告白テレフォン







 「あ…れ?」


日誌を出しに行ったら不運にも顧問の先生に呼び止められた。

今年の新入生の定着率はどうだ?とか、
新人戦で即戦力を発揮できそうか?とか、
早く部室に戻りたいのに、あまりコートに顔出ししない先生は、
渡りに船とばかりに延々と話しかけてくるものだから
部室に戻ってきた頃には幸村しかいなかった。


 「みんななら先にいつものミスドに寄ってるよ。
  も行くかい?」

幸村はの鞄を渡しながら部室の鍵を壁からはずした。


 「ごめん、鍵当番だったの、幸村?」

 「ああ、でも、俺は寄るとこあるからミスドはパス。」

 「彼女と待ち合わせ?」


最近付き合いだした幸村の彼女は、駅近くの女子高生。

なかなか会えないから仕方ないのだろうけど、
頻繁にメールでやり取りしては少しでも会える時は必ず会う事にしていると、
以前幸村が話していた事を思い出した。

毎日会えてもきっかけがつかめない自分とは大違いだと思う。


 「そうそう、真田なら真っ直ぐに帰ったよ。
  なんでも今日は早く帰らないといけないらしくてさ。
  もう家にいるんじゃないかな?」

クスリと含み笑いする幸村の言いたい事はなんとなくわかるけど、
携帯を持ち歩かない真田を捕まえるのは至難の業。

今日こそは本人に直接言おうと思っていたのに
顧問の先生を恨んでやる…。

が大きくため息をつくと幸村は制服のポケットから
小さく折り畳んだ紙切れを渡してくれた。


 「何?」

 「真田のケー番。」

 「えっ!? 携帯、持ってなかったんじゃないの?」

 「それがね、最近誰かにもらったらしくて、
  ま、テニス部の連絡網用にしか使わないって言ってたけどね。
  今度の日曜は練習が休みなんだから
  このチャンスを生かさないと進展しないよ?」

ありがたい幸村の言葉には大きく頷いた。

 「ありがとう、幸村。
  頑張って誘ってみるよ!」








     ********










そうは言ったものの、左手の中の携帯と右手の中の紙切れを交互に見ては
なかなかその番号を押す事ができないでいる自分がいた。

5月21日は真田の誕生日。

そして20日の日曜はめずらしく部活が休みなので
としては真田の誕生日祝いにどこかに誘って
一日ゆっくりと二人で過ごして告白…という段取りを考えていた。

まずは日曜日の都合を聞かなければならない。

午前中からが無理なら午後だけでも、
いや、ほんの1時間でいいから外で会いたかった。

本当なら学校で約束を取り付けたかったが
クラスの違う真田を呼び出すのはかなり勇気がいったし、
部活中では外野は煩いし、本人も不機嫌になる恐れがある。

こういう事は慎重をきたさねばならない。


は大きく深呼吸をして咳払いをすると
やっと手の中の番号を押し始めた。



Ruuuuu…



ドキドキする胸を押さえながら
突然自分の声が彼の携帯から聞こえたら
真田はどんな顔をするのだろうと想像するとにやけてしまう。



 「もしもし?」

真田の落ち着いた声が耳元でこだまして
それだけで嬉しくて声がどもりがちになる。

 「あ、あの、真田?」

 「…。」

 「あ、私。
  です。」

 「…?」

反芻するように名前を呟かれて
さすがには焦った。

なんだか知らない人にかけてしまったような感覚に
もしかして真田も困惑してるとか?


 「です。
  あの、幸村にケー番教えてもらったんだけど、
  びっくりしたよね?」

 「あ、ああ。」

 「あのね、別にテニス部の急用とかじゃないんだけど。
  その、どうしても今度の日曜の事で話をしたかったんだけど、
  がっ、学校じゃ話せなくて…。」


普段通りのぶっきらぼうな真田の受け答えに
は苦笑しながらも携帯を必死で耳元にくっつける。

真田、迷惑そうな声じゃないよね?



 「今度の日曜?」

 「そ、そう。
  ほら部活休みになったじゃない?
  ゴールデンウィーク中は休みがなかったから。」

 「20日か?」

 「うん。
  それで…真田君は何かその日に用があったかなって思って。」


やっと本題にこぎつけた、携帯を握り締めてるの手は
すでにじっとりと汗ばんでいる。


 「別に用事はないが…。」

 「そ、そっかぁ。」

 「なんだ?」

 「あのね、21日は真田の誕生日でしょ?
  だから、前の日にお祝いしたいな、とか思っちゃった訳。」

 「ふむ。」

 「日曜日、一緒に出かけないかな、と思って…////」



やった!

やっと言えた!

偉いぞ、自分!!

多分鈍感な真田なら私の思いには少しも気がつかないと思うけど、
でもまだその方がいい。

日曜日に、会って、ちゃんと告白するんだ。


言ったそばから真田の返答が気になるけど
取り敢えずは一歩前進ということではほっとして
受話器の向こうでどうしたものかと考えてる真田を思って顔が火照った。



 「?」

 「は、はい。」

 「これはデートのお誘いか?」


ええええええっ!!!!!

単刀直入な真田の問には愕然となった。

自分はデートのつもりでも、真田には絶対そんな先読みはできないと
タカをくくっていた。

大体この程度の会話での気持ちがわかるなら
もうとっくに片想いのに気がつくべきである。


 「えっと…。」

 「お前は俺の事が好きなんだな?」


畳み掛ける口調はいつも通りではあるけど
なんだかこんな感じで気持ちを打ち明けるようになるとは思ってもみなくて、
嬉しい気持ちが半分、口惜しい気持ちが半分。

というより、なんだか振られるような予感には意気消沈した。


 「う…ん。
  私、真田の事が好きです。」

 「当然弦一郎の気持ちも知りたいのだろうな?」

 「う、うん…。」

 「…。」

 「…?」

 「こればっかりは本人に言わせないと駄目だろうなあ。」


突然受話器の向こうで快活に笑う真田がいた。

いや、真田だと思っていたけど、なんだか笑い声が違う。




 「弦一郎!!
  お前の彼女から電話だぞ?
  出ないと俺がさんとデートする事になるがいいか?」




携帯の向こうで奇声を発する真田の慌てぶりが手に取るように分かって、
ついでに電話では全く違いが分からないくらい似ている真田のお兄さんが
真田以上に気さくで軽い人だと分かったのはその数分後の事だった。



 「す、すまん、!」

 「真田?」

 「兄貴の携帯をもらったものだからまだ慣れなくて。
  あ、あとで俺から電話する。
  少し遅くなってもいいか?」

 「う、うん。」



久々に聞いた、上ずった真田の声に
は涙が出るほど可笑しかったが
それでも今度からは絶対好きな人の声は間違えないと心に誓うのだった。







The end


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★あとがき★
 弦一郎って長男かと思ったら
兄様がいるんだよね/////
甘い誕生日ドリは思いつかなかったので
これで勘弁してください…。(笑)

私は友達とか身内の声は絶対間違う事はないのですが
たまにかかってくるセールスの電話で
「お母様はいらっしゃいますか?」と聞かれると
思いっきりぶりっ子に未成年化します。(苦笑)
声だけは通用するのね…なんて、さ。

2007.5.20