑)
リョーマの誕生日にこんな話にしちゃってほんと私って罪だわ!?
で、私の中ではクリスマスが終わればもう今年も終わりって感じ?
今年は馬力が足りなかった気がするけど、
来年も夢見る少女(?)でいられたらいいなあと思ってます。
2006.12.25.