レンズの向こう側 4








3秒と経たないうちに目の前の忍足君が深くため息をついた。

 「ごめん、変な事言うてしもうたな。」

告白だと思ったのになぜかすぐに謝られてしまった。

凄く嬉しかったのに、私の返事は聞くつもりがないのかと思うと
その理不尽さに慌てると共に頭に血が上ってしまった。

だってこのまま何も言わなければ今度いつ会えるか分からないのだ。

 「ちょ、ちょっと待って。
  忍足君、今、告白してくれたんだよね?」

 「ああ、けど聞き流してええから。」

 「何で? 何でそんな事言うの?」

 「今日、俺、誕生日なんや。
  誕生日に好きな子の顔が見たいな、
  初めはそんな些細な願いやった。
  冗談で言ったら跡部が練習試合の日程を変えてくれたんや。
  その時はチャンスやって思った。
  でも同時に手塚の顔が浮かんだ。
  告白しても俺に勝ち目はない、ちゅうのは分かっとるからな。
  せめてリップサービスでええから
  おめでとうとか、忍足君好きや、って言ってもらえたら
  それだけでええ、それですっきりさせよう思うたんや。
  堪忍やで?」

何でこの男は一人ですっきりさせようとしているのか、
練習試合の日程を変えてまで会いたいと思ってくれたのに
何で自己完結で終わりにしようとしているのか、
あの日、根気良く私に付き合ってくれたのに
どうしてこちらの気持ちを確かめもせず、
付き合おうとも言ってくれないのか、それが悲しくなってきた。

 「忍足君は私の気持ちはどうでもいいの?
  私、忍足君の事、好きだよ?」

 「ああ、ありがとうな。
  ええ思い出になったわ。」

ただの社交辞令のように取られて
淡々とした忍足君の返答は氷の刃となって私の胸に突き刺さった。

傷ついた私の心から流れ出る血液のように
私の目からは熱い涙があふれ出て来た。

好きなのに受け止めてもらえない。

それはとても寂しい事だ。

さすがの忍足君も私が泣くとは思わなかったらしくて
びっくりして固まっているのが分かったけど
もう私は自分の気持ちを押さえる事なんてできなくて
前後の見境なく泣きながら忍足君の胸に飛び込んでいた。

 「何で終わりみたいな事を言うの?
  私の気持ちをなかった事になんてしないでよ?
  私、忍足君が好き!
  本当に好きなんだから!」

忍足君の制服に私の涙が染み込む。

何かを諦めたり我慢するのはもう嫌だと私の中で熱いものがどんどん溢れ出す。

 「俺もや。
  けどな、正直言うと手塚に勝てる気がせーへんのや。」

 「そんなの!」

 「手塚はさんの事が好きや。
  俺には痛いほど分かるんや。
  あの日、手塚がどんな目で俺を睨んどったか
  さんは知らんだけや。」

忍足君は相変わらず嫌になる位冷静だ。

冷静って言うより心を閉ざしているような。

まるっきり頭から諦めている。

泣きじゃくるだけの私はどうかしてしまったみたいだ。

だけど好き同志で両思いになれないなんて絶対嫌だと思った。

 「そんなの知らない。
  私は忍足君が好きなの!
  手塚君なんて好きじゃない!!」

 「せやかて手塚が本気になったら俺はどうする事も出来んのやで?
  学校が違うからあいつとさんの間に立つ事も出来ん。
  さんが幸せになってくれるんやったら俺はそれでええ。」

 「だからって始まる前から何で諦めちゃうの?
  私の事、ずっと好きだったんでしょ?
  だったらこれからも好きでいてよ!」

 「けどさんには手塚の方が・・・。」

 「忍足君のバカ!」

私は感極まって思わず忍足君の頬を平手打ちした。

つもりが、振り上げた右肘の痛みに耐えかねて中途半端に右手は空を切り、
カシャンと音がして忍足君の軽いフレームが足元に落ちた。

私は右腕を押さえると崩れるように座り込みそうになった。

けれど、それより早く座り込む前に
忍足君が私を支えるように抱き止めてくれた。

 「無茶せんといて!」

耳元で聞こえた優しい言葉に私はまた溢れる涙を止める事ができなかった。







 「大丈夫か?」

 「うん。」

しばらくして心配そうに私の顔を覗き込んできた眼鏡なしの忍足君の目の色は、
吸い込まれそうな位綺麗な漆黒の海だった。

表面に足をつけるとひんやりして入るのを躊躇われるけど
潜ってしまえば案外暖かく感じる、そんな静かな海の色だった。

 「痛むか?」

 「・・・忍足君が悪いんだからね。」

一呼吸置いて私は拗ねた口ぶりで返答する。

忍足君は困ったように眉間に皺を寄せたけど
口元は笑っていた。

その笑顔がたまらなく私の胸をときめかせる。

 「せやね。」

ポツリと洩らすその低い声も私の胸をときめかす。

ああ、こんなにも忍足君の事が好きだ、
そう思ってじっと忍足君を見つめる。

忍足君はポケットからハンカチを取り出すと
私の濡れた頬を優しく拭き取ってくれた。

 「可愛い顔が台無しやな。」

 「それも忍足君のせい。」

 「せやな。」

 「忍足君が私を振ったら、私、毎日泣くからね。」

 「アホな事、言わんとき。」

忍足君は私の肩を抱くとそっとその胸に私を包み込んでくれた。

やっぱり忍足君は優しい。

暖かくて腕の痛みが鈍るほど幸せだなって思ってしまった。

 「さんには俺は敵わんな。」

 「大丈夫、手塚君には勝ってるから。」

 「そうなん?」

 「私が言うんだから間違いないです!」

顔を上げてそう断言したら
忍足君はもう一度、敵わんなぁ、と呟きながら笑ってくれた。

もうその笑顔が凄く素敵で
絶対手塚君なんかと比べられないって思った。

 「さんがこんなに積極的な子やったとは
  知らんかったな。」

 「だって・・・。」

 「俺が悪いんやな?」

私の頬はカッと熱くなってきた。

今更だけどさっきの事を思い出すと恥ずかしすぎる。

忍足君に引かれたらどうしようと思ったら
忍足君は私をもう一度ぎゅっと抱きしめてから体を離すと
見つめあう形で顔を近づけてきた。

 「俺、かっこ悪すぎやな。
  こんな俺でもええんか?」

 「私だって・・・。
  自分でも自分が信じられない。
  こんなにも忍足君の事、好きになっていたなんて。」

 「けど、ほんま嬉しいわ。
  もうさんを泣かすような事は絶対言わん。
  俺の方がもっとしっかりせんとあかんな。」

忍足君の顔がもっと近くなってきて私は咄嗟に目を瞑った。

それは一瞬で、何が起こったんだろうと目を開ければ忍足君はクスリと笑った。

私の額に暖かな感触が残ってる。

 「そない期待されても・・・。」

 「なっ///////////」 

 「堪忍。
  でもキスは初デートの時にしたいんや。」

 「べ、別に、期待した訳じゃ。」

ちょっと残念に思ったのは本当だけど
でもファーストキスはやっぱりもっとこうロマンチックな所がいいかも。

でも私は期待した顔を見せてしまった自分が恥ずかしくていたたまれない。

 「いや、ほんまは俺の方がいっぱいいっぱいなんやで?
  いくら何でも試合前にさんにキスしたら
  俺は抑えが効かんようになりそうやし、
  そんなんで負けたら跡部に何言われるか分からんしな。
  それに彼女の前で腑抜けた試合は見せたくないやろ?」

 「もう、忍足君のバカ。」 

 「けど、そろそろコートに行かんと
  手塚と跡部のダブルで説教されそうやな。」

忍足君の言葉で今日の練習試合の事を思い出した。

さすがに着替えもしないで遅れて行けば
説教だけでなく手塚君に確実に走らされる。

 「そう言えばさんに頼まれたものって何だったの?」

さんの事も思い出した私がくるりと教室の中を見回せば
その間に忍足君は落ちてしまった眼鏡を拾い上げた。

 「あっ、眼鏡、大丈夫だった?」

 「ああ、大丈夫や。
  それとな、の言うた事は、別にもう用済みや。」

 「用済み?」

 「用済みちゅうか、初めから運ぶもんなんてないねん。
  ただ俺がさんに会いたかっただけで。
  しかもその後、さんとコートまで連れ立って歩けば
  さすがに目立つやろ?
  他校に彼女がいると思わせれば
  ギャラリーも大人しくなるやろな、と思うてな。」

忍足君はゆっくりと眼鏡を掛け直した。

私はその様子を見ながら何となく思った事を口に出していた。

 「忍足君、眼鏡しない方がかっこいいのに。」

 「そうやろ?」

まさか自信たっぷりにそう答えるとは思わなかったから
私は思わず噴出してしまった。

 「分かってて掛けてるの?」

 「これはな、ダサ眼鏡や。
  ただでさえモテ過ぎて困っとるのに
  これ以上モテたら身が持たんからな。」

 「それ、ほんと?」

 「半分嘘や。」

 「でも半分はほんとなんだ?」

私が呆れたように言うと忍足君は私の額をコツンと小突いた。

 「俺の素顔はな、好きな子にしか見せへんのや。
  せやからさん以外の子の前では
  間違っても眼鏡は外さへんよ。」

忍足君のリップサービスは止まる事を知らないみたい。

真面目な顔でそんな風に言われたら
きっと誰もが忍足君に恋してしまう。

でもその忍足君は本物の忍足君ではない。

軽い、と言えば語弊になるけど
まるで外からは分からない忍足君の気弱さは
あのレンズの向こうにいつもひた隠しに隠されているのかもしれない、
そんな風に思ってしまった。

 「ほな、行こか?」

忍足君は右手を私の前に差し出してきた。

 「何?」

 「手、繋ごうか。」

まじまじと見上げればレンズの向こう側の忍足君の緊張が分かってしまう。

照れ臭いのは私も同じ事。

このまま手を繋いでコートに向かえば
忍足君のファンは騒然とするだろうし、
もちろんチームメイトたちの冷やかしもやっかみも
存分に享受することになるだろう。

でもそれを敢えて真正面から受け止める事で
忍足君は自分の自信のなさに試練を与えようとしてるのかもしれない。

ならば私は忍足君の盾になる。

左手を忍足君の手の中に滑り込ませればぎゅうっと握り締められた。

 「私からは離さないからね、忍足君。」

 「嬉しい事言わんといてぇや。
  俺やって離す気はないで。」


手塚君には負けないで!

私は心の中で忍足君に恋のエールを送りながら彼の隣を歩き出した。










The end




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☆あとがき☆
 遅ればせながら
忍足、誕生日おめでとう。^^
でも多分この後
しっかり繋がれていた二人の手を
片手チョップで引き裂くのは
間違いなく不機嫌な跡部だと思う。
2011.12.6.