聖し立海の夜





 「24日は私のうちでクリスマスやるからね。
  絶対来てね?」

立海大3年、元男子テニス部マネージャーのは赤也にそう言った。

 「ええっ!?
  俺、行っていいんスか?」

 「もちろんよ。
  来年は私たちみんな卒業しちゃうし、
  だから、今年のクリスマスはレギュラー全員を呼んで、
  みんなで楽しみたいなあって思ったの。」

 「でも、確か24日は先輩たちも練習に出るって…。」

 「大丈夫。早目に終わるように言ってあるから。」





は幸村元部長の彼女。

3年生が引退した今、切原赤也が部長なのだが、
冬休みともなると、俄然OB風をふかして先輩たちが後輩の指導にやって来るのは
日の目を見るより明らかだった。

常勝立海大テニス部にクリスマスや正月などあるはずがない!…と言うのが真田の口癖だったが…。

けれど、そこは幸村の彼女。
が言えば、さしもの幸村でさえ、その頼みを断る事などできないのであった。

 「先輩が大丈夫って言ってくれるんスから
  大丈夫っスよね?」

一抹の不安はないわけではなかったが、
赤也とて、の招待は嬉しいわけで、思わずにんまりしてしまう。

 「赤也は何が食べたい?
  私、みんなが来るまでいろいろご馳走を用意していようと思うから、
  なんでも言ってね?」

 「じゃあ、俺、先輩の手作りピザが食べたいっス。
  前に丸井先輩がおいしかったって言ってたから…。」

 「うん。わかった。
  赤也は去年のクリスマスはレギュラーじゃなかったものね。
  じゃあ、今年は楽しみにしててね!」

がにっこり微笑むものだから、赤也は、
たとえが幸村の彼女であっても、やっぱり好きだな、と心の中で思ってしまう。














 「ねえ、
  今年もテニス部のクリスマスパーティーやるの?」

幸村が頬杖を付いたまま、どこか不機嫌そうな声で言った。

 「あ、うん。
  ほら、去年も先輩のマネージャーたちと一緒にクリスマスパーティーやったでしょ?
  あんな感じで、でも今年は私のうちでやろうかと思って。
  レギュラーって言っても、柳君や仁王君とか同学年ばっかりだし、
  ああ、でも赤也は2年だから初めてでしょ?
  あの子、たくさん食べそうで今から楽しみなんだ〜。」

幸村の不機嫌な様子を物ともせず、は本当に楽しみで仕様がないという風に笑った。

 「赤也まで誘ったの?」

 「うん。赤也って弟みたいでかわいいんだもん。
  え〜っと、買い物リストはこれでよかったかなぁ。」

は自分の手帳に、当日作る料理と、
そのために用意しなければならない材料を書き出していた。

幸村はペンを持つの手を握り締めた。

 「クリスマス・イブって普通、2人っきりで過ごしたいって思わない?」

 「はいはい。」

はクスクス笑っている。
幸村の不機嫌な理由はもちろんわかっての事。

 「でもね、今年でこのメンバーのクリスマスも最後でしょ?
  それにクリスマスってにぎやかにお祝いしたいなあって思うの。
  だから、ね、ゆっきぃ、怒んないで?」

柔らかに幸村を見つめてくるはとても可愛くて、
その手は反則だよ…と幸村はため息をつく。

 「25日は一日ゆっきぃのそばにいるから。」

はそう言うと、幸村の手を優しく握り返す。

 「仕方ないなあ。」

幸村は諦めたものの、机越しにの唇にキスをした。

 「その日は帰さないからね。」










12月24日。

その日、部室には幸村以外のかつてのレギュラー全員がそろっていた。

赤也はひとり鼻歌を歌いながら着替えていた。

 「なんじゃい、赤也は楽しげじゃのぉ。」

 「ふむ。どうせに誘われた事で有頂天になってるんだろう?」

仁王の言葉に、真田は眉間に皺を寄せながらため息をついた。

 「先輩たちは楽しみじゃないんスか?
  俺はすっげー楽しみっスよ。
  先輩の家でクリスマスなんスから。
  俺、レギュラーでよかったって、マジで思ったスよ。」

相変わらず赤也は能天気に浮かれている。

 「真田。仕方ないよ。
  赤也にはこれから迫り来る恐怖がわからないんだから。」

丸井の言葉にジャッカルも頷く。

 「何が怖いんスか?
  俺、先輩の手料理が食べられるなら、
  悪魔に魂を売ってもいいぐらいっス。
  こんなチャンスは滅多にないじゃないですか?」

 「そうだよ、赤也。
  こんなチャンスをみんなに分け与えてくれるは、
  クリスマスに光臨する天使。
  だけど、その天使には悪魔がついてることを忘れたのかい?」

少しだけ目を開けて、柳が不敵な笑みを浮かべている。
赤也は少しだけ背筋が凍る思いだった。
そう言えば、何かすごい事を忘れてるような…?

 「目先の幸せだけに捕らわれてると後でとんでもない事に遭います。
  まあ、もう回避はできないことでしょうけどね。」

柳生は紳士らしく、すでに身に迫る危険を甘んじて受け止める覚悟ができているようだった。

 「な、なんスか?」

 「今にわかりますよ。
  とにかく、練習後に天使がまた舞い降りるまで、
  私たちは我慢せねばならないんです。」

立海大の部室に日が差し込み、
なにか神々しいものがそこにあるかのようであった。
が、平穏な時間は何分も続かなかった。

部室のドアが大きく開くと、
そこにはラケットを持った幸村の姿があった。

 「さあ、クリスマス特訓を始めるよ。
  そうだなあ、まずは全員グランド50周からかな。」
















 「幸村先輩…。
  俺、もうだめです。」

 「赤也。何がだめなの?
  ほら、ちゃんと練習しないとおなかがすかないよ?」

言葉は優しいのに、サーブを打つ手を休めない幸村は、
情け容赦なく赤也にボールをぶつける。

他のレギュラー陣もすでに幸村の特訓の名のもとの制裁に立ち上がる気力もなく、
コート脇に疲労困憊した姿を野ざらしにしていた…。




 「のぉ、柳生。
  俺らのクリスマスってどうじゃろう?」

 「…ま、仕方ないでしょう。
  なんとかの家に行ける気力だけは残してありますけどね。」

 「赤也は行けるじゃろうか。」

 「これぐらいで倒れるようでは立海大の部長は務まらんぞ。」

仁王と柳生の横で、やはりぶっ倒れてる真田が神妙な面持ちで空を見上げている。

 「それにしても、今回は嫌に幸村は赤也に対して執拗だね?」

同じく身動きできない程疲れ切ってる柳が呟く。

 「ああ。赤也の奴、に食べたいものを素直にリクエストしたらしいぜ。
  幸村が、赤也がに甘えるなんて、100万年早いってさ。
  ま、も赤也を可愛がるもんだから、
  それが気に入らないらしいぜ。」

ブン太はガムを噛む気力もないらしく、
横目でぼろぼろになっていく赤也をぼんやり見ていた。

 「あーあ、がここにいてくれたらなあ。」

ジャッカルのその言葉に一同は空しく目をつぶった…。
















ピンポ〜ン

の家のチャイムがなる。

は慌てて玄関に向かった。
そこにはさっぱりした顔の幸村がこの上ない笑顔で立っていた。

 「ちょっと早く来すぎたかな?
  でも、もう、待ちきれなくてさ〜。」

そう言いながら、可愛いエプロン姿のに抱きつく。

 「えっ?あれっ?
  他のみんなは?」

幸村に抱きしめられたまま、が尋ねる。

 「不甲斐ないよね。
  柳も真田もちょっと一線から遠のいたら全然体力ないんだもの。
  赤也も全然だめ。
  ここに来る気力もないって言うんだもの。」

は抱きつく幸村をそっと押し離すと、真っ直ぐに幸村の目を見つめた。

 「ゆっきぃ!!
  みんなが来なかったら私、怒るよ?
  すごくハードな練習をわざとやったんでしょう?
  ねえ、今すぐみんなに来るように言わないと、
  お正月まで口利いてあげないからね。」

の剣幕にさすがに幸村も視線をはずす。

 「わかったよ。
  みんなを呼ぶから、機嫌直して。
  僕はには弱いんだから…。」

 「全くもう、ゆっきぃったら。
  私はゆっきぃが一番好きなんだから
  他のメンバーに焼きもちなんてしない事!!
  わかった?」

 「うーん、じゃあ、柳にメールするよ。
  だけど、みんなが来るまでの時間、
  僕だけを見ていてくれる?」


だめって言っても無理だろうなあ、とは苦笑する。

   天使を独り占めできるのは僕だけなんだから…。

を再度抱きしめると、幸村はの背中越しにメールを打つ。






   部員たちへ

   後片付けが終わったら
   のうちに来ていいよ
   。ただし、今から1時
   間後!!時間厳守のこ
   と。それより早く来た
   ら、命はないと思って
   ね。
          幸村







こうして立海大のメンバーたちも
やっとクリスマスを迎える事ができるのであった。






   The end


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☆あとがき☆
 柳    「赤也!やっと幸村のお許しが出たよ。」
 赤也   「やった〜。
       でも何で1時間後なんスか?
       俺、もう早く行きたいっスよ。」
 仁王   「赤也はお子様じゃのぉ〜。」
 柳生   「早く行ってもいいことはありませんよ。
       ね、真田?」
 真田   「俺に振るな。
       全くたるんどる!」
 赤也   「何がですか?」
 ブン太  「いいの、いいの、お前はそのまんま大きくなれよ。」
 ジャッカル「そうだぞ、赤也。
       幸村を敵に回すと一生クリスマスは来ないぞ!」
 赤也   「…?」







☆さらにあとがき☆
 ああ、こんな立海大が好きです。(笑)
 こんなしょうもないもん、クリスマス夢にしてしまってすみません〜。
 でも、やめられなくて…。
 読んでくださった方、どうもありがとう!
 そんなあなたによいクリスマスが訪れますように!!