新入生、歓迎します!







春があまりにも早く来すぎた今年は
とうとう入学式前に校内のは散り始めていた。

今年の新入生はついてないよね、とが呟くと
そうでもないんじゃねぇ、と傍らでジャムパンをかじりだしたブン太が答える。


年明けに完成したばかりの第2体育館は武道館並に立派で
この出来たばかりの体育館で入学式を迎えた今年の新入生は
多分自分たちの代よりは全然優遇されてる、とブン太は言いたいらしい。

オリエンテーションが行われる那須高原の合宿所も新築されたばかりで
それを真っ先に使える1年生はラッキーと言われればそうかもしれない。


といっても、その次にその合宿所をGW中に使うのは、
全国大会2連覇を成し遂げたテニス部であるのだから
少なくともテニス部の3年生は他の部よりも格段に優遇されている。



 「それにしても、来ないね〜。」


昼休みにこうして部室にいるのは
仮入部の申し込みに来る新入生のためであり、
決してブン太の驚異的な胃袋の限界を知るためではないのだが、
空になった弁当箱の横に次々と菓子パンの空き袋がたまる様は
ブン太が意外に大食いだと知っていても呆れるばかりだった。


 「今年は出足、どこも遅いんじゃねぇ?」


去年、赤也がいの一番に入部した時の事を思い起こせば
いまだ入部者がゼロ、しかも見学者もゼロ、という事態は
テニス部にとってもはなはだ深刻な状態かもしれない。


 「仕方ねーよな。
  立海大のテニス部は体育会系の中で最もきつい部とか言われてんだろぃ?」


ブン太は全く他人事のように言うけれど、
それでも毎年、全国レベルのテニスの手ほどきを受けようと
多くの新入生が入部してくる。

まあそのほとんどが夏前に脱落する事を思えば
今年のように出足が遅いと来年再来年の部の行く末が案じられるというもの。


 「うちも陸上部みたいにビラを配るとか
  バレー部みたいに見学に来た子にはお菓子を出すとか、
  もう少し何かすればいいのに。」

 「無理無理。
  そんな勧誘はくだらん!!
  入部したい奴は何もしなくとも向こうからやってくる!!
  …真田の言いそうな事だろ?」

 「そうだけど…。
  でもいくら中学で実績あっても、ここの部室の敷居は高いと思うけど。」




立て看板でも作ろうかと赤也がかなり積極的に頑張っていたのに
結局真田の一喝の元に修正された案は
昇降口に張られた毛筆書きの『来たれ、新入生!』というポスター1枚のみ。


いくらなんでもあれはないよね、とが落胆するように机に突っ伏した。



 「来なかったら来なかったでいいんじゃねえ?
  俺らが落ち込むことじゃねーよ。」

 「何、それ。冷たくない?」


突っ伏したままで横顔をブン太に向ける
それでも先輩なの?と言わんばかりに非難の目で見上げてくる。

けれどそういう顔をされてもブン太にとっては
幸村が時々耳打ちしてくる「おいしい瞬間」であって
新入生が来ない分、と二人っきりでいられる貴重な時間と空間に過ぎない。


 「どうせ今年の大会は今のメンバーで間に合ってんだし、
  その後の事は来年必死に赤也が頑張るだろ?」

 「それじゃあ、赤也が大変じゃない。」

 「前から思ってたんだけどよ。」


頭の後ろで両手を組んで、ブン太は椅子をギシギシと揺らし始めた。


 「お前、赤也に甘すぎ。」

 「えっ?
  だって新入生が入らないと、2年生が可哀相じゃない。
  コート整備とか玉拾いとか、やる事は一杯あるのに
  そんなんじゃいつまでたっても2年生は練習時間が増えないでしょ?
  先輩だったらもう少し勧誘に力入れてくれたっていいと思うけど。」

 「多けりゃいいってもんじゃねーだろ。
  大体毎年使えない奴がゴロゴロ入ってくんだぜ?
  そいつらに指導したって指導した甲斐が全くねーだろ。
  俺の天才的妙技が見たかったらギャラリーで十分だっつうの!
  大体赤也がひとりで頑張ったって入らねーもんはどうしようもねーよ。
  無理やり引っ張ってきても長続きしねーだろぃ?
  喉の渇いてない馬を川に引っ張ったって、水を飲ませることは難しいんだぜ。」

 「丸井ってさ、もう少しフットワーク軽いかと思ってた。
  テニスと同じなの?
  他人任せでさ。
  自分は動かないくせに、赤也のことあれこれ言わないでよね。  
  水を飲むか飲まないか、まずは川まで引っ張って来ることが大事でしょ。」

 「引っ張って来てどうすんだよ?」

 「私が水桶に水を汲んでちゃんと飲ませてあげるわよ。」



マネージャーを見くびらないでよ、とは怒ったように言うと、
ぷいと横を向いてしまった。

部室の窓から差し込む春の日差しに照らされて
の漆黒の髪に天使の輪がかかる。

ムキになるも可愛いが
だからと言って怒らせたくてわざわざ昼休みに
幸村と代わってここにいる訳ではない。

赤也が新入生勧誘に奔走していたのは知っていたが
がそれに必要以上に加担しているのが気に入らなかった。

そうでなくとも、は赤也を可愛がりすぎる。

まるで姉弟のようでいいじゃないですか、と以前
柳生がやんわりとブン太にわかったような事を言ってきたが、
それでも上手にに甘える赤也と嬉しそうに応えるは目障りだった。



 「丸井はさ、嫌なら教室に戻っていいよ?
  赤也ももうすぐ戻って来ると思うから。」

 「別に嫌って訳じゃねーよ。」

 「だって愛想笑いも出来ない丸井が受付にいたら
  新入生たちが怖がっちゃうもの。
  赤也なら…。」

 「お前、赤也、赤也ってほんと煩い。」
 
 「だって!」

 「そんなに赤也がいいのかよ?
  俺だってな…。」



 「先輩〜!!!」


部室のドアが勢いよく開けられたかと思うと
いつもより3倍くらい大きな声と共に
満面の笑顔で赤也が飛び込んできた。


 「俺、いい物借りてきたっス!」


そうしていきなりの目の前に広げられたのは
フリルのたくさん付いた俗に言うメイド服?みたいなワンピースだった。


 「あ、赤也!?
  これ、…何?」

 「へへん、俺の友達で演劇部にいる奴が居て、
  そいつに可愛くてインパクトある衣装はないかって
  探してもらったっス!」


子犬が投げられたボールを意気揚々とくわえて持ってきたかのように
赤也は嬉しそうにに説明しだした。


 「えっ?…私が着るの?」

 「はぁ〜?もちろんっスよ。
  他に誰が着るって言うんスか!?
  先輩、私に出来る事ならなんでもするよ、って言ったじゃん。
  俺、すっげー考えて、これだったら間違いなく目立つかと…。」


クリンクリンの髪が楽しげに揺れている。

これをが着れば間違いなく新入生だけでなく、
在校生の男共の目を惹きつけてしまうだろう。


 「いや、目立つかもしれないけど…。」

 「先輩、お願いしますよ!
  もう頼れるのは先輩だけなんスから。
  丸井先輩、いいっスよね?」

 「なんで俺に聞くんだよ?」

 「いや、なんつうか、この案を部長に相談したら 
  一応丸井先輩に断るんだよ、って念を押されたもんで…。」


へらへら笑う赤也にうっとブン太が詰まった。

幸村の奴、絶対俺をからかってる。

そりゃ、俺だってこれをあいつが着る所を見たくない訳じゃなくて…。



 「赤也、いちいち丸井に断る必要なんてないんだから。
  丸井は新入生の勧誘、全然やる気ないんだからさ。

  いいよ、これ着て、1年生のクラス、一緒に回ろうか?」



意を決したようにがひらひらのメイド服を自分の体に押し当ててみた。

もうそれだけでブン太は顔がじわじわと熱くなってくるのが自分でもわかった。


   可愛い!!


   めちゃくちゃ似合うじゃねーか!!



 「まじ、やべぇ!」

 「へっ? 何がっスか?」

 「、お前、そんなの着る奴があるか!
  だめだ、ぜってーだめだ!!」

 「な、何?」

 「伝統ある常勝立海大テニス部のマネがこんなもん着て歩くな!」

 「丸井先輩、勘弁してくださいよ〜。
  俺らの最終兵器なんスから。」

 「だめだ!!そんなもん他の奴らに見せたくはねーんだよ!!
  、ほいほいと赤也の言いなりになるんじゃねーよ。
  少しは俺の事も考えろっつうの!
  そんなもの着て歩いてみろ。
  俺が凹むだろ?
  あ〜、だめだ、だめだ!
  赤也! どうしてもっつうなら俺が着てやる!」

 「「えっ――――!?」」


顔を少々赤くしながら言い切ったブン太に
も赤也も心底驚いて呆然と言葉をなくす。

ブン太も勢いで言ってしまった後からその浅はかさに気づき、
がくりと頭を抱え込んだまま下を向いてしまった。


 「ば、ばっかじゃないの?」


しばらくしてが呆れたようにブン太の肩に手を置いて
がくがくとまるで気絶している人を起こすかのように揺さぶった。

 「何考えてんのよ?
  テニス部の3年レギュラーがこんなもの着て歩いたら
  末代まで笑われるわよ!」

 「ああ、そうだな。」

 「丸井は天才ボレーヤーでしょ?
  冗談やめてよ。
  カッコイイ丸井が笑われるのはごめんだわ。」



そんな二人のやり取りを聞いていた赤也がため息をつくと
机の上のメイド服を取り上げた。



 「あーあ、もういいっスよ。
  俺がこれ着て新入生を勧誘しますから!
  さあ、二人とも邪魔っス。
  ちょっと出て行ってて下さい。」


赤也に背中を押されるようにして
二人は部室の外へと出されてしまった。






 「なあ…、俺たち邪魔だってよ。」

 「もう〜、丸井のせいよ?」

 「悪かったな。
  だけどよ、その、…アレ、お前だったら似合うと思うぜ?」

 「そ、そう?」

 「ああ。」

 「丸井はやめてよね?」

 「へっ?」

 「絶対似合わないから。」

 「当たり前だろ。」


ブン太の相槌にがクスクス笑い出す。


 「でも、ちょっと着てみたいから
  あとで赤也に借りようかな。」

 「おい。着るんなら他の奴には見せるなよ?
  俺と二人の時だけにしろよ?」

 「どうしようかなぁ。」

 「わかったよ。
  赤也と二人で残りの昼休み時間中、
  新入生を勧誘しまくってくりゃいいんだろ?」

 「ほんと?」



目を輝かせるにブン太はため息をつきながらも、
お前がアレを着たら、押し倒しちゃうかも、と囁いたら
に思いっきり引っ叩かれそうになったが
ブン太は寸でのところで身をかわした。


 「新入生たちにもわからせとかなくちゃな。」

 「/////。」

 「俺って、フットワーク、軽いだろ?」



早業での唇を掠め取ったブン太はニヤッと笑うと
部室の中の赤也に声をかけた。




 「赤也、早くしろよ!!」








The end

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★あとがき★
 ブン太の誕生日に合わせてブン太夢初登場。



幸村:ほらね、やっぱり赤也が着る事になったね。

赤也:はずかしいっスよ、先輩。

幸村:そんな事ないよ。赤也は可愛いよvv

赤也:部長、俺、全然嬉しくないんスけど?

幸村:でも予想を上回る勧誘力だね、赤也。(笑)

赤也:(部長、ぜってー楽しんでる…。)




2007.4.20.