白のままで 2
「なんで泣かしとん?」
屋上のドアが開いたと思ったら
息を切らしてる忍足の声が聞こえた。
なんで?とか、どうして?とか、
心の半分はざわざわしてるのに、
もう半分の心はずーんと重く冷え切ってしまったままで、
あれは冗談でやった事だから堪忍してな、って
そう言われてしまうんだろうな、と察しが付いていた。
「俺のせいにするのぉ?」
「ああ、わかっとる。
ジローのせい、ちゃうな。」
「俺、感謝されてもいいくらいだC〜。」
「わかっとるちゅうに。」
すねたように口を尖らす芥川に軽く手を挙げ
忍足はひとつ深呼吸をすると、
真っ直ぐにの方へ歩いてきて
顔を覆っていたの両手首をそっと掴んだ。
「もう泣かんでええから…。」
忍足の優しい声が誰にでも優しい事は解ってたけど
こんな時に聞かせてくれなくてもいいのにとは思った。
「見ないで。」
「なんで?俺のせいで泣いてるのに?」
「忍足のせいなんかじゃないから。
酷い顔なんて見られたくないのよ。」
手首を取られたまま顔を隠すことも出来なくて
はうな垂れ続けた。
「ごめん。」
その一言で何もかも終わったと思った。
もう忍足を好きでいることにも何の意味も持たない気がした。
溢れ出る涙の止めようもなくて
忍足の手を振り解こうとしたら、
その倍の力で抱きかかえられる様に体を持ち上げられて
そのまま忍足の胸の中に納まってしまった。
「お願いやから、泣かんといて。
俺、にそないな顔されたら
どないしてええかわからんちゅうのに。」
耳元で甘く囁かれるのは反則だと思った。
忍足の一言で自分は一喜一憂してきて、
でもその度に自分の感情は押し殺してきて、
その思いは鎮めようと思ってもどうにも出来ないところまで来ていたのに、
この期に及んで優しくされると最後通達を受け取るようで、
もう友達でもいられないと思った。
いや、忍足にしてみれば友達でもなんでもなかったんだっけ。
「…いい加減にして!」
「な、なんや?」
「もう私をかき回すのはやめて。」
「どないしたんや?」
は渾身の力をその手に込めると
思いっきり忍足を突き放した。
「人の気も知らないであんな事しないでよ!」
「悪かった。いきなりでほんまに悪かったって思うとる。」
「嘘!!悪かったなんて思ってないくせに。」
「!何言うてるん?
ちょお、落ち着き。」
忍足が困惑したように近付いて来るので
は後ずさりするしかない。
「嫌、来ないで!!
罰ゲームだったんでしょ?
どうでもいい事だったんでしょ?
私だったら何とも思わないと思ったんでしょう?
傷つかないと思った?
笑って許すと思った?
誤魔化せると思った?
そんな都合のいい女なんかじゃないわ。」
「お、おい、何言うてんねん。
そないな事、思う訳ないやん。」
「近付かないで!
…嫌いよ。
忍足なんて嫌い、大嫌い。
もっと早く言えばよかったのよ。
もう友達でも何でもないんだから!!
ああ、そうね、友達だと思ってたのは私だけだったのよね。
バカみたい。
友達でもいいと…思ってたのに…。」
もうどうでもいいと思った。
振られるのが怖くて告白なんてできなかった自分だけど、
自分で自分の恋心を断ち切ってしまったには
ぐちゃぐちゃな酷い顔を好きだった人に見られたとしても
この先守るべきものはもう何もないような気がした。
「嫌いやなんて、冗談でも言うなよ。
俺は罰ゲームだとしても、唯の友達に キスなんてせえへんで?」
グズグズ泣いているをもう一度優しく抱きしめると
忍足は何度もに謝った。
「今更やとは思うけどな、
俺、にしかキスしたいとは思わへんよ。
跡部にな、罰ゲームは好きな子にキスして来い、言われてな、
これでも悩んだんやで?
俺が好きな子言うたらしかおらへん。
けど、告白もまだやのに、いきなり唇にキスはできん。
そやろ?
それで嫌われてもーたら元も子もないやん。
せやかて他の子にキスしたなんてに知られたら
それはそれで告白もできんようになるし、
ほんま、あの時はごっつ混乱しててん。」
なんだか知らない世界の言葉を聞いてるようだった。
誰が誰を好き…だって?
「あの後も嬉しゅうて嬉しゅうて、
殴られたらどないしよ、思うてたりもしてたから、
なんやも俺んこと、好きちゃうか?とか
一人で舞い上がったりしてて…。
ちゃんとした告白はどないかっこつけてキメテやろか思うたり…。」
えっ?えっ?
嬉しそうな忍足の言葉がぐるぐる、ぐるぐる耳の周りで渦巻いてるのに
全然頭の中に入って来ない。
解ってるのは、今自分は忍足の腕の中といるということだけ…。
「侑士〜、どうでもいいけど
彼女、固まってるC〜。」
芥川の言葉に忍足は思わず腕の中のの顔を覗き込んだ。
「うわ、俺何やってん?
つうか、マジ、ずぶ濡れやん!?
告白してる間に風邪ひかしてどないするん。」
一人突っ込みの忍足にも同時に忍足から体を離す。
「あっ、ご、ごめん。
忍足、制服が濡れちゃう。」
「いやいや、俺の事はどうでもええねん。
これ、嫌がらせなんか? そうなんやろ、堪忍な。
もうこないな目には絶対合わさへんから。」
「…、そ、それは無理だよ。」
「なんでや?」
「だ、だって、テニス部は凄いんだよ?
すごくファンがいて、目を付けられたら生きていけないんだよ?
私、む、無理だから…。」
最後の方は呟くような声になって下を向いてしまったに
忍足は目を細めて嬉しそうに笑う。
「それって、俺と付き合う前提で心配しとるんやんなぁ。
も俺の事好き、ちゅうことやろ?」
「えっ? やっ、違う。」
「違わへん!」
「あ、あれは噂が一人歩きしてるだけで…。」
「もうほんまの話や。
俺はの事が好きや!!」
「わ、私は…。」
「ええよ!?
無理して言わんでもええよ?
あ、そやけど俺の事嫌いゆんは聞かんけどな。」
の頬の涙のあとをそっと親指で拭き取るようにすると
忍足はこの前とは反対の頬にキスをしてきた。
「お、忍足////」
「あ、すまんすまん。
いきなりは嫌やったんやな。」
クスリと笑う忍足に、真っ赤になって困り顔の。
「はなーんも心配せへんでええよ。
は、そやな、白のままでおって?
他の事はなーんも考えんでええから
俺の事だけ好きになってくれたらええねん。
な?」
「そ、そんなこと言われたって…。」
「ええって、ええって。
俺がんこと、めっちゃ好きなんやもん、
しゃーないやろって、周りを思わせたる!
ほんまの事やから、しゃーないんやけどな。」
「そ、そんなの、困る。」
「ええっ!?困る言われても…。」
忍足の事、こんなに好きなのに、
白のままでいろ、なんて、そんなの無理。
もう、いろんな色でぐちゃぐちゃなのに…。
「私だって、忍足の事、すごく好きなんだから…。
忍足のファンの子達に睨まれるのは、
そりゃあ怖いけど、
なるたけ目立ちたくなんてなかったけど…。
でも、でも、好きなのに好きだって言えないのもやだ。
忍足とは釣り合わないかも知れないけど…
でも、私だって、ほんとは/////」
「ああ、わかった、わかった。
の気持ちはようわかったから…。
こない熱い子やなんて、知らんかったわ。」
「…っ、ご、ごめん。」
「ちゃうちゃう、謝る事なーんもないで?
要するに俺とおんなじ気持ちってことやから、
俺は嬉しいわ。」
の手に自分の指を絡ませると忍足は芥川の方へ向き直る。
「ジロー、お前部室の鍵、持ってたやろ?
貸したって。」
「いーよー。
でも、跡部にばれないようにね〜。
私用で使ったら俺も怒られそうだC〜。」
芥川が放り投げた鍵を受け取ると
忍足はの手をぎゅっと握り直して歩き出した。
「部室で着替えよか。
ほんとなら岳人あたりのがちょうどええんやろけど
それはむかつくから俺のTシャツでも着とき。」
「えっ?」
「俺はええけどな、他の奴にの透けてる下着姿は
見られとーないしな。」
「きゃあ////。」
慌てて胸元を隠すに忍足がクスクス笑った。
「今更や。」
「忍足のエッチ!!」
「なんでや?
彼氏なんやもん、ええやん。
俺の胸板も見せたるで。」
「忍足のバカ!!」
「なんでもゆうて。
に何言われても、
俺の事スキや、としか聞こえへんもん。」
開き直ったような忍足の屈託のない笑顔は
それこそ惚れ惚れするような魅惑的な笑みだったけど、
クールで知的で大人なイメージは
ものの見事にこの時砕け散っていた。
「私、侑士の方こそ白のままでいてほしかった。」
事ある毎にがそう言うと、忍足は決まってこんな風に切り返す。
「そんなん無理に決まっとるやん。
にベタ惚れなんやもん、
俺はもう一色なんやで?」
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☆あとがき☆
忍足って彼女大好き人間だといいな。
時と場所を選ばず年中ベタベタしてきて、
それであっという間にファンが引いちゃうくらい…。(笑)
2007.6.28.