日のあたる場所で









立海大学の構内にあるサクラ並木は
神奈川でも有数の名所のひとつであった。

が、割合、今の学生たちにとってはあまり興味を引くものではないらしい。

入学式にはありがたがられても、その日を過ぎてしまえば、
もうそれはキャンパスの風景のひとコマであって、愛でられる事は少なかった。



…が、この春入学したこのカップルにとっては最高の憩いの場であるらしく、
仲睦まじく毎日のようにひと際大きなサクラの木の下で、
ランチをするのが日課のようであった。

盛りを過ぎた花びらがひらひらと舞い落ちて彼女の長い髪に落ちるのを、
広げたシートに寝そべりながら彼が微笑みながら見ている…。

それはサクラを背景にした、さながら1枚の絵画のようにさまになってるカップルだった。








 「なあ、俺たちもあそこでランチするのか?」


大学生になっても相変わらずガムを噛む癖は彼のトレードマークのようで、
風船を作りながらブン太は肩をすくめてを振り返る。

 「なあに?ブン太は嫌なの?」

 「そういう訳じゃねーけどさ。
  あの空間に俺らが混じるのはなんかさ…。」

ブン太の気が引ける気持ちもわかる。

なにせ、幸村とはあまりにも美しすぎる…。

 「今に始まった事じゃないじゃない。
  たちに見劣りしないカップルなんていっこないんだから。」

 「バカ言え。そういう事じゃなくてさ。
  なんつうか、あいつらと一緒だと、俺、調子狂うんだわ。」

ブン太が苦笑する。

 「そうねえ、大体、あの2人は付き合う前からあんな感じだったじゃない?
  見た目は溺愛カップルかと思ってたら全然違ってて
  こっちが心配するくらい淡白で。
  でも、最近は人並みにべたべたしすぎる位一緒にいるよね。」

がクスクス笑う。

 「ああ?…そうかぁ?
  ユキは結構前からにはベタボレだと思ってたぜ、俺は。」

 「そうなの? あれで…?
  でも、私からすれば、幸村は丸くなったよね。
  前はの友達であっても、私なんて無視されてたしなぁ。」

 「まあな。
  自分との間に割り込むなって感じだったよな。」

 「そうそう。でも、最近はなんだか人当たりいいし。
  あれっての影響なのかしら?
  ま、私はの手作りランチが目当てだから、
  幸村がいようがいまいが関係ないけどさ。」

 「あーあ、俺らは色気より食い気だもんな。」


そう言うブン太をは小突きながらも、
のお弁当目当ての2人は幸村たちの傍にゆっくりと近づいて行った。









 「あ、、いらっしゃい。」

 「今日のランチはなあに?。」

 「今日はね、ホットサンドイッチ。」


そんな風に仲良く話す2人を幸村はやっぱり穏やかに眺めている。



 「おう、幸村。
  お前たち大学構内でも有名だぜ?
  芝生でランチしてる奴なんて今時珍しいからな。」

ブン太の言葉にも幸村は寝転がったままを見ている。

 「そう?天気のいい日は外にいる方が気持ちいいじゃない。」

 「そりゃあそうだけどよ。」

幸村はやっと身を起こすとブン太の方へ向き直った。



 「俺さ、中学の時入院しただろ?」

 「あ、ああ。」

 「どんなに天気が良くても一日中ベッドの上だったんだ。
  見えるのは窓の大きさ分だけの青空。
  あの時ほど体の動けない自分を恨めしく思ったことはなかったな。」



ブン太は相槌を打つことができなかった。
関東大会に出る事ができなかった頃の幸村は、
傍目にもその寂しさが判るほどだったからだ。

あの時の事を思い起こしてるのだろうか。

幸村の前髪が彼の顔に影を落としただけなのに、
なぜか幸村の表情そのものが曇ったようにブン太には思えた。



 「あの頃、もし元気になる事があったら、
  日が射してる時は、日の当たる所に思いっきりいたいって
  よく思ってたんだ。」


思いもしない幸村の言葉にブン太は驚いたように幸村の顔を凝視していた。


 「うん?俺がこんな事を言うなんておかしいかな。」

 「い、いや、そんなこと、ねーけどさ。
  そんな風に思ってたなんて知らなかったからさ。」

 「ふふっ。俺だって入院中は正直滅入ってたよ。
  ま、全国大会に向けて逆に奮起したわけだけどさ。」


人並み以上の精神力でリハビリに励んだ幸村。
あの時、全国大会に間に合うなんて誰が信じたろう?
ブン太は、やはりこいつには勝てない、と思ってた事を口にこそ出しはしなかったが、
恐らく立海大のレギュラーはみんなあの時そう思ったはずだ。



 「だからこうやって日の光に包まれてる自分がすごく愛しいって思うんだ。
  人間、いつ何時どんな事が起こるかわからないだろう?
  だったら、俺は日が射している限り、
  あの時卑屈になっていた自分の中の闇に、
  隅々まで光を当ててやりたい気分なんだ。」

 「…。」



のんびり最愛の彼女と日向ぼっこしてるだけかと思ったブン太は、、
なんだか幸村の心の奥底を見てしまったかのようで、
居心地の悪い気分に口をつぐんだ。

言うべき言葉が見つからないって、こういう事を言うのだろう…。


すると、ブン太のそんな様子に我慢できなくなったのか、
幸村は肩を震わせたかと思うとぷっと噴出した。



 「やだな。そんなにマジに受け取るかな?」


 「へっ?」


 「本当はね。」


幸村は立てた片膝に頬杖を付くようにしながらの方に再び視線を移すと、
もうそれだけで幸せと言いたげな笑みを浮かべた。



 「大学に入ってからあまりにもがもてるから、
  こうして、俺がの彼氏なんだってアピールしてるのさ。」



あまりにも普通な答えに、むしろそっちの方が嘘っぽく聞こえる。


 「それって幸村君がやきもち妬いてるってこと?
  わぁ〜、なんか信じられない。」


途中から話に割り込んだが無遠慮に言い放つ。


 「えっ?私そんなにもててないってば///」


赤くなるが俯くと、その長い睫が頬に影を作る。

そんな様子ひとつひとつが愛しくて、
それを他の男たちもうっとりと眺めてると思うと、
幸村にはどうにも抑えがたい衝動がこみ上げてくる。


 「そうだね、は俺以外にもててくれちゃ困るよ。」


幸村の演技ともいえる大げさなため息にブン太はやれやれと思う。

結局が好き過ぎて、自分の気持ちに手を焼いてる幸村なわけで、
だからこいつと一緒にランチなんて調子狂うのだ…。


 「もうさ、結婚でもしちまえばいいじゃん。」


投げやりにブン太がそう呟くと、
幸村は前髪をすっとかき上げて、自信満々な笑顔で応えた。



 「ああ、そのつもり。」





The end

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★あとがき★
 去年の今頃書き出して放置していた作品です。
桜が終わる前にUPしようと思ったら散ってしまったのよね〜。(苦笑)
とりあえず今年UPできて…よかったのかな?
2006.4.8.