サマーパラダイス
「手塚。」
コートの外で2年の桃城と海堂の練習試合を見ていた手塚は
いつの間にか自分のそばに来たマネージャーにぎょっとした。
いや、ポロシャツの袖を肩まで捲り上げていたの腕との密着は嫌ではなかったのだが、
如何せん、今は真夏の部活中、
ただでさえ凡人の脳みそなら間違いなく溶かしてしまいそうな炎天下で
思いを寄せてる彼女の方から擦り寄られて来られては、
堅物の手塚といえども冷静さを取り戻すには数秒かかった。
手塚はコホンと小さく咳払いをしたかと思うと
さり気に周りに気づかれないようゆっくりとわずかにから体を離した。
「手塚でも暑いんだ?」
手に持つスコア表で口元を隠しながらがクスリと笑うのが聞こえる。
それでも手塚はコート内の後輩たちの動きから視線を外す事はなかったし、
も手塚の方を見上げるような事はなかった。
「涼しい顔してたから暑くないのかと思った。」
「お前が来るまではな。」
が確信犯的に自分にくっついて来たのではないかと思うと
手塚は訝しげに腕を組み直す。
「…どうかしたのか?」
「なんで?」
「いや。なんとなくだ…。」
桃城と海堂の試合はそうこうするうちにもヒートアップし、
ただでさえ気温が高いのに、彼らの熱気がそのままコートに反射し、
コート外にいる部員たちもその熱気流で汗が倍増する。
全国大会が終わって3年は引退するかと思いきや、
下級生のレベル強化を図るため、
手塚も他の3年生たちも夏休みを返上しての練習の毎日。
それは誰かに強要させられての事ではなかったが
結局マネージャーであるも夏前と変わらずここにいる訳だから
いくらかは残りの夏休み、羽を伸ばす事が出来ると思っていた後輩たちは、
たとえ癒しの先輩の励ましを聞ける時間が延びたとは言え、
当てが外れて3年生たちの強化メニューに辟易している毎日だった。
「こう暑いとさ…、プールでも行きたいね?」
ここ数日、天気予報は毎日最高気温の記録更新を塗り替えていて、
次の日曜日くらいは丸一日オフにしようかと手塚も思ってはいたが、
まさかの方からそんな風に誘われるとは思っていなかった。
「……そうだな。」
「あれ、手塚って泳ぐの好きじゃない?」
「い、いや、そんなことはないが。」
「今、間があった。」
まさか、不謹慎にもの水着姿に思いを馳せていたなんて
口が裂けても言える訳がない。
手塚は取り繕うように慌てて言い足した。
「いや、涼むだけなら映画館でもいいかと思った…。」
「え〜、涼むための映画?
夏といえばやっぱり海かプールでしょ。
でも、もう海はクラゲが多くなるって言うし、
手近な所の方が疲れないし。
ね、プールに行こうよ!」
「それは、かまわないが…。
その…、他の奴らには…。」
「もちろん、当日まで内緒にしておいて?」
内緒、という言葉に手塚は思わずの真意を確かめたくて目線を下げたが、
向こうで大石が呼んでる事に気づいたは、すでに走り出していた。
と二人でプールに行く…。
俺が…、か?
手塚は暑くなる顔の汗を拭うと、
はやる気持ちを抑えながら
休憩のために後輩たちに声をかけるべくコートへと歩き出した。
********
「で、手塚は何で機嫌が悪いのさ?」
土曜日に突然氷帝から練習試合が申し込まれ、
青学レギュラーのメンバーは跡部邸に集まっていた。
午前中はひとしきり試合形式で練習が行われ、
軽いランチで跡部にもてなされた後、
テニスコートのさらに奥にあるプールサイドで
菊丸が不二を振り返った。
「さぁ?」
不二は皆から少し離れたところで腕組みをしている手塚を盗み見て
気づかれないように笑みを漏らした。
「手塚先輩、昨日から機嫌悪かったっすよね?」
「なんだかにゃ〜、せっかく招待してくれたっていうのにさ、
水着持参なんて聞いた途端、顔が険しくなっちゃってさ〜。」
菊丸も桃城もとんと腑に落ちない、という顔で肩をすくめてみせた。
おいしいものをご馳走になって、このあと思う存分広いプールで遊べると思うだけで、
菊丸も桃城もいつも以上にハイテンションだった。
「あれじゃない?
跡部に借りを作るのが嫌とかさぁ?」
「ひょっとして手塚先輩、泳ぐのが苦手…とか?」
「…手塚が泳ぐのが苦手というのは聞いた事がないが。」
いつの間に来たのか、乾は怪しげに眼鏡をぐっと押し上げながら
不二の方に向き直った。
「ま、跡部の招待が気に入らないといえば気に入らないのだろうな。
違うか、不二?」
「どうだろう?」
「大体、突然舞い込んだ練習試合といっても
は事前に俺たちのスケジュールを調節していた向きがあったしな。
氷帝のマネと仲がいいわけだから、
今回のプールの件も示し合わせていたのだろう。」
「ああ、さんだっけ?
ちょっと奥手の可愛い感じの子だったね。」
「うんうん、ちゃんでしょ?
なんか跡部がちょっかい出すたんびに泣きそうなんだもんにゃ。
あれじゃあ、跡部も苦労するね。」
どうやら噂の美人マネも水着に着替えて来たらしく、
向こう側で早くも跡部ととの攻防戦が繰り広げられていた。
「まあ、苦労すると言えばうちの部長も同じだろうけどさ。」
クスリと笑う不二の元に真っ白なパーカーを纏ったが手を振りながら近付いてきた。
パーカーと同じくらい白い太ももをあらわにしたは
眩しいくらい色っぽかった。
「うわっ、先輩、悩殺的ですよ、それ!」
桃城の上ずった声がプールサイドに響けば
少し離れたところに立っていた手塚の顔がさらに険しくなる。
不二と乾は手塚のその様子に思わず口角を上げた。
「ふふっ、そうかな?
水着なんだから誰でもこんなものでしょ?」
平然と言ってのけるに桃城は堪え切れなくて視線を外す。
のスタイルのよさは普段から分かっているつもりでも
この至近距離で、パーカーの胸元から垣間見れる水着は
明らかにセパレートタイプ。
後輩の顔がうっすら赤味を帯びている事に気づかないに
不二がやんわりと声をかけた。
「ねえ、。
あそこでひどく機嫌を損ねた奴がいるんだけど、
どうにかしてくれない?」
「手塚のこと?」
「ああ、間違いなくのせいじゃないのかい?」
乾も加担すれば、は小首を傾けて不思議そうに考え込む。
「プールに行きたいねって、事前に了解は取ったんだけど?」
「それ、跡部んちのプールって言わなかったんだろう、昨日まで?」
「全く、期待だけさせてこれはないだろう?
手塚の気持ちも察してやれ。」
「えっ? 跡部んちのプールじゃ物足りなかった?」
「いや、そういうことじゃなくて…。」
「大体、なんでここになったんだ?」
乾が興味ありげにに詰め寄ると
さすがのも曖昧に、キラキラと光る水面に視線を落とした。
と、突然、プールサイドの逆サイドから
氷帝のマネの手を掴んだまま、跡部が大声でこっちに向かって叫んでるのが聞こえた。
「おい、!!!
お前も上着を脱げ!!」
はぁとため息つくをよそに、
不二たちは一声に跡部の方に視線が釘付けになった。
どうやら水着に着替えたものの、はパーカーのチャックを喉元までしっかり上げて
そのビキニスタイルを跡部に見られるのが嫌で頑としてパーカーを脱ごうとしないらしい。
「お前、約束が違うだろうが!?」
「だって、日焼けしたくないし…。」
「呼んだら一緒にビキニ着るって言っただろうが?」
「だからちゃんと着てるし…。」
「上着脱がなかったら見れねーだろうが?」
「だから見るほどのもんじゃないって////」
「ちゃん、堪忍なぁ。」
跡部との、どうみても痴話げんかにしか聞こえないやり取りに
氷帝のメンバーたちもほとほとついていけないらしい。
忍足がさり気ににすまなさそうに声をかけてくると
不二はやっと一部始終がわかったと苦笑した。
「もしかして跡部の頼みなの?」
「うん、まあね。」
「ほんと堪忍やで?
跡部も一度言い出したらひかんとこあるしな。
どうしてもちゃんにビキニ、着せたかったんやて。」
「全く、はた迷惑な。
で、なんでうちのマネージャーにも強要させたんだ?」
「まあまあ、強要ちゃうで?
ただ、うちの姫さんがな、ちゃんも同じなの着る言うたら
自分も着る、言うて跡部を喜ばせたもんやから…。
まあ、練習試合兼ねて、な。」
忍足がに相槌を求めると、も仕方なく頷いた。
「でも、俺としては、ちゃんのビキニ姿の方が
めっちゃ見たいんやけどなぁ。」
忍足がニンマリ笑うと菊丸と桃城が
面白くないと言う風に前に出てきた。
「え〜、何セクハラ発言してるんだよ、忍足〜。」
「そうですよ、俺たちだってまだ見せてもらってねーんッスよ?
氷帝が先ってそれはないんじゃないッスか?」
「えっ!?」
「まーまー、ええやん、減るもんやなし。
とりあえず暑いからプール入ってビーチバレーでもせぇへん?」
「あ、そ、そうだね。」
歯切れの悪いに構わず忍足がの手を取ろうとした時、
跡部が物凄い剣幕で たちの所へやって来た。
「何ごちゃごちゃやってんだ!?
、さっさと脱がねーか!!
お前が脱がねーと、の奴も脱がねーんだよ。
くそ、全く何のためにお膳立てしてやってんだか…。」
相変らず俺様な跡部と彼に引き摺られるようにやって来たの二人が
勢いよく雪崩れ込んで来て、忍足にぶつかった途端、
思いも寄らぬ方向から押されてしまったは体制を崩し、
あっと思った時には、は一瞬のうちにプールへと突き落とされるような格好となった。
「きゃぁぁぁぁ!?」
「何をやってるんだ!!!!!」
その顛末を見ていた手塚が普段の何倍もの皺を眉間に寄せて
跡部たちに食って掛かるのを、不二と乾がやっとの思いで押しとどめた。
「手塚、僕たちの事よりが先だよ!」
「そうだ、手塚!
が全く泳げないのは知らないんだろう?」
その言葉で手塚は顔色を変えると
およそ普段の手塚では考えられないようなスピードで
プールサイドを蹴っていた。
「て、…手塚!」
「、大丈夫か?」
「て…手、離さないでよ?」
「ああ。心配するな。」
必死でしがみつくの体を抱きしめても、
は不安そうに手塚の目を見上げてくる。
普段冷静ながこれ程怖がるとは思いもしなかったので
手塚は優しい口調で話しかけた。
「大丈夫だから、じっとしていろ。」
「て、手塚こそ動かないでよ?」
「動かないとプールから出られないぞ?」
「べ、別に水が怖いとかじゃないんだからね。」
「そうなのか?」
「ただ、あ、足が届かないところは嫌なのよ。」
「そうか…。」
手塚の落ち着いた声のトーンに段々も安心してきたようで、
そうなると今度はプールサイドで騒いでる菊丸たちの野次が
はっきりと耳に入ってくる。
は手塚に抱き留められてるこの状況に耳まで赤くなっていた。
「ご、ごめん、手塚。」
「何がだ?」
「だ、だって、その…。」
「手を離すか?」
「えっ、やっ、だめ、離れないで!!」
クスリと笑う手塚はをしっかり抱きしめ直す。
「、それは凄い殺し文句だぞ?
別の意味に取ってもいいのか?」
「…手塚なら///」
「お前らな、俺様のプールでいちゃつくんじゃねーよ!」
跡部の落胆の声がプールにこだました気がしたが、
と手塚の耳には到底届きそうになかった。
The end
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☆あとがき☆
夏です、暑いです、パラダイス妄想中〜vv
なんでこの時期に手塚なんだ、という向きもありましょうが、
真田に負け、次期青学の柱と名指しした後輩は記憶喪失、
そんな不運な部長を少しでも励まそうと…。(以下言い訳終了〜)
そんな訳で残暑お見舞い申し上げます!(笑)
2007.8.24.