彼氏彼女の事情






 「今、なんて…?」

 「だから、…。」


私の手の中から鞄が落ちて、
大事なものが鞄の中でグチャって音を立てたような気がした。






     ********







彼氏いない暦、17年と○ヶ月。

高校生になっても男の子と付き合った経験、ゼロ。

べつにお高くとまってる訳じゃないんです。

これでも告白された経験なら片手ですまない位は経験済みで、
だけどそれ以上に片想い暦はいぶし銀の如く重みのある更新を続けてる所で…。



だけどね、そんなこと自慢できる事じゃないし、
私の友達はみんな経験ありな人たちで、
そんな彼女たちの会話についていくには、
いくらか自分の歴史にハクをつけてみたって、
別に悪い事なんかじゃないでしょ?

だからね、私には他校に彼氏がいるって事になってる。

だって女友達ってそういう話で盛り上がらなきゃ
つまんない子になっちゃうからね。

でもそれはささやかな平凡な日常への抵抗ではあっても、
現実の中の、特に私の前の席の人には、
絶対知られたくない事だったのに…。





 「って彼氏、おるんやって?」



唐突に、本当に何の前触れもなく、そんな台詞が彼の口から飛び出してきて、
私は はたから見たら間抜けな顔を好きな人に曝け出していたと思う。

忍足侑士。

氷帝NO.2のイケメン君で、私の密かな片想いの彼。

眼鏡の奥の笑ってる瞳が大好きで、
まともに見るのはたまにだけど、
こうやって彼の体温が感じられる位の距離にいるってだけで
毎日がドキドキで嬉しいのに。


ああ、それは悪い虫除けのつもりの嘘よ、って、
余裕で答えられたら良かったのに、
多分忍足以外ならそう切り返すことは簡単な事だったろうけど、
忍足だったから、
振り返って聞いてきたのが大好きな彼の声だったから、
HRのざわめきの中で自分だけが異質な物体のように固まってしまった。


 「だ、誰に聞いたの…?」


どもりながら聞き返したら、
忍足は机越しに私に近寄って囁いた。


 「堪忍やで。
  たちが話してるん、聞こえてしもうたんや。」


そりゃそうだろう。

私のホラ話はたちしか知らない事だし、
念のためにここだけの話だからね、って口止めしていたし。

だって嘘を言うにことかいて、私の彼氏はあの有名な立海大のテニス部員、
ということになっている。

せめて彼氏はテニスをやっている、っていうところだけでも
真実味を出したかったんだもん、と乙女チックに言い訳したいところだけど、
今はそんな状況ではなかった。

だけどこんな嘘、マジで忍足にだけは聞かれたくなかった。

だってそうでしょう?

万が一にでも忍足に告白する時、なんて言い訳するのよ。


心変わりしました、 とか?


そんなの私らしくない。

だってホントの私は忍足一筋だもん…!!




 「あ、いや、別にだからどうってことじゃないんや。
  ただな、今度の日曜日、立海大がうちに来るんよ。
  急に決まったから、もまだ知らへんやろ、思うてな。」

 「そ、そうなんだ…。」


私、どんなリアクション取ればいいんだろう?

彼氏に会えるからここは喜ぶべき?
…って、女優じゃないからどんな風に作り笑いしたらいいのかわからない。



 「あれ? なんか微妙な反応やん。」


忍足がちょっと呆れたように突っ込んでる。

だからさ、忍足は私に何を求めてるのよ?


 「…日曜って、忍足、誕生日だよね?」

ポツリと私がそう言ったら、
忍足の目は嬉しそうに笑っていた。

 「そうなんや。よう聞いてくれました。
  誕生日がデート日和いうのに、練習試合でつぶれるなんて
  こんな酷い仕打ちはないで、って跡部に言うたんやけどな。」


眼鏡にかかる前髪をさらりとかき上げる忍足の指が長くて、
思わず見惚れてしまった。

あの大きな手が私の頬に伸びてきて優しく引き寄せてくれたら、
私は目を閉じてそのまま忍足とキスができるのに…。

って、何妄想してんだ、私////

ひとりで顔を赤くしていたら、忍足はいいように解釈していた。


 「、何赤くなってんや。
  今頃になって彼氏の事、思い出してんやろ。」

 「いやいや、違うって////」

 「ええなあ、はお弁当とか作って応援に来たりするんやろなあ。」

 「えっ?いや、まだ行くって…。」

 「俺やったら絶対手作り弁当、こさえて来てもらいたいもんやな。
  やっぱ愛情弁当って奴?
  あれええなあ〜。
  跡部なんて手作りゆうのは苦手らしいんやけど、
  俺はそういうの、めっちゃ嬉しいで。
  そんでもって、あーん、なんて食べさせてもろうたりしてな。
  けど、それを岳人に言うたら、
  そんなんしたらダブルス組むの辞める言われてん。
  誕生日に夢ぐらい見させてや、って泣いて頼んだんやけどな…。」



なんだか忍足がガーッと熱く語ってたけど、
私は忍足が手作りオッケーってことと、
日曜日に建前ができた、っていうキーワードが頭の中で点滅しだして、
その後の忍足の話はほとんど耳に入って来なかった。


今度の日曜か…。

忍足の誕生日は今年は日曜で、その日は会えないって諦めていたから、
なんだか会いに行く理由が出来てすごく嬉しい。


仮想上の彼にお弁当を持って来たって言う設定だったら、
そのついでに忍足に差し入れしても変じゃないかな、なんて。

だって忍足の誕生日だし、やっぱり何かあげたいし。

ケーキでも作っちゃう?

いやいや、それは大袈裟すぎる?

クッキーとか?

ああ、どうしよう?



忍足がいるのに、あれこれ自己チューに考え込んでいたら、
なんだか一人でにやけてしまった様で、
目の前の忍足に顔の前でひらひらと手を振られてるのに気づくのが遅れてしまった。



 「おーい、?」

 「えっ? な、何?////」

 「いや、なんかごっつおもろいもん見てしもうたわ。」

 「へ?」

 「なんや考え事しよるはめっちゃ可愛ええわ。
  そない思われてて立海大の奴が羨ましいなぁ。」


そんな風に誤解されたままは凹むけど、
でも、日曜は忍足の試合が見れそうだし、
何気に誕生日のプレゼントも堂々と渡せそうだし、
恥ずかしくて顔から火が出ていたけど、私は心の中で小さくガッツポーズをとっていた。
 








      ********







そして迎えた忍足の誕生日。

結局私は禁断の小さなチョコレートケーキを作ってみた。

彼氏のいるクラスメートからこんなのもらうのは
ちょっとドン引きされるような気もしたけど、
忍足なら笑って受け取ってくれるような気がする。

ついでに作っちゃった、って普通に言えば、
彼氏に怒られへんか、とか言いながら、
きっと、ありがとなって言ってくれる。

だって忍足は基本的に女の子にはすごく優しいんだから…。



私はウキウキとテニスコートを目指したけど、
なぜかテニスコートには誰もいなかった。

時間間違えたのかな?と思ったけど、
いつも早くから騒いでる親衛隊の子達の姿も今日はどこにも見当たらない。


な、何が起こったのだろう?

今日は間違いなく10月15日のはず…。

私は携帯を取り出すと待ち受けのカレンダーを確かめた。


でもコートの中のネットもだらんと緩められたままである事に気がついて。

思い当たる事はただひとつ。




私、忍足にからかわれたのかな…?






ボーッと突っ立ってたら後ろからぽんと肩を叩かれた。

振り返ると、なぜか私服姿の忍足が、
なんかこっちが引きたくなるくらい、
笑いを堪えながら立っているんですけど?



 「忍足、試合は?
  私、早く来過ぎた?」

 「なんで俺に聞くん?
  彼氏に今日の事、確かめんかったん?」


私は泣きたくなる位言葉に詰まる。

だってそうだよね。

私が今日ここに来たのは、忍足に誕生日プレゼントを渡すだけのためであって、
だけど忍足にしてみれば、私は彼氏の試合の応援に来てるだけにしか見えない訳で。

…不覚だった。

どう取り繕えばいいんだろう?



 「えと、ビックリさせようかと思って…。」

 「でも、それやったら、彼氏から連絡なかったってことになるなぁ。」


忍足の言葉にびくびくする私がいる。

練習試合の日程が変わったのだろうか?

今、忍足は私の事どんな風に思ってる?


彼氏に愛想をつかされてるのに、それに気づいてない彼女…とか?


私は下を向いたまま、思いつく言葉を捜してみたけど、
嘘を嘘で上書きするのに頭が回るほど私は器用な人間ではないし、
なんだかもうどうでもいいような気がしてきた。

 
 「あはっ、私、振られちゃったのかな。」


そんな風に誤魔化してみたら、彼氏なんて元々いなかったんだから、
この状態を失恋って形容するのはどうかと思ったけど、
あまりにも滑稽過ぎてじわじわと涙まで浮かんできた。

ほんとバカみたい…。



 「ちょ、ちょお、待ち!」

忍足の焦ったような声に顔を上げたら、
忍足がすごく困ったような顔をしていた。

せっかくの誕生日まで私は台無しにしてしまったんだなって。


 「。堪忍やで。
  練習試合なんてほんまは最初からなかったんや!」

 「えっ? 今、なんて…?」

 「だから、立海大が来るなんてまるっきり嘘や。
  にほんまに彼氏がいたなんて思ってなかったから…。」


私の手の中から鞄が落ちて、
大事なものが鞄の中でグチャって音を立てたような気がした。


忍足の言ってる意味が全然理解できない。

なんで? なんで?



 「いや、立海大の丸井にと付き合ってる奴が誰か聞いてみたんや。
  そしたら、そんな奴いないって言われて、
  じゃあ、今日ここにがいるってことは、
  俺に会いに来てくれたん、ちゃうかな、なんて自惚れてたんや。
  なんや、そっか、レギュラーじゃない奴やったんやな。」

 「…はぁ?」

 「ごめんな。波風立てるつもりやなかったんや。」



足元に落ちてしまった鞄から視線が動かない。

なんだろう、なんかドキドキするこの気持ちは嬉しい予感のような気がする。

ああ、鞄の中身は大丈夫だろうか?



 「あの、…忍足。
  私、上手く言えないんだけど、今までの事、全部なかった事にしてくれない?」

忍足がきょとんとした顔をしているけど、
私は自分の勘を信じたい。

 「今までの事って?」

 「全部。から聞いた私の事とか…。」

 「どういうことや…?」

 「とにかくこれだけは先に言わせてね。
  忍足、誕生日、おめでとう!!
  私、今目の前にいる人が好きです。
  私の気持ちをプレゼントにしてもいいですか?」


泣き笑いのような顔で言ったら、
忍足は狐につままれたような顔でしばしポカンとしてたけど、
私の好きな人は頭の回転が早いから、
次の瞬間には、まいったなって顔で笑ってくれた。


 「そんなプレゼントなら大歓迎や。
  俺もの事が大好きなんやで。」












忍足の18歳の誕生日と共に
私の彼氏いない暦は消滅…。


形が崩れてしまったケーキをそれでも美味しそうに食べてくれる忍足は、
これからは俺が虫除けになるんやから、
ちゃんと友達に訂正しとき、って五月蝿い位に何度も言ってきた。


、ただいま至近距離恋愛進行中…です。







The end


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☆あとがき☆
 うわ、間に合わないかと思ったよ。(ぜーはーぜーはー)

     忍足、誕生日おめでとうvv

跡部に浮気するも、お祝いしてきた回数は
誰にも負けてないからね。(笑)
2006.10.15.