二度目のFall in Love 3
翌日の放課後。
数人の男子生徒に囲まれてが教室を出ようとすると、
同じクラスの乾が腕組みをしながら、の前に立ちはだかった。
「悪いが、はこれから俺と約束があるんだが…。」
逆光に光る眼鏡のために乾の表情はよくわからなかったが、
威圧的な低音の声には有無を言わせぬものがあった。
微動だにしない乾の圧力に、の周りにいた男子生徒たちは仕方なく立ち去るしかなかった。
「どういうつもり?乾君。」
は眉をひそめると乾を見上げた。
「それはこっちが聞きたい。」
「何を?」
「。お前、テニス部には戻らないのか?」
青学のデータマンの乾にとって、の実力は今の青学にとっては即戦力になる。
彼女が戻ってきた今、転校してから後のデータがない以上、
早急にのデータを分析したいというのが探究心旺盛な乾の本音である。
だが、それは後の楽しみ。今は彼女であるに頼まれ、
そして長年のライバルであり仲間である不二のために、
どうにか一肌脱ごうとしている乾であった…。
「私、…もうずっとテニスなんてやってないから。」
「嘘だな!」
乾の眼鏡が怪しく光る。
「俺の目を誤魔化せると思うか?
バランスの取れた体、無駄のない筋肉、
何より走り込みを続けてなければ得られないふくらはぎを見れば、
疑う余地はないんだがな。」
「…///」
「も強情な奴だな。
お前がしたように、
俺もみすみす眠ったままにしているテニスの才能を見過ごす訳にはいかないんだが。」
そう言うと、の手首を掴んで廊下に出た。
「きゃっ、な、何するの?
ちょ、ちょっと、やめてよ。」
は乾がそんな強硬手段に出るとは思いもよらず、
思わず大きな声を出していた。
「お前なぁ、俺とが付き合ってるのは知っているんだろ?
大人しくついて来ないと、周りが変な目で見ることになるぞ。」
「うっ!?」
そう言いながらも乾はの手を離すことなく、
そのままテニスコートまでを引きずるように強引に連れて行った。
途中は待ち構えていたによってテニスウェアに着替えさせられていた。
どうしてもの実力を乾が知りたいからとせかされ、
は嫌々ながらもテニスコートを目の前にしていた。
そこには中学の時とは比べ物にならないくらいの立派なコートがあった。
********
は中等部では2年ですでにレギュラーだった。
その繊細なテニスプレイは見るものを魅了していた。
決してパワーがある訳でもなく、見た目華奢な彼女の何処にそんなエネルギーがあるのか、
と思うほど、意外にもには粘り強さがあった。
どんなボールも彼女にかかればまるで水面の花びらをすくうかのように拾い上げられるのだ。
アメリカに転校したは一時は不二の事と一緒に、テニスも封印するつもりだった。
テニスをすれば必然的に不二を思い出す…。
だから不二に別れを告げた自分は、テニスもやめようと思っていた。
けれど、テニスをやめる事はできなかった。
不二にはその才能を如何なく発揮してもらい、頂点を目指して欲しかった。
それを望む自分が、自分のテニスをないがしろにするのは、
不二に対して申し訳ない気がした。
やるなら自分もテニスの頂点を目指したかった…。
********
は軽く柔軟体操をすると、と一緒にコートに入った。
青学のコートに立つと、思わず中学の頃の事がよみがえる。
ただただ、今は懐かしいだけ。
ただそれだけ…。
は胸の底に沈めこんだ想いを思い出さないように意識して息を整えると、
のいるコートに向かって思いっきりサーブを打ち込んだ。
ボールはの足元で急に角度を変えると鋭く跳ね上がった。
「ツイストサーブ!?」
の驚く顔。満足げな乾の顔。
そしてもうひとり…。
「…テニス、続けてたんだ?」
が声のする方に目をやると、そこには大人びて逞しくなった不二が立っていた。
「もちろんよ。
私、誰かさんと違って努力型だから。」
は額にかかった金色の髪をかき上げるとわざと冷たく言い放った。
不二は自分のラケットのガットをいじりながら、悠然と答えた。
「だったら、努力家なさんに、試合を申し込んでもいいのかな?」
「えっ?」
「君に勝てたら、僕も努力型だったって信じてもらえそうでしょ?」
が立っていたコートに今、不二がいる…。
期せずして不二と試合をすることになったは正直戸惑っていた。
4年という月日は不二との過去を思い出に変えるには十分すぎる時間だったはずなのに、
コートの中で対峙しているその姿を目の当たりにすると、
懐かしくて涙が出そうになる。
でも、とは頭を横に振る。
私の好きな彼は――――。
は唇を真一文字にきゅっと結ぶと、トスを高く上げた。
打ち下ろすサーブは先程よりも数段スピードが増していた。
「貞治?私、鳥肌が立ちそう…。」
不二とのラリーは、超高校生級だった。
はあまりのハイレベルな展開に息もつけなかった。
「が押してる…?」
コーナーの隅を突く正確な球筋に、一見不二が走らされてるように見える。
「ああ。だが、不二はどこか楽しそうだな。
いや、それは語弊があるか。
不二は恐らく全力でに応えようとするだろうな。
この試合、いいデータが取れそうだ。」
慌しく丸秘ノートに何やら書き込む乾の姿に、はもしかしたら、
乾が一番楽しんでるのかもしれない、と半ば呆れて自分の彼氏を見上げていた。
まだ本気出さないつもり?
は執拗に不二を攻めたてた。
それは言葉にして来なかった分、不二のテニスの実力を測ることで、
不二の前から姿を消した自分を正当化したかっただけかもしれなかった。
は額から落ちる汗をぬぐうのも忘れ、
不二の放ったスピンのかかったボールをスライスで返した。
ボールは弾むことなく不二の足元に転がって行った。
「ツバメ返し!?」
不二のわずかにブルーがかった瞳が妖しく光る。
「そう、それなら僕は…。」
のスマッシュは不二の羆落しによってことごとく封じられた。
不二の力強いストロークに今はもうの方が追い詰められていた。
肩で息をしながらも、はどこか嬉しかった。
華麗で、非の打ち所のないフォーム、打ち返しても打ち返しても攻めてくる狡猾なショット、
強くて強くて、本当はが足元にも及ばないほどの技の持ち主で、
その真剣な不二の姿にはドキドキしっぱなしだった。
「これで終わりにするよ?」
不二の言葉と同時に放たれた技は蜻蛉包み…。
はなす術もなく、脱力してその場に座り込んだ。
「うん。かなわない。」
前髪からぽたぽた落ちる汗はそのままコートにシミを作った。
おさまる事のない動悸は運動後のものだけでなく、
は自分でも認めざるを得ない気持ちの高ぶりに、
それを知られたくはなくて顔を上げることが出来なかった。
と、俯いたの目の前に、すっと大きな手が現れた。
「立てる?」
穏やかな声にはぎゅっと胸が締め付けられるようだった。
「…とテニスが出来て、本当に嬉しかったよ。」
「…。」
「ねえ、僕は強くなった?」
「…うん。すごく、すごく強い!
もう私の手の届かないくらい強くなった。」
「。お願いだからちゃんと僕を見て。」
不二は優しくの手を取るとそのまま引き上げた。
暖かい手の温もりが伝わって、は恥ずかしそうに目線を不二に合わせられなかった。
「君を失ってからいろんな事考えた。
君のいないテニスコートに立っていられなくなって、
本気でテニスを辞めようかとも思った。
君の後を追ってアメリカに行く事ばかり考えた。
でも、そうしたら、もう2度とは僕に会ってくれない様な気がした。」
は黙って不二の言葉を聞いていた。
「僕は今でもが好きだよ?
テニスよりもやっぱり君が好き。
だけど、君はテニスをしてる僕が好きなんだって気づいたから、
僕はテニスで上を目指そうと思う。
僕はもっと強くなりたい。
ねえ、今の僕は、まだ君を愛する資格があるだろうか?」
「しゅう…すけ。」
が昔そう呼んでくれた様に囁くのを聞くと、
不二はの手を引いて自分の胸の中に抱きしめた。
「私は…周助のテニスが好きだよ?
私を好きでいてくれるのは嬉しかったけど、
もっともっと強くなって欲しかった。
テニスより私を選んでしまったら、私は周助に愛されてる自分を一生恨むわ。
だから、だから、こっちに戻っても、
周助が絶対好きにならない女の子になりたかった。」
「ばかだな、は。
僕はがどんな風になってもやっぱり好きだもの。」
不二はの短くなった金色の髪をなでた。
「僕はね、またテニスコートで君に恋しちゃうんだ。
でも今度は絶対君を離さない。
を愛してるんだ!」
はほんのりと顔を赤らめると、意を決したように不二を見上げた。
「私も。周助を嫌いになんてなれないよ。
私も、今日、また周助に恋しちゃったかも。」
「本当に?」
「本当。だってこんなに素敵な周助を見ちゃったら、
もうだめだよ、私。」
「クスッ。よかった。
じゃあ、今日はこのまま部活サボってと一緒に帰りたいな?」
「!?」
「なんて、ウ・ソ。とりあえず、がテニス部に戻ってくれたら、
毎日一緒にいられるからね?」
素敵に笑う不二が眩しくて…。
思わず目を閉じたら、不二がの唇を掠め取った。
不二がすごく好き!!
2度目の恋の始まりだと思った。
The end
Back
☆あとがき☆
1年前からずっと放置していた不二をやっと書き上げる事が出来ました。
本当は大石が出てくる所を乾に変え、大幅に加筆。
テニスよりも好きになってもらえたら嬉しいけど、
やっぱりテニス抜きの不二は考えられないし…。
そんな思いで書き上げました。
とりあえず心残りを解消できてひと段落です。(笑)
2005.7.24.