不意打ち
「仁王、誕生日だったんだってね?」
部活を引退してからクラスの違う仁王とはほとんど合わないから
忘れてたわ、と久しぶりに会った銀髪の彼に言ったら
物凄くキツイ視線が返ってきた。
「忘れとったんならおめでとうぐらい
先に言ったらどうなんじゃ?」
片手をポケットに突っ込んだままの仁王は
学食の隅っこで椅子を器用に揺らしている。
「誕生日過ぎちゃったんだから今更じゃない?」
短縮授業のせいか、学食でお昼を食べる子はあまりいない。
私は購買で買ったミルクティーと菓子パンを
どさどさとテーブルに置くと仁王の前に椅子を引いて座った。
そう言えば仁王と喋るのは久しぶりだ。
「それ、全部お前が食うのか?」
「まあ、なんとなく決めかねて買っちゃったパンもあるよ。
仁王は? お昼食べに来たんじゃないの?」
見れば仁王の前にはブラックの缶コーヒーが1本。
ほんと、裏切らない感じだなあ、と仁王とコーヒーの構図を眺めた。
「俺はブン太たちを待っとるだけじゃ。」
「今日は? カラオケ?それともゲーセン?」
「合コンじゃったかのう?」
なんだか面倒臭そうな物言いに、
行きたくないのにブン太に担ぎ出されるのか、と納得した。
ビジュアル的にはブン太やジャッカルなんかより余程もてそうなのに
見た目と違って女の子受けが良くない仁王を
もったいないなあとつくづく眺めてしまった。
柳生を見習ってもう少し紳士的に振舞うとか
幸村を見習ってもう少し表面上だけでも愛想振りまくとかすれば
このルックスなんだもの、ハーレム作るなんて簡単だろうと思うのに。
こう言っちゃ何だけど、年上のお姉さん方をはべらせても全く違和感なさそうだよ。
「お前さんは居残りなんか?」
「まさか!
今日はテニス部に寄って行こうと思って。」
「何かあるんか?」
「あー、別に用事って訳じゃなくて。
赤也がさ、会うたんびに、
先輩〜、遊びに来てくださいよぉ、ってうざくてさ。
ね、今の似てた?」
赤也の口真似しておどけて見せたのに
仁王は今日はなんだか機嫌が悪いのか
全然乗って来ない。
「なーにー、仁王君は虫の居所が悪いの?」
「何回、誘われた?」
「えっ?」
「赤也に何度誘われたんじゃ?」
仁王は椅子を揺らすのを止めると
真っ直ぐに私の顔を射るように見つめて来た。
真田同様、どうも単刀直入な言葉遣いがぶっきらぼう過ぎて
その辺が女の子たちの敬遠するところだと自覚がないようだけど、
長年テニス部で付き合って来てるから
どんなに凄まれたってそれほど怖いとは思わない。
「何回って言われても数えてる訳じゃないから。」
「毎日か?」
「いや、学年違うからさすがに毎日は会わないよ。
5、6回? えっと、4、5回?」
へらりと笑って答えたら仁王はますます苦虫を潰した様な顔をする。
「俺が5、6回頼んどったらくれたんか?」
「えっ? 私、何か頼まれ事されてた?」
やっと仁王の怒ってる理由が垣間見えて
私は自分の記憶を辿れるだけ辿ってみようと考えた。
けれど最近仁王と話した記憶がないから
頼まれた事が一体いつの事だったのかさえ思い出せない。
「ご、ごめん。
なんか思い出せないや。
私、何を忘れてた?」
とにかく先に謝っとけとばかりに顔の前で両手を合わせて
恐る恐る仁王を見ればなんだか悲しげな表情をされた。
珍しい。
仁王がそんなに落胆するなんて、
一体私、何を忘れてたんだろう?
「そんなもんじゃったんか。」
「だ、だから、何?」
「俺の誕生日に何かくれる、言うのは
嘘やったんか?」
えええええええ?
私、誕生日プレゼント、あげるなんて言った事あったっけ?
「そ、それ、まじ?」
「俺は楽しみに待っとったんじゃ。」
「う、うそ?」
「お前さんが誕生日を祝ってくれるかと思って
ずっと待っとった。
プレゼントなんて期待はしとらんかった。
クラスも違う、わざわざ会いに来るとは思うとらん。
電話か、メールか、あの日は一日中携帯を離せんかった。
のことじゃ、忘れてんじゃろうと思うた。
でも俺は腹も立たんかった。
翌日もその次の日もお前さんからのメールを待つのが愉しかったんじゃ。」
ため息をつかれて私は酷く居心地の悪い気分に背中がむずむずしてきた。
なんでこんなに仁王が淡々と話すのかが理解できなかった。
怒ればいいのに。
期待させて何もしなかったって非難すればいいのに。
それなのに目の前の仁王は不機嫌さは変わらないものの
切なそうな瞳の色は仁王には全然似合わない。
仁王らしくない。
「や、やだ、ごめん、仁王。
そんなに期待されてたなんて思ってもみなかった。
うーん、でも今何にも持ってないや。
この中から好きなパン、あげるけど、それじゃだめ?」
恐る恐る言ってみたものの仁王は瞳を閉じたまま
何か考える風に腕を組んでいる。
誕生日を忘れてて、おまけにパンぐらいしかあげるものがなくて
本当に薄情な友達だと思われてるに違いない。
「パンはいらん。」
「うっ。 だからごめんてば。」
「パンはいらんから他のものをもらってもええかのぅ?」
「えっ? あ、うん。」
のんびりした口調に思わず二つ返事をしてしまった。
むきかけのパンを手にしたまま、ゆっくりと立ち上がる仁王を
目で追いながら、一体仁王が欲しがる物って何だろうと上の空だったら、
突然覆いかぶさるようにして仁王の顔が眼前に迫って来た。
後頭部に当てられた仁王の手の感触と
自分の唇に押し当てられた仁王の唇の感触が同時に私を挟み込む。
仄かに香る仁王のコロンは男の癖に甘くてちょっときつめ。
仁王の体が離れてもその香りは私の周りから当分消えそうにない。
「な、何するのよ////」
「は俺のもんじゃ。」
今度は右頬から顎へと優しく仁王の手が伸びてきて
私はされるがままに2度目のキスを受け入れていた。
突然の事とは言え、拒否する事はできたと思う。
けど、手馴れたような仁王のキスは余りにも優しすぎて
軽くついばむ様なキスは物足りない位気持ちよくて
離れていく仁王の顔をじっと見つめてしまっていた。
「少しは驚いた顔をしたらどうなんじゃ?」
「えっ? あー、もちろん驚いてるよ。」
びっくりするよ、そりゃあ。
部活をしていた頃だって仁王とはそこそこ仲は良かったけど
そんな素振りは一度だって見せた事はなかったくせに。
不意打ちだと思った。
「お前さん、わかってないんじゃろ?」
「何が?」
「俺がを好きだという事じゃ。」
仁王の事はもちろん嫌いじゃない。
だけどそんなに意識した事もなかったのに
こんなに近くで好きだと言われて意識しない方が難しいと思う。
真っ直ぐに顔を覗き込んでくる仁王の口元が少し笑っていて
私は火照ってくる顔が急に恥ずかしくなって俯いてしまった。
今更だけど、仁王ってカッコよすぎるよ。
「どうなんじゃ?」
「ずるいよ。」
「って呼んでええか?」
「バカ。パンが喉を通らないじゃない。」
「俺が半分食べてやるよ。」
「合コンはどうするのよ?」
「バーカ。行く訳ないじゃろ。」
頭をクシャリと撫でられて仁王はそのまますとんと私の隣に座る。
テーブルの上でパンを弄んでいた手に仁王の手が重なると
なんだか随分前から恋人同士だったような気がする。
「も赤也の頼みなんてほっときんしゃい。」
少しだけ後輩にヤキモチ妬いていたのかと思うと
妙に嬉しくなるなんて私も案外現金な奴なんだと思う。
仁王の誕生日は過ぎてしまったけど
これからどこかケーキのおいしい店にでも連れて行って
一緒に誕生日をやり直すのもいいかもしれない、なんて考えた。
きっと仁王はそこまで考えていないって思うから、
少しだけ不意打ちの仕返しだ。
The end
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