誕生日には・・・











「ねえねえ、これすごくない?」

忍足が部室のドアを開けると
しばらくはがどこから声を掛けてきたのか
すぐには分からない状況に思わず足が止まった。

部室内に広げられた色とりどりの包装紙は
ふんわりと重なったまま無造作に床を埋め尽くしていた。

その真ん中で氷帝学園テニス部チーフマネの
嬉々として包装紙を破り、箱は開け、
リボンだけは丁寧に巻き取っていた。

部室はもののみごとにの作業場と化していた。


「何やっとんねん?」

「何って、邪魔なものを整理してるの。」

涼しい顔して笑うに悪気はない。

「だってこんなに山積みされてたら部誌も書けないじゃん。
 忍足だって持って帰るのにかさ張るだけでしょ?
 だ・か・ら〜、こうして包みを開けて中身だけにしてる訳。
 あ、リボンは頂戴ね。
 何かに使えそうだから。」

「はぁ?
 お前、これ、俺のもんやろ?
 何勝手に開けて見よんねん。」

「よく言うわよ。
 去年なんてもっとひどかったじゃない。
 いつになっても片付かないから
 来年は私が片付けるよ、って言ったら
 忍足もそれがいい、って言ったよね?」

ああ、と忍足は中途半端な返事を返した。

そう言えばそんな事も言ったかもしれない。

持って帰るのも面倒臭くなって
結局、部で使えそうなものは部室に置きっぱなしにしていた。

もらって嬉しくないはずではないプレゼントも
ここぞとばかりに顔も知らない女子から貰うのは
年々興ざめするばかりで
そんなプレゼントにいちいち品定めするかのように
面白がってるを忍足は複雑な面持ちで眺めた。


「ほら、こっちはリストバンド。
 あー、これはマグカップっぽい。
 クッキーは部活のおやつ、っと。
 ジローちゃんが喜びそう。
 あ、これ、書いても消せるボールペンだ。
 私、これ欲しかったんだよね〜。
 へー、タオルに制汗剤なんて考えたわね。
 うん、これは部室に置いておいてよし、と!」

気に入ったリボンはひとつの箱にまとめられ、
手際よく並べられたプレゼントはいくつかの袋に選別されてるらしかった。

忍足はため息を吐くとの隣に静かに腰掛けた。

「ま、どうでもええけどな、
 一応俺宛のプレゼントやろ、これ?」

「受け取ったのは私だよ?」

「いやいやいや、ちゃうやろ、俺のもんやろ?」

「だって全部が全部、忍足に渡してなんて言われてないもの。
 まあ、しいて言うならテニス部のもの?」

タオルは重宝するなあ、などとぬかしながらも
プレゼントの包みを開ける手は止まらない。

確かに部室の椅子や机の上に置かれた荷物は半端ない量で
教室に持って来られても困るので
今年は全部部室に届けてくれと言った手前、
邪魔者扱いされてる事は仕方ないと思ってはいた。


「あんなあ、部室の備品にするな、とは言わんよ?
 こないもろても使わずじまいになるのは目に見えてるからな。
 そやけど、明らかにこっちの袋はおかしいやろ?」

の足元の袋にはどう見てもブランド物のマークがついているものばかり。

細長い箱を取り出してみれば
およそ高校生が買うものとしては不似合いな位高そうな
アクセサリーが入っている。

こういうものを贈られるのが一番きついわ、と
忍足は思っているのだが、はきっと
この袋は持ち帰れと言うのだろうとふと思った。

「何や、高そうなもんばっかり選んでんなぁ。
 ほんとはが欲しいんやないん?」

からかい半分でそう口に出したら
は驚いたように忍足の顔をじっと見つめてきた。

「忍足、こういうのもらって嬉しいの?」

「はぁ?」

「こんなの忍足には全然似合わないよ。」


どうしてだか忍足は周りからクールに見られる。

容姿が大人びて見えるから仕方ないのだろうけど
贈られるものもなぜかモノトーン系が多い。

こういったシルバー系を身につける趣味も
実は全くない。

そういう所を実はは無意識なのかもしれないが
ちゃんと自分の事を分かってくれてるようで忍足は嬉しい。

けれど口では反対の言葉が出る。

「似合わんか?」

意地悪くに聞いてみながら
どんな風に答えてくれるのだろうと楽しみに待つ。

「えっ? こういうの?」

は忍足の手の中の箱からタグタイプのチェーンを取り出すと
忍足の首元にあてがってみた。

ひんやりと冷たい感触に忍足の鼓動はとくんと跳ねる。

冷たかったのはの細い指の方だった気がして
こんなにも近い距離には何も思わないのかと
眼鏡越しにの表情を一心に忍足は見つめてしまった。

手を伸ばして自分の胸の中に
閉じ込めてしまいたい衝動に駆られながらも、
いきなりそんな事をしたらに嫌われてしまうに違いない不安の方が
何倍も強くて未だに言葉にすら出せないでいる。

凝視している忍足の視線に気がついても
その瞳に込められている力にはは全く気がつかないのだ。

忍足の視線を受け止めながら
は真剣にこのアクセサリーが似合うかどうかを悩んでいるだけで
ちょっと眉間に皺を寄せたかと思うと笑みを漏らした口元で
「跡部なら似合いそうだけど」と付け加える。

忍足が落胆したその時に部室のドアが勢いよく開いた。


「お前たち、何やってんの?」

向日は忍足が恥ずかしくなるくらい大げさに目を丸めている。

まあ、この状況は勘違いするくらいのインパクトはある。

「うーんとね、忍足にこれが似合うかどうか試してみたの。」

臆することなく返答するに向日も
忍足との手の中で鈍く光るそれを交互に見やる。

「全然、似合わねーな。
 侑士、ホストみたいじゃん。」

「誰がホストやねん。」

「ねー、やっぱり似合わないよね。
 忍足はこういうのなくても、全然かっこいいのにねー。」

は何でもない事のように言うけど
忍足にしてみればやはり嬉しい言葉には違いない。

「俺かてこういうんは好きやないで。」

「じゃあ、やっぱりこれはこっち。」

は淡々とシルバーのアクセサリーを元の箱に戻すと袋の中にしまい、
また机の上からプレゼントの箱をひとつ選ぶと包装紙を剥がし始めた。

その一連の作業にまた向日は納得しかねる顔で聞いてきた。

「んで、お前ら、何やってんの?
 こんなに散らかし放題でさ。」

「俺は散らかしてへんよ?」

忍足はのっそりと立ち上がると奥のロッカーの方へ向かった。

「酷いな、片付けてるの。
 見れば分かるでしょ?
 包装紙は後でまとめて捨てるから。
 ほら向日も早く着替えたら?」

「あのさー、どうでもいいけどこれ、
 侑士のプレゼントだろ?
 何でが開けてんだよ?
 つうか、侑士、よく怒んねーのな?」

「へっ?
 私、片付けてるって言ってるでしょ?
 忍足が面倒臭がるから、かさばって仕様がないのを
 仕分けしてるの。なんで忍足が怒る訳?」

「あー、うん、まあ、そっか・・・。」

「何?」

「いや、侑士はには怒んねーなー、と思ってさ。
 けど、これ見たら跡部は・・・。」

向日が言葉を続ける前に当人がお出ましになるとは
向日も思っていなかったらしく
開いたドアから跡部の姿が覗くや思わず首を縮こめて
部長の顔色を覗った。

「なんだ、この有様は?」

部室に入るなり跡部は呆れたまま、
よくそこまで気持ちが入れ替わるものだと思うくらいの早さで
急転直下型の雷を落とした。

、何してやがる?
 足の踏み場もねーじゃないか。」

「跡部、最後にはちゃんときれいになるから。」

「ああ?部室を私物化させてーのか?
 忍足はどうした?」

「あー、そない怒鳴らんでもわかっとるわ。」

ロッカー室から現れた忍足はジャージに着替えていた。

「おい、と忍足。
 お前ら即刻運動場10周だ!」

「えー!?」

の驚嘆の声を他所に忍足は黙って部室を出て行った。










   ********





「何で?何で走らされるのよ?」


憤慨しながらも忍足の後をくっ付いて走る
もうほとんど息も絶え絶えだ。

はもうだめだと膝に両手を当てると
かがみ込んだまま動かなくなった。

忍足はそれでも黙ったままを振り返った。

「・・・ちゃんと、片付けるのに。
 はあ、もう怒られる理由がわかんない。」

肩で息をしながらそれでもは忍足を見上げると
小さく手を振った。

「忍足〜、先行っていいよ。
 私、休み休み行くし・・・。
 部活の時間、なくなっちゃうよ?」

「・・・。」

「ねぇ?」

忍足はふっとため息を吐くとに手を差し出してきた。

「何?」

「ゆっくりでええから。
 歩いて行こか?」

「いいって。
 忍足、先行きなよ?」

「あんな、置いて行ける訳ないやろ?」

忍足はの手を掴むとやや強引にを立ち上がらせた。

そのまま引き摺るように促すと、ゆっくりと歩き出す。

は訳が分からなくて小走りで忍足の隣に追いつくと
不思議そうに忍足を見上げた。

「・・・忍足?」

「俺な、とはいつも一緒にいたい、思うてんねんで?」

静かに話し始める忍足にがはっと息を呑むのが分かった。

秋風が心地よかった。

寒くもなく暑くもなく、からりと晴れた青空には鰯雲がたくさん広がっている。

忍足はに視線を移すと今日こそはきちんと伝えようと心に決めて
の小さな手をぎゅっと握り締めた。

「俺は別にかっこつけてる訳、ちゃうで?」

「・・・。」

「大人っぽいとかクールとか冷静沈着とかよう言われるけど、
 これでも結構いっぱいいっぱいや。
 の手、握るだけで心臓、バクバクなんやで?」

「う・・・ん。」

ぎこちなく俯くも滅多にない事に緊張しているのが分かる。

普段、馬鹿な事言ったりふざけたり、
真面目にテニスの話もたくさんして来たけど
こんな風に並んで歩きながら告白するなんて
忍足だって予想なんてしていなかった。

でも手を繋いでいるからだって振り払う事なんてできないはずだ。

忍足は少しだけ勇気が沸いた。

こんなチャンスをくれた跡部にも感謝したいくらいだ。

「俺な、誕生日に欲しい物なんてないんや。
 その代わり、好きな子と一緒におれる時間は欲しいて思う。
 それがこんな風に跡部に言われたとしても
 好きな子が疲れて走りたないて駄々捏ねても
 それでもめっちゃ嬉しい、思うてんねん。」

「それ・・・マジ?」

口ごもるの耳が真っ赤になっているのが可愛らしいと思った。

脈、あるんやな、と忍足は繋いだ手を一瞬離すと
の手の指と指の間に自分の指を絡めた。

密着する部分が増えて更に嬉しくなる。

「ほんまやで。
 俺はがずっと前から好きやった。
 今年こそはに誕生日、祝ってもらいたいなあ思うてて。
 どうやろか?」

返事は期待したい所でも
は今の今まで忍足がそんな風に思っていた事に気がついてなかっただろう。

片思いにも時間が掛かった、
それならこの先もいくらでも待つことが出来ると忍足は思った。

誕生日を迎えてそんな所だけ大人になったのかもしれない。

「・・・忍足?」

「何や?」

「まだ残ってるけど10周走らなくてもいいかな?」

「えっ?」

思わぬの言葉に焦っての顔を覗き込めば
は恥ずかしそうにしながらも笑って忍足と視線を合わせた。

「忍足は部活頑張って。
 私、部室を片付けるから。
 そうしたら、忍足の誕生日、お祝いさせてくれるかな?」

?俺、期待してまうで?」

「正直、忍足に告白されるなんて思ってもいなかったから
 なんか不思議って言うか、私でいいのかな、って思うけど。」

がええんやって!」

「うん、私も嬉しいって思うから。
 忍足の誕生日、一緒に過ごしたいなって思う。」

!」

感激するってこういう気持ちなんやって思った時には
の事をぎゅっと抱きしめてしまっていた。

に触れるなんて、したいと思っていても出来なかった事が
あっさりと体の方が反応してしまったなんて
忍足にしてみれば自分の行動に呆れる所だったが、
抱きしめたは柔らかくて気持ちよかった。

するりと頬をなでる秋風が心地よく思えるほど
触れ合った体は熱くて忍足の顔まで赤くなった。

ここがテニス部の部室から遠く離れた場所で
ラッキーだったと忍足は心からほっとしていた。







The end


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★おまけ★

「んで、片付いたとは言え
 この袋の山はどうしてくれんだ、あん?」

「いや、だからこれは俺からの寄付ちゅうことで。」

「明らかにここで使えそうにないもんもあるだろうが?」

「あー、今日はちょい寄るとこあるから勘弁したってや。
 来年かは他の子からのプレゼントはもらわんから。」

「ああ?来年の事なんか聞いてねー。
 お前ら、明日も部室掃除だ。」





☆あとがき☆
 侑士、お誕生日おめでとう。
せっかく仕事休んだのに
書き上がらなかったらどうしようと。
推敲不足ですが当日Upに拘ってみました。(笑)
2009.10.15.