流し素麺に恋して
「暑い!」
「暑すぎる!」
コートの中で繰り広がられる練習試合のスコアをつけながら、
傍らで微動だにしない部長の横顔を盗み見る。
手塚は、というと、夏なのだから当たり前だろう、とばかりに
の文句に無視を決め込む。
「こういう日はさ、流し素麺が食べたい!
そう思わない?」
マネージャーのがそう言うと、
さすがの手塚も深くため息を吐きながら返事をする。
ただし視線はコート内の選手からはずさずに。
「食べたかったら自分でやれ!
俺に聞くな!!」
「ええっ?ひどーい。
唯の素麺ならちゃっちゃと作るわよ。
だけど、私のやりたいのは流し素麺!!
ね、手塚、わかってる?」
スコア表をつけながら怒ったように言うに手塚はむっとする。
マネージャー業は誰にも真似できないくらいテキパキやりこなすは、
だが、手塚を前にしてもそのテニスとはおよそ関係ない暴言を
恐れることなく口に出す稀有な存在。
彼女が口に出した事はもうすでに決定事項であることには諦めが付いていたが、
そのことに部全体が巻き込まれてしまい、手塚であっても阻止できない事に
やりきれなさが付きまとう。
「手塚ってさ、ノリが悪いよ。
暑いんだからこういう事はぱぱっと判断しなきゃ。
部長なんだからさ。」
…そういうことか?
俺に判断求めてる事など一度たりとてあっただろうか?
いや、部長として接してきた事が今までにあっただろうか?
大体判断ってなんだ?
俺は目一杯拒否できるのか?
自問自答する手塚は、眉間の皺をさらに深くするしかなかった。
「もし、ここが立海大だったら…。」
の続ける言葉に手塚は、今すぐにでもコート内の誰かと変わって、
できるならこの拷問から逃れたいと心底思った。
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「ねえ、幸村!」
「なんだい、?」
「今日はさ、流し素麺って感じだよね?」
「ああ、それはいいね。」
「でしょ?」
「流し素麺なら竹が必要だね。
多分柳の家には生えてると思うよ。」
「さすが和風な柳だね。」
「もちろん、その竹を切るのは真田だけどね。」
「わあ、それ見たい!!
真田のかっこいいところ、初めて見れそうだね?」
「も酷い事言うなぁ。」
「買出しはブン太とジャッカルに頼んでいい?」
「ああ、いいよ。
赤也には調理室から必要な物を持って来させよう。
柳生と仁王はどうする?」
「あ、じゃあさ、素麺のツユはちゃんとだしから取ろうよ。
鰹節削ってさ。」
「本格的だね。」
「だって王者立海大はたとえ素麺ごときでも手を抜いたりしないのよ。」
「もちろん、俺が手を抜かさないようちゃんと見てるけどね。」
********
「ああ、いいなぁ〜、立海大は。」
相変わらず手元のスコア表は完璧に書き込んでるらしい様子に
手塚は何も言えなかったが、
どうしてこんな呆れるような話がテニスを見ながらできるのか、
手塚には理解できない。
いや、それより、うちのマネージャーは立海大をこんな風に把握してるのかと考えると、
手塚にはその事の方が恥ずかしく思われる。
「それとも…ここがもし氷帝だったら…。」
の妄想はまだ続くらしかった。
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「跡部〜!」
「ああん、なんだ?」
「お昼は流し素麺が食べたい!」
「…?」
「流し素麺だってば!」
「…。」
「やだ、跡部。もしかして流し素麺、知らないの?」
「俺様に庶民の食いもんの話を振るな。」
「ええ〜?それやばいよ。
日本の夏っていえば、流し素麺だよ?
ねえ、忍足!」
「そやな。あれはおもろいし、
目にも涼しげやし、こんな暑い日にはもってこいや!」
「そうそう。竹を割ってね、それを長くくっつけて、斜面にする訳。
上から水と一緒に素麺を流すから、
お箸がちゃんと持てない人には掬えないわねぇ。」
「お前俺の事バカにしてるのか?
箸の持ち方なんざ、誰にも負けねーぜ。」
「うわっ。跡部の負けず嫌いが始まったぜ。」
「宍戸先輩。だめですよ、そんな事言っちゃ…。」
「あ〜ん?なんだなんだ?
昼は流し素麺やるぞ!!
おい宍戸に鳳、お前は日吉と一緒に竹を集めて来い!
日吉の家になら竹ぐらいあるだろう?」
「はぁ…。」
「おい、忍足。お前最高級の素麺を取り寄せて来い。
俺が仕切るからには上等な素麺にしてやろうじゃないか。」
「ま、ええけど。
素麺のツユはどないすんや?」
「ああ、そっちは樺地に任せる。
あいつの舌は本物だからな。
家庭科の好きな樺地はそこらの女より料理は上手だからな。」
「岳人はジローを探して来い。
水も最高級の天然水を取り寄せる。
そうだな、器は俺のうちから持って来させよう。」
「わあ、さすが跡部!
やる事がスマートだよね。
だから好きだなあ〜。」
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「おい、。」
「何?」
「最後の一言は余計ではないのか?」
俺はついの妄想に突っ込んでしまってから
しまったと思った。
が、すでに遅かった。
「手塚!!
だから、お昼は流し素麺にしよ?」
その屈託のない笑顔は計算されての上の事なんだろうな?
そう思いながらも俺は、越前の寺の裏に竹林があった事を思い出すのだった。
The end
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☆あとがき☆
梅雨も明けて、これからは暑い日が続くんだろなあ。
麺類大好きな私としましては、流し素麺は憧れです。
部室のそばに流し素麺の竹を組み立てていく彼らの姿を
思い描きながら、今日のお昼は小豆島の素麺にしよう、
そう思うのでした…。(笑)
2006.7.31.