君の全てを知りたい
「なあ、の姿が見えんけど?」
やんわりと聞こえる物腰にああ、またかと思う。
「?
休み時間なんだから、いなければトイレにでも行ってるんじゃないの?」
は半ば投げやりにそう答えた。
いくら親友と言えど、忍足のためにの行き先をいちいち把握しておく義理はない。
というか、毎度の事ながらいくらの事が好きだからと言って
こうも毎時間の姿を追う忍足を見ていると
その溺愛ぶりにでなくともうんざりしてしまう。
「そりゃないやろ。
さっきも居らんかった。」
不満げに言う忍足を胡散臭そうに見上げてはため息を付いた。
「休み時間にどこに行こうがの勝手じゃないの?」
「そうかて、休み時間しか会うてくれへんやん。
そこは、が気を利かせてやな、
んこと、引き止めてなあかんやろ。」
休み時間しか会ってくれないと言うが、それは間違いだ。
休み時間になると有無を言わせず忍足がを拘束しているだけだ。
だから忍足が来る前にが逃げるんじゃないの、と言いかけたが
それを言ったところで忍足が諦める訳ではないから
は話題を変えた。
「それはそうと、忍足、今日は忙しいんじゃないの?」
「何がや。」
忍足はどっかりとの席に座ると
準備してある古典のノートをパラパラ捲っては
丁寧に書き込まれたの古典の訳を眺めていた。
人の話には無愛想な返事をする割りに、
のノートを眺めている表情は緩みっぱなしで呆れるばかり。
はわざとのノートを取り上げると机に上に置き直した。
途端に忍足はいやらしい位冷たい表情をにくれた。
「何って、今日はあんたの誕生日でしょ?
毎年の事ながらプレゼント攻勢に引っ張りだこじゃないの?」
そう言えば忍足がこの教室にいても忍足の追っかけがいない。
珍しい事もあるもんだと廊下の方を覗ったが
そこから中を覗いている女子もいなかった。
「今年はええねん。」
「何が?」
今度はが訝しげに聞いた。
「誕生日はに祝ってもらえればそれでええねん。」
「忍足はそれでいいかもしれないけど。」
「わかっとる。
何も受け取らんとは言うてないし。
俺の教室か部室なら受け取ることにしてんねん。
でも、ほんまはだけでええねん。
のこと、好きやからな。
だから、の前で他の奴からのプレゼントは受け取りたないだけや。」
真面目な面持ちでそう答える忍足にはたじろいだ。
少し重苦しい黒髪とやぼったい丸眼鏡で誤魔化しても
忍足は氷帝で押しも押されもせぬイケメンである。
そのイケメンが至近距離で視線を外す事無く
じっとこちらを見据えて来る様は少々心臓に悪い。
そんなに直視しないで欲しい、とは心の中で思った。
忍足は覚えてないのかもしれないけど
これでも中3のバレンタインデーに本気チョコを贈ったのだ。
自分の想いは全く届かなかったと分かっていても
好きだった忍足の顔が目の前にある。
平静を保つのも限界がある。
はふっと先に目を逸らした。
「忍足はさ、そんなにの事が好きなんだ。」
ちょっと意地悪だったかもしれない。
はバツが悪そうに俯いたが、忍足は気にする風もなかった。
「そうや。」
俯いた視線の先には忍足の長い脚が自然に目に入る。
「もの事、好きやろ?」
有無を言わせぬのんびりとした口調にそれでも今日はうんとは言えなかった。
「俺はが一番やねん。
でもなあ、が死ぬまでの友達やったら
俺も死ぬまでとは友達や思うで?」
「えっ?」
突然の言葉に思わず視線を忍足に向ければ
その眼光は紛れもなく、動かしがたい決意の色を湛えていた。
「けど、友達やってが思うてるのに
もしがそうやなかったら、俺たちは友達にはなれんなぁ。」
低く囁かれた忍足の声は多分近くの級友たちには届かない。
あくまでだけに向けられたその言葉は深く深くの心に突き刺さった。
いつものやんわりした口調なのに目は笑っていない。
は思わず自分を恥じた。
どんなに忍足の事を思っても叶わないのだ。
それどころかその気持ちをに気付かせるなと釘を刺されているのだ。
の友達でいなければこんなに近くにはいない、と拒絶の意味が込められていたのだ。
「やだな、忍足。
がいないからって私に当たらないでよ。」
精一杯の虚勢を張って震える唇でそう返すのがやっとだった。
「別に当たってなんかないやろ?」
忍足は肩をすくめて見せると大げさに立ち上がった。
「んで、ほんまの事、俺の姫さんはどこに行ったん?」
「・・・多分だけど。」
次の授業の古典の先生が教室に入って来て
慌てて自席に戻る生徒を尻目に
忍足は真っ直ぐに保健室に向かった。
そう言えばの顔色があまりいいものではなかったかと
はやる気持ちに忍足は内心焦った。
控えめに保健室のドアをノックしてみたが保健の先生はいなかった。
忍足は静かに保健室に入ると
カーテンの閉められている一番奥のベッドに近づいた。
「、大丈夫なん?」
カーテンの隙間から忍足が顔だけ覗き込めば
案外元気そうな声が返って来た。
「忍足?」
「そばに行ってもええか?」
控えめに尋ねはするものの、の返事を待たずに
ベッド脇に丸椅子を寄せてしっかりと腰かけた。
「まさか来るとは思わなかった。」
「何でや?の一大事なら駆けつかんと。」
「一大事って。」
「やって、生理痛酷いんやろ?」
忍足の言葉には思わず顔を赤らめた。
「何か・・・男子に言われると恥ずかしい。」
「その他大勢の男子とちゃうで?
俺はの彼氏なんやから
の事は何でも知っていたいだけや。」
したり顔の忍足にそれでもは
またそんな事を言う、と困ったように眉根を寄せた。
「たいした事ないから忍足は教室に戻ってよ。」
「ええやん、せっかく二人きりになれたんやし。」
「何では言わなくても言い事、言っちゃうかな。」
ため息つくに忍足もため息を返す。
「あんなぁ、はの友達や。
と言う事は、俺とも友達や。」
「えっ?」
「はの事、心配してくれてるねん。
そやから、俺に様子を見に行ってくれ、って頼まれたんや。」
「嘘でしょ?」
大きく目を見開いたはその直後眉根を顰めて忍足の顔を窺った。
「何で、嘘つかなあかんの。」
「だって、せっかく・・・。」
「せっかく?」
忍足が聞き返すとは困ったように忍足から視線を外した。
その様子に忍足も黙ってしまった。
気付けば保健室の壁に掛かっている時計の針の音が1分刻みに音を立てている。
こんなに五月蠅い音を立てていたのかと思うくらい
二人の間に時を刻み続ける。
「の事、気にしてんのか?」
しばらくして忍足が諦めたように打ち明けた。
「聡いなら分かってまうとは思うとったけど。
どうせなら知らんでほしかったな。」
「・・・分かるよ、の事だもん。」
「俺は分からんな、の気持ちが。」
忍足は面白くなさそうに呟いた。
「俺にどうして欲しいねん?」
「それは・・・。」
「まさかと付き合って、なんて言わんよなぁ?」
「言ったら・・・そうしてくれる?」
まさかが本当にそんな事を言い出すとは思わなくて
忍足は寝ているの脇に頭を突っ伏した。
「どうしてそうなるん?」
「・・・。」
「つうか、俺はが好きやのに
俺の気持ちはどうでもええのん?
俺、めっさ心閉ざさなあかんやん。」
丸まった忍足の背中をはぼうっと眺めていた。
の言葉に怒るでもなく
でもかなり打ちのめされた格好で突っ伏している。
忍足は布団に顔をうずめたままじくじくと文句を言った。
「なあ、俺がと付き合う訳ないやん?
できる訳ないやん?
何で正室に側室を持て、みたいに言われるん?」
「正室って。」
「は俺の正室、大事な姫さんや。
他の誰も好きにはならんし、
を手放す気なんて毛頭ないし。
かて、俺の気持ちが揺らがんのは分かっとるはずや。
から気持ちが離れん男と付き合うて、幸せになれるか?
いい加減グダグダ言わんと、ちゃんと俺と付き合うてや。」
忍足は突っ伏したまましゃべるから
くぐもった声は最後の方はほとんど聞き取れない。
と言っても忍足の気持ちは夏から全然変わってないのだから
としてはもうこれ以上返事を引き延ばせない所まで来ている。
「今日は俺の誕生日なんやで?」
そうなのだ。
今日は忍足の誕生日。
改めて思い直しても
この日に忍足を自分だけが独占していいはずはないのだ。
けれど、忍足はその日が誕生日だとしても
が具合悪ければの方を優先させてしまう。
自分は未だ彼女のつもりはないのに
返事を先延ばししてみた所で忍足には一向に効果がないのだ。
挙句の果てに忍足はのいない所でしっかりに先制攻撃をしかけているし。
は忍足から視線を天井に向けた。
ひとつ深呼吸をしてそれからコホンと小さく咳ばらいをした。
緊張した場面に出くわすと必ずやってしまうの癖だった。
忍足は反射的に顔を上げたようだった。
「今日の放課後、私、図書館で待ってる。」
「放課後?」
「私、やっぱり忍足はみんなの忍足だと思う。」
「ちょ、ちょっと待てや。」
「ううん、聞いて。」
はまた小さく咳払いした。
「今日が忍足の誕生日だから、特別な日なんだよ。
忍足の誕生日をお祝いしたいって思ってる子がたくさんいるよね。
それは明日じゃだめで、みんな今日お祝いしたいって思ってる。
それをないがしろにするのは忍足らしくない、って思う。」
「そうなん?」
「少なくとも私は忍足の事、そう思ってる。」
「けど、それはと付き合う前の俺や。
今は以外はどうでもええ、って思うとる。」
忍足の言葉には口元に笑みを浮かべた。
「忍足、私の全てを知りたいって言ったよね?」
「あ、ああ。」
「私、忍足が思ってる以上に可愛くない性格だからね?」
「はぁ?」
「私、忍足の事好きだけど、
忍足みたいに独占欲出したり、べたべたしたり、
甘い言葉言ったり、って、そういうのないからね。」
そこまで言ってみて忍足の方を見ると
以上に余裕の笑みを浮かべられてしまった。
何で?と思いっきり不審顔のまま黙り込むと
忍足はゆっくりと立ち上がるとに覆いかぶさるように近づいて来た。
「お、忍足?」
「俺の事好きや言うてくれるんやったら何でもええよ?」
「えっ?」
「可愛くない性格でも俺はが好きやねんから。
放課後、しっかり俺の誕生日、祝ってや?」
近づく忍足にだんだん赤くなるは
慌てて布団の端を引っ張って口元を隠す。
忍足は目を細めて笑うとそのままの額に口づけた。
「これは俺の彼女や、って印。
もう手加減はせんよ?」
「な、何?」
「今度は俺の全てを知ってもらわんとな。」
「忍足、どういう意味?」
「ああ、それもだめや。
今度からは侑士って呼んでな?」
「・・・。」
「放課後までに雑魚の相手はちゃんとしとくから
心配せんでもええよ。
じゃあ、ちゃんと休んでおくんやで?」
もう一度優しいキスを額に残されても
何だか忍足の全てを知るのは怖い気がしてしまった。
今までどこを手加減されていたんだろう?
そう思わないでもなかったけど、
忍足の優しさはきっと変わらないとは思っている。
「侑士・・・かぁ。」
舌の先で名前呼びの練習をするも
さすがに恥ずかし過ぎる行為には思わず布団を頭から被ったのだった。
The end
Back
★あとがき★
忍足、誕生日おめでとう。
今年はもう全然間に合わなくて
途中で放り出してしまったのですが
でも愛はあるんです。
来年のテニフェスで眼鏡'sが復活すると
嬉しいんですけどね・・・。
2012.11.5.