掌に伝わる温度 sequel 6
「あいつら・・・。」
幸村は憤慨する思いを口に出しながらも
しゃくり上げてるの頭を左手でゆっくりと撫でた。
が落ち着くまで何度も何度も。
「、よく聞いて。」
幸村はの顔の涙の跡を拭いてやると
そっと自分の胸にの頭を抱き寄せた。
幸村の右手はまだがずっと握り締めている。
「はそのままでいいんだよ。」
幸村はゆっくりとかき抱いたの髪に口をつけて
優しく語り掛けた。
「今回のミクスドはね、愉しみたいんだ、俺。
だからは何も無理して背伸びする事はないんだ。
普通にさ、自然体でいいと思うよ?」
「でも・・・。」
「あー、忍足流に言えば甘やかしてる事になるのかな、これ。
確かに俺のとこまでおいでって君には言ったけど、
強くなって欲しい訳じゃないんだ。
って、誤解しないでくれ。
もちろんこの合宿で君が得るものは多いと思うし、
俺は我慢とか嫉妬とか別の意味で知りたくない事を
学ばされた気もするし・・・。
でも、がAランクに来たら、
俺は二人で愉しいと思えるテニスがしたい。」
相変わらず幸村は恐ろしい事をさらりと言う。
強豪ぞろいのこの合宿でテニスを愉しみたいなんて
そんな余裕、幸村にはあってもにはあるはずがない。
たかだか数日の実戦練習でそんな自信が身につくはずはない。
は正直に幸村の腕の中で呟いた。
「・・・私には無理だよ。」
「またそんな事を言う。
ついさっき、ミクスドは俺とじゃなきゃ嫌だって
ごねたのは誰だったかな?」
「そりゃあ幸村とミクスドを組みたいよ?
でも私、全然幸村に追いついてない。
頑張ってる、頑張ろうって思ってる。
幸村の側にいられないのは寂しいし・・・。
幸村がいるだけで大丈夫って気もする。
でも、それでも、幸村のペアとしてやっていける自信は全然ない。
あー、もう、私、何言ってるんだろ?
この合宿でここまで来てもちっとも進歩してなくて嫌になるの。
そのままでいい、って言われてもいいなんて思えない。
こんな私、幸村が良くても私は自分が嫌なの!」
ぐずぐず鼻をすするに幸村は何度目かのため息をついた。
幸村はが思うほどの事を過小評価はしていない。
むしろ秘めている力を120%出し切る事が普通にできれば
Aランク生としても何ら卑下する事は何もない位なのだ。
けれどはそう思ってない。
この合宿で自分に自信を持ってもらえればと思って突き放していたのに
どうやらますます幸村との隔たりを気にしているようだ。
「困ったね。」
ため息をついたものの幸村はさして困った顔も見せず
ぎゅっとを抱きしめた。
「どうすれば俺の可愛い人は自信が持てるのかな?」
「ご、ごめん・・・。」
「ねえ、?」
「うん?」
まだ不安げに揺れる瞳でが幸村を見上げたら・・・。
「俺は、の事、愛してるよ。」
飛躍したような言葉と共に幸村は驚くを尻目に
またの柔らかな唇に自分の唇を重ねてきた。
「たまらなく好きなんだ。
俺は今の君がとても好きなんだけどな。
もうどうしようもないくらい。
ほら、俺をこんな風にしちゃうのは君だけだろ?
って凄いんだよ、実は。」
「だ、だからそんな事・・・////。
凄いのは幸村じゃない!?」
「じゃあ、聞くけど。
俺って神の子だと思う?」
幸村がの目を覗き込みながら聞いてきた。
神の子と形容されるくらいテニスの腕前はプロ級なのに
幸村は人から神の子と呼ばれるのをあまり好ましく思ってはいない。
「ううん、思ってない。
だって幸村は努力家だって知ってる。」
幸村の努力は半端ではない。
筋トレだって一番真面目にやっているのは幸村だ。
ランニングだって幸村は毎日欠かした事がない。
レギュラーになったってそのスタンスは変わらなかった。
幸村の持久力や筋力が他の誰よりも群を抜いている事は
外見からはおよそ想像もつかないのに。
幸村のそんな所をはとても尊敬している。
「だろ?
人より何倍も頑張ってきた。
でもそれは単純ににかっこいいって思われたいから。
俺とテニスしたいって思ってもらえる位
人よりも抜きんでいていたいから。
にはずっと俺を好きでいてもらいたいから。」
幸村がそんな風に思っていてくれた事は少し意外だった。
の方こそ幸村に認めてもらいたいと思って
がむしゃらに頑張ってきたつもりだった。
それがどうしてもいつも裏目に出てしまうのだけど。
「私、幸村の事を好きじゃなくなるなんて事
絶対無いと思うけど。」
「絶対無いならそれをの自信にしてよ?」
幸村は間髪いれずにそう答えて目を細めた。
の一番大好きな幸村の笑顔。
それを見てるだけで胸のうちがくすぐったい。
幸村の事を好きだという気持ちだけでテニスをしていいんだろうか?
そんな浮ついた気持ちだからこそ今まで失敗して来てたと言うのに。
でも幸村の目にはとても穏やかな肯定の色が宿っている。
そのままの君で。
取り繕う事なんて意味がない。
カッコつけたってつけなくったって
俺は君が好きだよ、そんな風に幸村の目が語っている。
は目を逸らす事などできなくて
ただじっと幸村を見つめていた。
普段ならとても恥ずかしい事だったけど
そんなことも感じないくらいずっとずっと見続けていた。
幸村は本当はの手の届かない位凄い人の癖に
でも全然そんな風に思えないくらい普通だ。
それが幸村らしいって言うか、
とはレベルが違うのにそれを感じさせない親近感がありすぎる。
こんな私でもいいの?ってはいつも思ってしまうのだけど
幸村はに合わせてる訳でも何でもなくて自然体でのそばにいる。
それが幸村の素なのだろうと本当はにもちゃんと分かってる。
自分は幸村の特別なんだと。
とてもとても大事にされているんだと。
だから何も心配は要らないのだ、と。
「私の自信・・・。」
「そうだよ。
俺もの事好きじゃなくなるなんてあり得ないし。
それが俺の力の源。
だから俺はいつも自信満々!」
俺たち、愛の力が一番強いダブルスなんだよ、と言いながら幸村が笑う。
天賦の才も努力の賜物も
幸村の前では愛の力で捻じ伏せてしまうのだろうかと思うと
なんだか可笑しくなってくる。
自信満々か・・・。
確かに幸村を好きでいる気持ちは誰にも負けない。
そういう意味ではだって自信満々なはずだ。
それをボールに託すだけ?
は単純なものだと思いながらも幸村の腕の中で
少しだけ肩の荷が軽くなったような気がした。
********
「Aランクになった途端、この仕打ちなんか?」
忍足は相手コートの二人を交互に見比べた。
Aランクに上がるや否や、幸村は当然の如くを自分のパートナーに指名した。
「酷い言い草だね、忍足。
俺は義理堅い男だから、礼はするって言ってただろ?」
強烈なダイレクトスマッシュは忍足の耳元で空を切った。
「これのどこがお礼なん?」
「何、不満なの?
手加減したら俺の凄さがわからないだろ?」
いちいち癇に障る言葉は氷帝の俺様と通じるものがあって
忍足はうんざりとした表情だった。
「大体、これダブルスちゃうやん!
さんもそない思うやろ?」
ネット越しに抗議してくる忍足に幸村はわざとをその背中に隠す。
「忍足の相手は俺だよ?
光栄に思うんだね。
それにしても忍足の得意の、心を閉ざすっていう奴はどうしたの?
そんなに五月蠅いと柳に嫌われるよ?」
「なあ、あいつ、どう考えても可笑しいやろ?
さんの事、なーんも考えてへんやん。」
幸村がとダブルスを組むために
柳は仕方なく忍足とペアを組んでいる。
と言っても先程から忍足と幸村のシングルス対決にしか見えない。
「それはお前が悪い、忍足。」
柳は慣れたもので冷ややかに答える。
「何でや。
俺はさんの事よう考えてるつもりや。
幸村の側におったらなーんもでけへんやん。
あいつの方がよっぽどさんをだめにすると思わへんか?
彼氏気取りはええけどな、テニスには関係あらへんやろ。」
「忍足の言い分もわかるがな。
幸村はそんな風には思ってないからな。」
「アホ抜かせ!
俺は真剣にさんのために言うてるんよ?
幸村がダメなら本人に言うまでや!」
忍足はラケットを突き出すと挑むように
幸村の影に隠れているに視線を向けた。
「なあ、さん。
こんなんでええんか?
Aランクにせっかくなったのに
こんな不甲斐ない試合でええんか?
ちゃうやろ?
自分はもっとできるやろ?
なあ、こんなんダブルスになってないやろ?
いくら好きな奴とダブルス組みたい思うてもな、
こんなんじゃ何にもならへん。
な、俺とダブルス組み直そうや?」
「忍足っておせっかいっていうよりうざい。」
「うざいって何や?
俺は親切で言うてるんや。
あー、はっきり言うてやる!
幸村なんかよりよっぽど俺の方がさんとは相性がええんや。
それを認めたくなくてわざと自分の手元に置いてるんや。
幸村、そういうのん、やきもち言うんやで?
男のやきもちは見苦しいで?」
激高する忍足を柳は驚いたように眺めていた。
普段冷静な忍足がここまでに入れ込んでしまったのかと
柳は忍足には分からないように深くため息を吐いた。
「忍足って面倒臭い奴だったんだなぁ。
そこまで言うならいいよ。
せっかく俺に負けた事にすれば後腐れないと思ってたんだけどな。」
「聞き捨てならんな。
何や、その自信。」
「俺はいつも自信満々だよ。
ねえ、忍足、君、女子に負けた事ないだろ?」
「はあ?」
「のサーブ、ちょっと癖があるから気をつけてね?」
幸村は顔に掛かった前髪をかき上げると
後ろにいたの耳に何事か囁いていた。
は顔を赤らめると2、3度軽くボールを突き、
ゆっくりとサービスモーションに入った。
そのままの頭上高く上がったボールは
振りかぶったラケットの面から意外な位の衝撃音と共に
凄まじいスピードのまま忍足の足元で弾け飛んだ。
さすがに度肝を抜かれた体の忍足はわずかに後方へと
身を引かされてしまった事実に呆然とに視線を向けた。
今までそんなサーブをが放った事がなかったからだ。
「ナックルサーブだな。」
柳は面白そうに呟いた。
「赤也が得意とするサーブなんだが
元々はの十八番だ。
これが決まるとなるとこのセットは勝てないな。」
「何言うてるん。
柳は打ち返せるんやろ?」
「悪いな。
赤也のサーブは直線的な故に予想がつきやすいのだが
のサーブモーションは相手のリズムを崩す間合いを取るからな。
まして今まで成功率が低かったから俺もデータ不足なんだ。」
「何やて?」
「忍足!
君はの事、知ってるようで何も知ってないんだよ?
彼女はね、せっかく持ってる才能を生かせないだけなんだ。」
ネットの向こうでは幸村が不敵な笑みを浮かべている。
はであんな凄いサーブを打っておきながら
恥ずかしそうは表情で
火照った顔をぱたぱたと手で仰いでいる。
「それはお前がいるせいやろ?」
「あははは。そうなんだよね。
は俺が見てるとダメらしいんだ。
でもね、俺が側にいないとやっぱりダメなんだって。
それが分かればこんなに愉しいダブルスはないんだけどね。」
幸村はしれっとそう言うとに近づきその腰に手を回した。
小さく悲鳴を上げるは顔を真っ赤にしながら俯く。
そのいちゃいちゃぶりに忍足は戦意が消失していく気がした。
「アホ抜かせ!」
「だって、完璧なテニスを目指してる訳じゃないからね、俺たち。」
「なら、何やの、お前らのテニスって?」
「ふふっ、もちろんデートのつもりなんだけど?」
声に出して笑う幸村を忍足は睨み返したが
幸村はちっとも気にしていない。
公私混同も甚だしい暴言だが
それができてしまうのが幸村という男なのだと分かってしまえば
どうにも太刀打ちは出来ない。
完全に脱力した忍足は恨めしげに柳を顧みた。
「まあそういう事だ、諦めるんだな。」
柳の言葉に忍足は不服そうに尚も呟いた。
「あんなん、ダブルスちゃうやろ?」
「確かに忍足とのダブルスではにはいい勉強になった。
が、今の方が格段に愉しそうにテニスをしているとは思わないか?」
見ればは頬を紅潮させたまま輝くばかりの笑みを幸村に向けている。
恥ずかしげにしながらも幸村を追う視線は周りの者を寄せ付けず、
そのままセットポジションに立つ姿は自信に満ち溢れている。
その幸せそうな表情を見てしまっては忍足もついには黙り込んでしまう。
自分に出来ない事をしている幸村が眩しく見えるのは
何とも歯がゆい思いだった。
そしてその眩い輝きがに光を与えてる様がもっと腹立たしい。
決して女に勝てない事が腹立たしいのではない。
そう自分に言い聞かせながら忍足はラケットを構えた。
「さあ、このまま行くよ!
、この試合早めに終わらせようか。
デートはやっぱり二人っきりがいいよね?」
ふざけた言葉が幸村の口から零れても
決して彼が手を抜いているようには見えない。
じんわりとグリップが汗でべとつくのを不快に思いながら
忍足はコートの中のカップルを羨ましいと思っている自分に気がついた。
は大きく息を吐き出すと
手の中のボールをゆっくりと空に向かって投げ上げた。
黄色のボールが青空にくっきりと映える。
今はもう、このサーブが100%きまる事がには分かる。
振り下ろすラケットの先に見えた幸村の唇が
「愉しんでる?」と形作るのが見えて
は迷う事無く大きく頷いていた。
The end
Back
☆おまけ☆
忍足 「結局負けてしもうたなぁ。」
「あの、忍足君、いろいろと気遣ってもらったのに・・・。」
忍足 「あー、ええよ。
謝られると余計腹立つしな、幸村に。」
幸村 「だからさ、忍足も今度はテニスできる子と付き合えば?」
忍足 「あんなぁ、それやったら俺はさんがええんやけど?」
幸村 「それ、冗談じゃなきゃこの合宿、無事に済むと思わないで。」
忍足 「あー、おせっかいついでに言うとな、
俺、結構諦めの悪い男なんで。
まあ、お互い楽しいテニス、目指してんやからよろしく頼むわ、
なあ、さん?」
「えっ?」
幸村 「、忍足の事はもう無視していいから、ね。」
☆あとがき☆
合宿中、忍足と幸村に毎日挟まれてるといいと思います。
そしてAランクコートで浮いてたりして・・・。(笑)
めちゃくちゃコーチに睨まれそうですが
幸村なら文句なんて言わせないでしょう。
2009.9.16.