未来予想図






見上げると白い天井。

はベッドの中で繰り返し繰り返し同じ事を考えていた。

結論はあるにはあるのだが、それはにとって最良ではなくて、
といってその結論に達しない場合など考えるだけ無駄な気がしていた。

出てくるのはなんで?どうして?…という疑問だらけで、
だけど、いつかは来るべき運命が突然やって来ただけで、
それはそれで当然の結果なのかもしれない。

だけど、だけど、まだ早過ぎない?


はため息を飲み込むだけだった…。






     ********






 「〜、大丈夫?
  街なかで貧血起こしたんだって?」

とりあえずの荷物ね、と言って紙袋を渡す親友のは、
心配そうにの腕につながる点滴の管を痛々しそうに眺めた。

 「うん、たいした事じゃなかったんだけどね。」

 「全く、救急車で運ばれたって聞いた時にはもうびっくりしたよ。
  ね、弦一郎?」

傍らにぶっきら棒に立っている真田は眉間に皺が寄っている。

明らかに機嫌が悪そうだ。

 「に万一の事があったら、俺が幸村になんて言われる事か…。
  ももう少し自分の体調管理に気をつけるべきだな。
  ちゃんと飯は食ってるのか?」

真田の言葉にが苦笑した。

 「やだなあ、真田君。
  私だって大学に入ってからもう2年も一人暮らししてるんだよ?
  一人でもちゃんと作って食べてるって。」

 「だけど、
  最近調子悪そうだったよ?
  幸村が帰って来るまでうちにいる?」

がなおも心配そうに言ってくれるのはありがたかったが、
真田とが同棲を始めてまだ半年。

いくら親友の申し出でもの厄介になるつもりはない。

 「大丈夫だって。
  お医者さんも2日ほどゆっくり入院していけばって言ってくれたし、
  お正月には精市も帰ってくるし。」

 「まあそうだけどさ。」

 「、俺から幸村に1日でも早く帰って来れないか、
  連絡とってやろう。」

 「えっ?あ、そ、それはだめ。
  私が入院したなんて言ったら、
  ただの貧血でも大ごとになっちゃうよ。
  そんな事言ったら、明日にでも試合をホッポリ出して帰ってきちゃうじゃない?」

慌てて言うに、真田もも笑うしかなかった。

の恋人である幸村は今は海外遠征に行っていた。

中学の終わりから付き合いだしたにとって、
幸村が一番大事にしているのが自分だということはわかりすぎるくらい承知していた。

時として常識外の行動でさえも、
の為なら他の事は全て投げ出しかねない所が幸村には確かにあった…。


 「ま、でも何かあったら遠慮なく相談してね?
  絶対無理しちゃダメだよ?」



そう言って帰っていく二人を見送りながら、
は心の中でに謝っていた。



 (ごめん、
  でも、相談したってどうにもならないよ、きっと。)






     ********







次の日、の病室に回診に来た医者は女性だった。

ジュニア選抜の時に見た華村先生に似ている、とはふと思いついた。


 「で、相手には連絡取れそう?」

優しい口調には首を振った。

 「いえ、まだ…。」

 「でも、後回しにできる問題でもないことはわかってるわね?」

 「はい。」

 「そりゃあね、まだ実感できないでしょうね。
  合意の下にそういう行為をしていた訳じゃなかったんだろうし。」

は頬を紅潮させながらも、
親身に話しかけてくれるこの女医のことが嫌いではなかった。

何より、今はまだ誰にも話せないでいる悩みの種を理解してくれるのは
間違いなくこの先生だけだった。

 「多分、彼は生んで欲しいって言います。」

 「そう。でもあなたは違うのかしら?」

 「いえ。彼の子供なんです、生みたくない訳じゃないんです。」

 「ご両親が反対する?」

 「ああ、それはないと思います。
  そりゃあ、ショックかもしれないけど…。
  順番が逆だろうって。」

その言葉に女医もクスッと笑った。

 「ま、できちゃえば、孫は可愛いからね。」

 「…はあ。」

 「じゃあ、何が問題なの?」

 「ええと、突き詰めていけば問題はないんです。
  ただ、まだ学生でいたいな、とか、
  子供抱えて大学の勉強、続けられるかな、とか、
  学生結婚になっちゃうのかな、とか、
  結局それって自分が親になるのが嫌みたいで、
  わがままなのかなって思って。
  将来の計画みたいなのってそんなに真剣に考えてたわけじゃないんだけど、
  でもこのままずるずる行っちゃうのは凄く嫌で…。」

 「将来の計画って?」

 「多分大学卒業したら、今の彼と結婚するんだろうなあ、
  ってくらいには思ってたんですけど…。」

 「それがあんまり急展開なのが嫌なのね?」

 「え、ええ。
  …ただ、彼はそう思ってないでしょうね。」

 「えっ?」

 「だって、彼は高校卒業する時に、
  もうすでに私にプロポーズしてきたんです。」

 「わあ、早い!」

 「でしょう?私もびっくりして断りました。
  だけど、彼の将来の計画ではもう私たちは学生結婚してるはずなんですよね、きっと。」

 「ふふっ。かなり愛されてるのね?
  じゃあ、やっぱり問題ないじゃない。」

 「そうなんですけど…。」


は結局やっぱりため息を飲み込む事しかできなかった。





こんな風に悩んでるなんて、精市が知ったらどう思うだろう?







     ********



病院での簡単な食事が終わると、にはもうする事がなかった。

しばらくは安静にするように言われていたので、
病院内を散歩することもできない。

はベッドの中で定まらない気持ちにうんざりしながら、
いつの間にか眠ってしまった。





暖かな手の感触。

心地よく前髪をなで上げられている感じにはうっすらと目を開けた。




 「?目が覚めた?」



そこには懐かしくも大好きな幸村の笑顔があった。

 「せ、精市…?」

 「、ごめん。
  まさかこんな病室に一人でいるなんて思いもしなかったから。
  淋しい思いをさせちゃったね?」

 「…もしかして、真田君が連絡したの?」

 「まさか。
  いくら僕でも真田からの連絡を待っていたら、
  今日ここには戻って来れないよ?
  多分そろそろかなっと思って。」


悪戯っ子のように笑う幸村の顔を見ているうちに、
は彼が確信犯なのだと悟る。


 「…精市は、その、…欲しかったの?」


は初めて深くため息をついた。


 「ふふっ。だってってこうでもしないと
  なかなか踏ん切りつけてくれないだろう?」

 「だからって…。」

 「大丈夫。僕がそばにいるから…。
  さ、僕と一緒に帰ろう?」

 「えっ?」

 「心配は要らないよ?
  担当の先生とはもう話をちゃんとつけてきた。
  僕が責任を持ってを大切にしますって。
  あ、それからのお父さんたちにも話さないといけないね?
  正月が過ぎたらいろいろ忙しくなりそうだよ。」






ああ、もう精市はこうやって周りの外堀を固めてしまっているんだ、
とわかると、あの時のプロポーズはなんだったのだろう、と考えてしまう。

もうずっと前から、幸村には二人の未来予想図が出来上がっていて、
が思い悩むであろう事なんておかまいなしなのだ。



 「…ねえ、精市?」

 「なんだい?」

 「私、すっごく悩んだんだからね?」

 「うん、わかってるつもり。」


あっさり笑顔でそう言われると、もうどうでもよくなってしまう。

幸村の甘いキスを受け入れながら、
この先もきっと幸村に翻弄されてしまうのかな、と思う。



 「、愛してるからね。」

 「うん、わかってる。」


は幸村の首に腕を絡めると、今度はから幸村にキスをした。

ほんの少し驚く幸村の顔に満足そうにが微笑む。



 「もう事後承諾はなしだよ!?」








The end


Back





☆あとがき☆
 正月休みもあっという間に終わり、
また仕事かと思うとうんざりな管理人です。
せめてドリの中だけでは
3食昼寝つきの優雅な奥様になりたいです。(笑)
2006.1.3.