気遣い無用の彼氏様   後編








 「不二君…。」

 「あれ? 僕はてっきり差し入れに来てくれるんだと思ってたけど?」


ニッコリ微笑みながら冷えた紅茶を取り出す不二は
の手の中の財布をじっと見つめた。


 「それ、さんのじゃないみたいだけど?」

 「あっ、うん。
  跡部がおごってくれるって言うから…。」

 「そっか。跡部におごられるのはちょっと嫌かな。」



苦笑する不二はいつもが知ってる顔で、
その優しい笑顔は大好きだけど、
もしかしたら無理をしてるのじゃないかと疑ってしまうから
の方はいつも通りに笑う事も出来ない。



 「嫌だな、冗談だってば。
  それより跡部と一緒なの?
  跡部はもう帰ってしまったんだとばかり思ってたけど。」

 「えっ、あ、そ、そう。
  決勝まで見て帰るつもりみたいで…。
  あんな結末になっちゃったから先に帰るかと思ったんだけど、
  立ち直るのも早いの。
  あれでも一応うちの部長なんだよね。
  この試合も3年にとっては今年で最後だし、
  決勝まで見届けて、後輩の指導に役立つ事があればって…。
  まあ、俺様で、煩くて、私は一緒になんていたくないんだけど、
  跡部も一度決めたら引かないタイプだし、 
  忍足もいるから心配なんて…。」

しないで、と続けるつもりが、クスクス笑う不二の笑顔にはなんとなく言葉が出なくなる。

なんだか一生懸命言い訳してる自分を不二は見透かしてるような感じがした。


 「大丈夫。僕はあいつらにヤキモチなんて妬かないから。
  それより、さん、僕に気を遣わないで。」

 「えっ?」

 「落ち込んでるって思ってるんでしょう?」

 「う、ううん。」

 「だって、何も言ってくれないから。
  僕の試合、見てくれてたでしょう?」

 「そ、それが今来た所で。」

 「嘘をついてもだめ。」

 「あ、でもほんとに、チラッとしか見てなかったから…。」

 「でもスコアボード見れば一目瞭然でしょ?
  氷帝のマネージャーさん!」


うっと言葉に詰まるとは俯いてしまった。


 「ねえ、試合、どうだった?」


一番聞かれたくない事を聞かれてしまった。
  




 「どうって言われても…。」

 「うん。」

不二はどうしてもの言葉を待つみたいだった。

 「不二君は…。」

 「何?」

 「不二君は、私になんて言ってもらいたいの?」


切羽詰った表情で見上げたら不二は少し困ったように微笑むと
の長い髪に細い指を通らせた。


 「君の言葉ならなんだって僕にとっては特別なんだよ。
  そんなに悩まなくてもいいのに。」

 「だって月並みな言葉しか思い浮かばないし。」

 「いいよ、月並みな言葉でも。」

 「でも…。」

 「ああ、でも、ちょっと言ってほしい言葉はあるんだけど。」

 「な、何?」

 「僕の事名前で呼んで欲しいな。
  氷帝の奴らはみんな呼び捨てなのに、僕にはまだ君付けなんだもの。
  そっちの方がよっぽど凹んでたって、知ってた?」


不二がそう言っての頭を自分に方へ引き寄せると、
額に軽くキスをしてきた。


 「ちょ、ちょっと不二君//////」

 「あっ、立ち直れないかも。」

 「そ、そんなぁ。」

 「だから、名前で呼んで。次は頑張ってって!」


真っ赤になってるの耳元でさらに不二が囁くから、
は恥ずかしくて仕方なかったけど、
不二に望まれてる事なら、必要とされてる言葉なら、
幾度でも言ってあげようと思った。



 「周…助。次はもっと頑張って!」

 「うん。、ありがとう。」









     ********






飲み終わった缶をゴミ箱に捨てると
不二がと手を繋いで歩き出した。


 「そろそろ行こうか。」


試合会場の方は何やら騒然としていて、
普段の試合では起こりえないような歓声や笑い声に
どんな試合展開なんだろうね、と不二がニッコリ微笑む。


 「あの、周…助?」


躊躇いがちにが切り出すと不二は嬉しそうに顔を覗き込むために立ち止まった。


 「何?」

 「あのさ、周助はもうさっきの試合の事は吹っ切れたの?
  もう本当に落ち込んでない?」

 「どうしたの?」

 「だって、試合終わった後の周助の後姿はすごく辛そうだったから。
  もしまたあんな姿見ちゃったら、やっぱり何も言えなくなりそうだし。
  周助の前でも泣いてしまいそうで、そんなの絶対嫌だし…。」

 「うーん、やり過ぎたかな。」

 「えっ!?」


きょとんとするの顔が可愛くて不二はぎゅっとその手を強く握り締め直すと、
また嬉しそうに歩き出した。

 
 「本当はね、僕も立ち直りは早いんだよ。
  そりゃね、今日の試合はすごく悔しかった。
  だけどあれはあれでいい試合だったしね、
  あの中で編み出した技が収穫だったし。」

見上げた先にある不二の顔は本当に楽しそうだった。

 「ま、もともと勝敗に執着しない性質だからかもしれないけど。
  だけど、あんまりあっさりしすぎるとさ、
  こうしてに甘えられないでしょう?」

 「あ、あの…、甘えたくてした事だって言うの?」

 「うん、まあね。」


クスッと笑う不二の声は試合会場に響く歓声にかき消されてしまった。

青学のベンチを目指すべく階段を一段一段下りて行くと、
不二は跡部の横で立ち止まった。



 「やあ、跡部。
  軽くなった髪の具合はどう?」

 「ああ? 不二か。
  お前こそ、負け姿を全国に曝け出した気分はどうだ?」

 「ああ、今回は最高に凹んだね。
  君のようにすぐには立ち直れそうにもなくてね。」

 「ふん、まだまだだな。」

 「跡部には敵わないよ。
  だからね…。」


不二はにこやかに跡部に財布を放り投げて
握っているの手を跡部に見せると、そのまま階段を下り始めた。


 「に慰めてもらう時間が足りないんだ。
  そういう訳だから、はもらって行くよ。」

 「なんだと? おい、不二!
  てめぇ、待ちやがれ!!」




がちらっと振り返ると、
怒ってる跡部を忍足が懸命に押さえつけてるのが見えた。

跡部に敵わない、なんてちっちも思ってないくせに、と
がため息をつくと不二がの耳元で明るく言った。



 「さてと、これでが青学のベンチにいても文句言わせないから。」





青学のメンバーさえも騙すつもりなのか、
不二が神妙な顔つきで悩ましげに肩を落とす姿に、
決勝でもし万一不二が負けたとしても、
2度とあの姿に翻弄されまいと心に誓うだった。







The end


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☆あとがき☆
 『負け不二』の別バージョンです。
ああ、でも本当はもっとシリアスな気分で書き始めたんですけどね。(笑)
あの不二君の落ち込んでる姿に
不二スキーさんたちの間ではドリームを書く気にもなれない、
と落ち込むサイトさんもありましたが、
私はともすれば幸村に傾きかけてた気持ちが
これで再度不二至上主義愛を確認できました。
だって、幸村の儚げな所が全くなくなったら疼かないもの!?(苦笑)
だからね、不二君もたまにならあんな姿もいいんです。
そして彼女の前ではとことん精神的にヘタレでもいいんです。
彼女と一緒にいるためならプライドさえ惜しまない不二は
ある意味凄く潔くて、かっこいい、と思うのですが!?
あっ、私だけですね、そんな天邪鬼。(笑)
2006.11.16.