卒 業








 「先輩!?」

 「こんにちは、鳳君。差し入れに来たよ!」


目を丸くしてる長太郎にこの春からは先輩だね、
なんて声をかけるとまだまだ自分が先輩という言葉には気恥ずかしさがあるようで
長太郎はガシガシと頭をかきながら、
それでもの両の手の荷物をすっと持ってくれたりする様は
男としてはかなり大人な部分も持ち合わせていたりする。



 「こんなにたくさん、どうしたんですか?」





自分の誕生日に何が悲しくて後輩のためにケーキを焼いてんだか、自分でも呆れるんだけど、
そうでもしなきゃ、今日一日全く予定がないって言うのも悲しすぎると
こうやってわざわざ春休みにテニス部を覗くことくらいしか
今の自分には何もないんだとは心の中でため息をつく。



 「なんかね、春休みって暇なのよね。」



なんでもない振りをして長太郎と肩を並べてテニスコートまで歩く。




 「あ〜、あの、跡部先輩なら今日は…。」

 「うん、知ってる。」

 「そんならいいんですけど。」




跡部がいないことなんて随分前から知ってる。

テニス部の用事で出かけてる、というのは表向きの理由で、
マネージャーのさんとデートしてるって言うのが
ほぼ100%間違いない本当の理由。

跡部と付き合いだしたのは夏前だからゆうに半年以上は経ってる訳で
といっても跡部が付き合ってる女の子たちは
片手で数えるくらいはいつものことで
誰が本命って言う訳じゃないって事も付き合う前から納得していた事だった。

だけど、こんなことがずっと続くかと思うと
一体自分は跡部にとって今は何番目なんだろうと数えてみたりする自分が
恐ろしいくらい冷静すぎて
もしかすると自分は最初から彼女でも何でもなかったのかもしれない、
とそんな風に思ってる時点でもうとっくに終わってしまってるのかもしれない。


 「次の休憩時間にでもみんなに分けてあげてね。」

 「えっ? 本当にいいんですか?」

 「そのために作ってきたんだし。
  持って帰れなんて言われたら、私、立ち直れない。」


冗談のつもりで言ったのに長太郎はかなり焦ったように
すみません、すみませんと謝ってくるから
は人目もはばからずに咳き込むまで笑い続けた。


この居心地のいいテニスコートが好きなのに
最近ここに来る事が出来なかったのは
さんと跡部の交差する視線を目の当たりにしたくなかったから。

その姿が本物だと認識してしまったら
もう決して二人の仲を無かった事にはできそうになかったから。


だけど、こうして自分らしく声を出して笑える事が出来る自分は
もうずっと前から跡部の気持ちに気づいていたんだと思う。



 「鳳君、少し見学させてね。」


長太郎に手を振り、はコートの西側のベンチの上段に腰を下ろした。

ここで、跡部の姿を追っていた頃がもう随分昔のように思える。

片想いをしていた頃が花だったのかもしれないな、なんて
そう思う自分はなんだかおばさんくさいな、と苦笑してしまう。

跡部が自分をその瞳の中に見とめてくれた時、
自分なら跡部を変えられるかもしれないと傲慢にも思ってしまったのは
やはり好きという気持ちがなせる業だったのだろうと思う。


は自分の膝小僧に両肘をついてぼんやりと
コートの中で黄色のボールが飛び交う様を眺めていた。





 「なんや、珍しいとこにおるなぁ。」


声の主が忍足だと気づく前に、
ラケットを持った彼が悠然とと肩を並べるようにして腰を下ろしてきた。


 「そっちこそ、珍し…。」


無愛想に答えると、それでも忍足は屈託なく笑いながら
冷えた缶コーヒーを差し出してきた。


 「何?」

 「プレゼントや。」

 「これが?」

 「ないよりましやろ?」


そう言ってプルタブを開けてコーヒーを飲みだす忍足が
たまたまここへ来たのではない事位にも分かっていた。


 「今日は、誕生日なんやろ?
  おめでとさん。」


覚えていて欲しかった人はここにはいなくて、
でもそんな事はもうどうでもいい事だと思ってたけど、
忍足に言われた言葉は素直に嬉しくて
不覚にも胸が詰まってプルタブを引き揚げる力が指先に入らなかった。


 「なんや、俺の姫さんはこんなんも開けられんのやな。」

 「だ、誰が忍足の姫なのよ。」

 「に決まっとるやん。」

 「冗談も休み休み言って!!」

 「冗談やないで?」


忍足はあの長い前髪に隠していた本気の眼差しをに向けると
わかっとるやろ?と小さく呟いた。

スカートの上からも感じられる、隣に座ったクラスメイトの暖かな膝小僧の感触は
今までになく彼の存在をにアピールしている。



   俺はいつも隣におるやろ?



忍足の優しさが心地よくて、段々彼に依存しそうになる自分を必死で堪えてきた。

別にそれがいけない事だとは思わないけど
跡部を思っていた自分が忍足に心変わりするためのきっかけとか
言い訳とか勇気とか、そういうものが足りなくて、
いっそ跡部が自分に愛想をつかせてくれればどんなに楽だろうと思っていた。

そんな自分は他力本願なだけ。






 「いい加減、卒業したらええねん。」

 「卒業?」

 「そうや。
  昨日までのは昨日までの
  そやけど、今日からは違うねん。
  誕生日で生まれ変わると思えばええだけや。」

 「あんまり、変わらないと思うけど…?」

 「そんなことないで?
  俺が変えたる!」


えっ?と意味が分からずに忍足の方に顔を向けたら、
そのまま忍足に後頭部を支えられて唇を奪われた。

跡部とは違う、爽やかな柑橘系の香りが鼻腔をくすぐり
気がついたら忍足の胸に抱き寄せられていた。



 「の事がめっちゃ好きや。
  俺はいつでものそばにおるよ。
  な、だから今日からは俺にしとき!!」


そんな言葉は言われなくてもわかっていたけど、
そう強く断言してくれるとやっぱり安心できる。



 「忍足…。」

 「なんや?」

 「…キスはいきなりすぎ////。」

 「ええやろ?
  入学金や。」

 「入学金って…。」

 「もう転校はできへんからな。
  もちろん、自主休校も自主退学も認めへんよ。」



忍足がくしゃっと笑うのを見るとこっちまで嬉しくなる。

同じ目線でお互いを感じられるから
忍足とならきっとずっとずっと上手くいくような予感がする。


 「大丈夫。皆勤賞狙うから。」

 「そら頼もしいわ。
  取りあえずここで待っとってくれるか?
  あいつらしごいたらんと練習にならんみたいや。」


コートの向こうでは後輩たちがたちのキスシーンをずっと見ていたようで
は思わず赤くなった頬を両手で隠した。

何気に大胆な事をしてしまったんだと気づいた時はもう手遅れで、
でもこれで確実に跡部との事に決着が付いたように思う。



 「後でちゃんと誕生日、俺が祝ってやるから。」

 「入学祝もね。」

 「ほなら、授業料はきっちり払ってもらおうか?」

 「忍足のケチ!」

 「心配せんでもええよ。
  毎日キスしてくれたら特待生にしたる。」



ニンマリ笑う忍足にまんまと嵌められていくようだと思いながら
今日からは忍足と一緒に歩き出すスクールライフが
とても楽しくなりそうだとはやっと自分の缶コーヒーのプルタブを引き上げた。


きっと忍足とキスをするたびに
このコーヒーのほろ苦さと、咲き始めたの花の色を思い出すのだろうと
すでにコートの中へと歩き出していた忍足の後姿を見つめながら思った。

 
 




The end


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★あとがき★
 跡部から忍足にステップアップなんて、
なんて贅沢な恋の履歴書。(笑)
あとはもちろん永久就職!!
2007.3.31.