Sweet Sweet Night








 「なあ、侑士の誕生日の前祝、やんねぇ?」


最初に提案したのは向日だったと思う。


 「ああ、それいい!!
  俺も混ぜて!」


寝そべったままで芥川が即答したのには驚いた。

寝てるとばかり思ってた練習後の部室。


 「どうせ、当日はすんごい事になるんだろ?
  日曜日に侑士んとこで宴会やろうぜ?」


突然降って沸いたような話にとんとん拍子に皆が飛びついて
忍足もしゃあないなあ、って感じで場所提供を余儀なくされ、
じゃあ、もおいでよ、とついでのように誘われた。

そりゃあ、を呼ばないことには跡部は来たがらないだろうし、
でも向日も芥川も跡部が来ないとご馳走にありつけないから必死だったんだ。

だけど私なんてほんのおまけで…。








そこまで思い出してもなお、今の状況が飲み込めない。


見知らぬ部屋の大きなベッドは
ここが高級ホテルのスイートルームなのだと想像すれば
合点の行くようなふかふかのベッドだったりするけれど、
私の目の前にいる、この見慣れた顔の存在が
私の背中に冷や汗をもたらせている…。











みんなの後ろから恐る恐る入ると
意外にも忍足の部屋はシンプルで広かった。

こんな機会がなかったら恐らく忍足の部屋になんて
入るチャンスは2度とないような気がして、
に促されなかったらそのまま玄関でぼうっとしていたかもしれない。

みんなで持ち寄ったお菓子の量も半端じゃなかったけど、
もちろん文句を言いつつも跡部はちゃんとご馳走を差し入れてくれていて、
向日や芥川の破壊的なハイテンションな騒ぎようったらなかった。

けど、それを心底楽しんでるような忍足の笑顔が見れて
私はそれを見ることが出来たことだけでもおなか一杯だった。



 「、遠慮せんとちゃんと食べなあかんで?」

誕生会の主賓だと言うのに甲斐甲斐しく料理を皿に取る忍足は
私服のせいか妙に大人っぽく見える。

 「あ〜、侑士、ずるいC〜。
  俺にも取って。」

 「ジローは自分で取れるやろ?」

 「あ〜、なんか侑士がえこひいきしてる〜。」

 「してへんって。」

 「おう、、これ、飲んでみそ?」

 「岳人、変なもん、に飲ませたらあかん。」

 「ぜってー、ウマイって!!
  は俺の薦めたもんが飲めないなんて言わねーよな?」


緊張であんまり食べれなくって
でも向日がくれたジュースは甘くて飲み心地がよかった。

何杯もお代わりしていたら
そのうち体がふわふわしてきてなんだかすごく気持ちよくて
誰かにそのまま寝ちまえ、なんて言われて、
明日は学校があるから泊まれない、とか、
初めて来たうちで、しかも忍足に寝顔なんて見せられない、って反発して…。





でも、結局眠ってしまったらしい…。



そうじゃなかったらこの状況の説明が出来ない…。







そこまで冷静に思い起こしてもなお、
この更なる緊張感は前より一層強くなる。



なんとかしなければ…?




なんとか…このベッドから出なければ…?







そっと静かに隣人を起こさないようにゆっくりと体を起こそうと思っても
あまりにも近くに忍足の顔があって
少しでもベッドが軋めば気づかれそうで息も出来ない。

顔の半分以上が長い前髪に隠れていて、
どきどきする心臓とは裏腹に好奇心には勝てず、
毛布の中で縮込めていた指先をそっと伸ばすと
忍足の前髪にほんの少し触れてみた。

けれどその瞬間になんて大胆な事をしてしまったんだと
後悔と共にその手を引っ込めた。





こんな夢のような状況が長く続くはずはない。





は意を決すると、本当に僅かずつじりじりと
ベッドの端へと体を移動させた。

毛布が暖気を逃さないように細心の注意を払って
極力体から持ち上げないようにすべらすと、
そのままゆっくりと体を反転させようとした。


が、の体は新たな力で膠着してしまった。



 「どこに行くん?」


掴まれた手首から自分のではない熱が伝わってくる。


 「や…/////、あの…。」


うろたえるの声に忍足がくすりと笑う。

 「お、忍足…、起きてたの?」

 「ああ、俺はシラフやしな。」

 「うっ、それって…。」


観念したようにベッドの上で座り直すと
忍足も掴んでいた手を離してくれた。


 「…私、もしかして?」

 「ああ、もしかしなくても岳人らに酔わされてつぶれされとったな。」

 「はぁ…。」


初めての忍足のうちでこんな醜態。

もう穴があったらそこに入って埋めてもらいたい気分。

完璧、女の子失格…かな。


 「あいつらのやりそうな事やったけど…、
  があんなにハイペースで飲むとは思わんかったんや。
  ほんまにベタな展開でびっくりしたわ。」

 「うっ、ご、ごめん。」

 「勝手に俺のベッドに寝かせるんやもんな。」

独り言のように呟く忍足の顔を見ることも出来ず
所在無げにさっきまで掴まれていた手首を見つめてしまう。


 「あっ、み、みんなは?」

 「とっくに帰った。」

 「えっ、も?」


今日は遅くなってもいいように、
の家に泊まる手はずになっていたのに。

きっと跡部のうちにでも泊まりに行ってしまったのかもしれない、
そう思うといつまでも忍足の部屋にいる訳にもいかない。


 「ごめん、忍足。
  迷惑かけちゃったみたいだけど、私ももう帰るから…。」

 「なんで?」


気づけば忍足もいつの間にか起き上がっていて
二人してベッドの上でお見合い状態。

忍足も服のまま寝てたんだ、なんてぼんやり思ってた。


 「なんでって、明日は普通に学校あるし。」

 「のお泊りセット、置いて行ったで?」


指差す方を見れば、確かに通学鞄と制服の入った紙袋が
なぜかご丁寧にも部屋の片隅にちょこんと置かれてる。

いくら友達の片思いを知ってるからって
こんな置いてけぼり状態は酷すぎる。

無理やり忍足の部屋に1泊して
既成事実でも作れと無言の応援のつもりらしいけど、
そんな度胸はあるはずもないし、
大体、ベッドの上の二人は着衣の乱れもない訳で、
忍足にとっては傍らに眠っていても手を出す気にもなれない
ただの友達としてしか見られていない事実…。

もうそれだけで終わってるんだと
きれいさっぱり思い出のひとつに加えようと諦めがついた。



そうこうするうちに、ベッドサイドの目覚まし時計が0時を指していた。



 「あ、あのさ、とりあえず忍足、お誕生日おめでとう。
  なんか変な事になっちゃったけど、
  一番にお祝いできてよかったよ。
  これからもいい友達でいてね。」

なんとか笑みを浮かべてそう言ったら
忍足は不満そうに眉間に皺を寄せていた。


 「あんな、せっかくみんなが俺のために
  誕生日プレゼントやゆうて、を置いてったんやで?」

 「プレゼント?」

 「だから、のことや!」

 「またまた、そういう冗談はよして。」

 「嘘やないって! 大体好きでもない子を俺のベッドに寝かしたりはせんで?
  ついでに言うとな、寝込みを襲ったりして手に入れるような
  そんなあほなことも出来んくらい、好きなんやけどな。」

 「…。」

 「岳人らのしょーもない作戦に乗るんはあほらしかったんやけど、
  それでも俺の誕生日を好きな子とどないな形でもええから
  一緒に過ごしたい思うたんは否定せんよ。
  俺、のこと、めっちゃ好きやから。」



私、まだ酔っ払ってるのだろうか?

都合のいい風に忍足の言葉を捻じ曲げてないだろうか?

それともまだずっと夢の中にいるのだろうか?



 「おーい、?」

 「えっ?」

 「えっ?…じゃない。」

 「えっと?」

 「は? 俺の事、好きじゃないの?
  ただの友達でええの?」

 「う、ううん//////。」



首を横に振るのだけで精一杯で
思いが通じ合ったというのに
まともに忍足の顔を見ることが出来ない。

気づけばここは忍足の部屋でベッドの上。

なんだかすごい展開についていけなくなってる自分と
この先を一人勝手に妄想してる自分がいて恥ずかしくなる。

そんなつもりは全然ないのに…。


 「そんな顔せんといてや?」

忍足のあったかい手が伸びてきて
の頬をそっと撫でてくる。

 「寝顔はたっぷり見せてもろうたから、
  俺の誕生日には笑っていて欲しいねん。」

 「あっ、うん…。
  なんか突然すぎて、さ…。」

 「困っとるん?」

 「そ、そういう訳じゃなくて。
  目が覚めたら忍足が彼氏になってたなんて、
  あまりにも…。」

 「非現実的?」

 「でも、嬉しい。
  私の片思いだって思ってたから。」

間近に見る忍足の顔がやけに優しそうだなって思ったら、
ああ、眼鏡をはずしてるんだとわかった。

眼鏡のない忍足の瞳はとても黒くて深い色をしていて、
吸い込まれそうなくらいきれいだった。


 「せやったら遠慮なくのこと、抱いてもええ?」


ほんとに私でいいの?って聞いたら、
忍足は何言うてんねん、とふんわりと笑った。


 「俺がどんだけ我慢した思うてんねん?
  こんなチャンス、逃す男はおらへんわ。」



ゆっくりと近づいてくる忍足の唇の感触に目を閉じていきながら
このまままた夢を見そうだと呟いたら、
今日はこのまま一日中夢見ててもええかもな、と
忍足はベッドサイトの目覚ましのタイマーを切った。







THE END



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☆あとがき☆
 忍足、お誕生日おめでとう!!!!!
ううっ、当日UPできなかったけど
忍足のこと、眼鏡キャラでは一番好きだからねvv(笑)
2007.10.17.


PS.あっ、未成年はお酒類は飲んじゃだめですよ//
大人になったらいくらでも飲めますから…。(笑)