君に贈る君のための時間
記録ボードに残る今日の戦果をさっと目に収めると
幸村はコート奥のベンチに向かって歩きだした。
ベンチではクラスメートのが
気だるそうにラケッティングをしていた。
と言っても練習のそれではなく、
いくつも結び目を重ねたタオルを
遊び半分に弾ませているだけだと分かった。
幸村が遠慮なくどっかりとの横に座ると
がラケッティングの手を止めて
迷惑そうに幸村の横顔を睨んできた。
「何?」
「いや、まだ帰らないのかな、って思って。」
「帰るよ?
疲れたから休んでただけ。」
ぶっきら棒に返すを無視して
幸村は大きく伸びをした。
「校内ランキング、またレギュラーになれなかったんだって?」
「べっつに〜、それがどうかした?」
「いい加減、手抜きするのやめたら?」
薄く笑ったような気がしてはわざとらしくため息をつきながら答えた。
「手抜きなんてできる訳ないじゃん。
変な事言うね、幸村。」
「俺の目を誤魔化せてると本当に思ってる?」
「誤魔化す?
幸村、ちゃんと見てなかったの?
私のコントロールの悪さは知ってるでしょ?
今日だって入ってればまあそれなりに
凄いなって思うショットはあったけど、
ギリギリで入らないんだから仕方ないよね〜。
ま、準レギュでまた頑張るよ。」
膝の上に乗せたラケットの上で
は器用に固めの結び目を次々と解いていく。
細くて華奢な指ではとても解けそうにないのに
見た目よりしっかりとした指は魔法でも掛かっているかのようだ。
注がれる幸村の視線を感じて
はほら、とおどけたようにタオルをぴしっと広げて見せた。
タオルには立海大のロゴマークが入っていた。
その一連のの動作を幸村はさくっと無視して続けた。
「あれが入れば、天才だと思うよ。」
「あー、そうなんだ。
入れば天才か。
でも入んないから凡才だね。」
広げたタオルを首に巻きつけながらはからりと笑う。
いつもそうだ。
はいつもあっけらかんと自分を卑下する。
女子部でははまるで当たり前のように
記録的なノーコンだよね、と言われて笑われている。
惜しいとこ狙うのに決められないね、と
先輩たちにも可愛がられている。
幸村はそんな輪の中にいるを見るのがいつも気に食わなかった。
「入ればいいだけだろ?」
「えー、それは幸村だったらできるだろうけど。
幸村、天才だもんね。」
「違うよ。
は最初から入れようと思ってない。
いつもラインの外を狙ってる。
狙った所に行くんだから俺と大して違わない。」
「なーに、馬鹿なこと言ってんの。」
「さ、真面目に校内ランキングやれよ。
なんで躊躇うんだい?
そんなに上級生を抜くのが嫌?」
幸村が今度は身体ごとの方に向き直るから
は慌ててタオルで額の汗を拭う真似をする。
は幸村が苦手だ。
真田にしろ、柳にしろ、恐らく同じような事を言われても
しらを切り通す自信はあったが
どうも幸村には通用しないという勘が付きまとう。
だからなるたけ幸村には近づかないようにしていたのに。
今日の校内ランキングは危なかった。
稀に見るスーパーショットが決まってしまって
先輩たちの顔つきが変わったのが分かった。
「うわっ、今の何?
あれがいつも決まればさん、
全国区でもトップクラスに行けるよ?」
「惜しいね。
まぐれじゃ話になんないもんね。
でも頑張れば来年は戦力になれるって思うから。」
「うわぁ、びっくりした。
たまにあるんだよね、さん。
あんなの決められちゃったら
私、レギュラー落ちだよ。
いやいや、私たちの事、追い抜いていいんだよ?
後輩が力つけて来るのを見るのは
先輩としても嬉しい事なんだからさ。」
心にもない事を先輩たちは悪びれもなく言ってくれた。
そんな事、本心じゃない事くらい分かる。
皆必死で全国大会目指して頑張っている。
特に今の2年生たちは仲がいい。
実力社会の立海大とは言うものの、
男子部のように割り切って先輩たちを押しのける気は
にはさらさらなかった。
自分には来年がある。
だから来年でいい、それだけだ。
「幸村さぁ、女子部に首突っ込まないでよ?」
「何で?」
「関係ないじゃん、幸村には。
男子部は男子部のやりたいようにやってる訳でしょ?
それでいいじゃん。
私だってそれなりに頑張ってる。
準レギュだって別に不満じゃないし。
それこそ幸村には迷惑かけてないじゃん?」
「かけてる。」
「えっ?」
「充分迷惑だ。」
幸村の話し方はいつも唐突に変化する。
優しい口調だったかと思うと急に厳しい口調になる。
それはヒステリックに変化するのではなく
その表情を覗えばいつも冷静だ。
なのにその直球は弾むことなくの胸に突き刺さる。
「な、何が迷惑なのよ?」
「俺の精神衛生上、問題ありだから。」
「せいしん・えいせい・じょう?」
真面目な口調の癖に言ってる事は滅茶苦茶だ。
確かには今の2年生を打ち負かす事はできそうだと自覚している。
けれど一旦下克上を果たしてしまえばそれは茨の道だ。
和気あいあいと楽しくテニスをする時間は得られなくなる。
もちろん常勝立海大の掟は女子部にだって
脈々と受け継がれてはいるが
それは上級生の使命であって
下級生は下級生の中で割合自由な気質を楽しむ余裕があった。
にはそれを壊してまで上を目指す気はなかった。
それこそ男子部のように1年のほとんどが
レギュラーに成り代わるなど女子部では夢の話だ。
まして自分は幸村とは違う。
幸村のように皆を引っ張るカリスマ性など持ち合わせていない。
それで下克上を果たしてしまえばどうなるか、
それこそ自分の精神衛生上の安定は保証されない。
「わかってないね、。
君のテニス見てると俺はイライラして嫌なんだ。
開花前の蕾をわざと冷凍保存して楽しむ趣味はないんだ。」
幸村はのラケットを取り上げた。
「よくまあ、こんなガットで試合したね。
言っただろ?
俺の目は誤魔化せない。
特にに関してはね。
これは俺がきっちり直してあげるよ。」
「いいってば。
おせっかいはやめてよ。」
「おせっかいじゃないよ。
。
明日、誕生日なんだろ?」
いきなりの幸村の言葉に思わずぎょっとなって幸村を見上げてしまった。
見たくない笑顔がそこにあった。
そんな笑顔を見せられたら誰だって逆らえなくなる。
本当に憎たらしい奴だ。
「誕生日プレゼントにもうひとつ、
いい事してあげたからね。」
「えっ?」
「今度の試合、
俺とでミクスドに出るから。
顧問の先生にお願いしておいた。
とペアなら楽に優勝できますって。」
「な、なっ・・・。」
「ふふっ。
俺と試合するのに手を抜いたら承知しないからね?」
幸村はすっくと立ち上がると
のラケットを軽く振りぬいてみせた。
「心配しなくても大丈夫。
俺がの事、守ってあげるから。
先輩たちにも文句言わせないさ。」
「何、勝手な事言ってんの!?
どうなるか、分かって言ってるの?
私の身にもなってよ!」
「仕方ないだろ?
俺、の事、好きなんだから。」
男子部の時期部長はいとも簡単に言葉で攻めてくる。
その直球を返す術はなさそうだった。
でもあまりにもリスクを伴うその球を見過ごす事もできない。
「・・・迷惑。」
「?」
「そういうの、迷惑。
なんで放っておいてくれないの?」
「ミクスドの事?」
「そうよ!」
「それとも俺たちが付き合う事?」
「だから!」
抗議の声を上げて思わず立ち上がったを
幸村は力強く引き寄せると片手で抱きしめた。
「だめだよ、。
俺はもう君から目が離せないんだから。
そんな顔で抗議されても無駄だし、
君が動けば俺はすぐに反応してしまうからね。」
「ちょ、幸村。」
抱きすくめられてもう一度耳元で好きだと言われて
にはもう返す言葉もなかった。
どうしたって顔の火照りは隠しようもない。
幸村の胸に顔をぴったりくっつけたまま
それでも最後の虚勢を張ってみる。
「私、幸村の事、好きなんて言わないからね。」
「ああ、いいよ。
俺が好きで好きで追い掛け回してるって事で。」
「バカ・・・。」
「ついでにミクスドの為にしごき回して
先輩たちよりテニスが上手くなったって事にする。」
「知らない!」
「とにかく、君への誕生日プレゼントは
俺と過ごす時間全部って事で。」
「・・・。」
「一日早いけど、誕生日おめでとう。」
明日からの部活を思うとため息が出そうだけど
このぬくもりを知ってしまったら
もう離れる事なんてできそうにないとは思っていた。
The end
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☆あとがき☆
3月です。
3月はやっぱり幸村かな。
こんな風に幸村にだけ
自分の事を理解してもらえたらいいな。
幸村に守られるなら
どんな運命にも逆らえる気がするしね。
2010.3.25.