この恋の主導権
「で?
真田とのデートはどうだったの?」
本当はあんまり聞きたくない話。
「それがね、全然つまらなかった。」
がため息をつくのを俺はほんの少し救われたような心持ちで聞いていた。
とは小学校からの腐れ縁。
といっても、俺はずっとの事を大事に思っていたんだけど、
の方はあんまり俺の事を男としてみてくれてないようで。
いつも一緒にいるのはもうすごく当たり前の事になってしまったらしく、
周りから見ても恋人同士に見えないようで、冷やかされる事もないのが
俺にしてみればそれはとても残念な事で。
こうして昼休みに一緒にくつろいでいても、
話題はの悩み相談ばかり。
は俺を女友達の一人と思ってるんじゃないだろうか?
そうじゃなきゃ、なんで真田とのデートのセッティングなんか
手伝う羽目になるんだか。
「幸村がせっかくくれたチケットだったのに、
真田なんて私が居てもいなくてもおんなじって感じだったんだよ。」
ふくれっ面をしてみせる彼女はすごく可愛くて、
なんで彼女の魅力が真田には分からないんだろうと思う反面、
永遠に真田には分かって欲しくない事だから、
あとで真田に何かおごってやろうかな、などと不謹慎な事を考える俺。
「真田ってああいう奴だから…。
でもそれを分かってて誘ったんじゃないの?」
「うん、まあね。
書道画展だったら絶対断らないだろうなあって思って誘ったんだけど、
ほんとに作品ばっかり見てるんだもん。
人選、間違ったかなあ。」
最後の言葉に俺はクスッと笑ってしまった。
全くその通りだよ?
この俺が近くにいるというのに。
は全然俺の気持ちに気づいてないんだから…。
「はなんで真田がよかったの?」
「そうだなあ、真面目なところ?」
「でも真田は真面目って言うより、堅物って感じだよ?」
「うん。でも、真っ直ぐ愛してくれそうじゃない?」
ちょっと意地悪そうな顔で笑うに俺は面食らう。
真田はそう思われて、俺はそう思われていなくて…。
この違いは何なんだろう?
「真っ直ぐねえ。」
そりゃあ、真田は恋愛に疎いけど、
ああいう奴ほど、もしかすると顔に出さなくても、
めちゃくちゃな愛し方をするのかもしれない。
…っていうか、俺の好きなは、そういう愛され方を望んでいるのだろうか?
「もしかしてって愛に飢えてる?」
冗談めかして言ったつもりだったのに、妙には真面目な顔で俺を見つめてくる。
「もうカラカラに干からびてる。
すでに限界超えてるかも…。」
おいおい、限界とは聞き捨てならない言葉だな。
そんなに愛に飢えてるなら、今すぐにだって俺の愛を補給してあげるのに。
俺だったら、君に愛が不足してる、なんていうこと、絶対言わせたりしない自信があるのに。
「じゃあ、どうするの?」
「そこが問題なのよね〜。」
のお気に入りのコーヒーの紙パックは、
中の空気まで吸い尽くされてぺしゃんこになっていく…。
自分の事を真っ直ぐ愛してくれそう…な真田でもだめで、
客観的に見てもは結構男子から人気があって、
それなりに告白されてるらしいけど、
それでも今まで誰かと付き合うことはなかった。
だから心のどこかで安心していた部分もある。
だけど、もしかすると、俺の告白までも却下されかねない事に、
いつしか俺自身、自分の心にブレーキをかけてるいるのかもしれない。
ぺしゃんこになった紙パックは、
の手によってきれいに弧を描きながらゴミ箱へ投げ捨てられた。
「ねえ、柳君はどうかな?」
また唐突に切り出された。
そう言えば、真田君はどうかな?の前は、切原君ってどんな子?だったし、
その前は丸井君はどんなお菓子が好きなの?だった…。
なんでいつもはテニス部のメンバーを引き合いに出すのか不思議だったけど、
俺としては彼らは扱いやすい部類の人間だから、
が彼らと一日デートを楽しみたいといえば、いくらでも便宜は図れる。
ただし、「俺の女に手を出すな!」ぐらいの脅しはいつでも出来るわけで。
「…真田と柳じゃ、また全然タイプが違わない?」
俺は動揺を隠しての残したメロンパンに手を出す。
なぜかはいつも食べきれないのにパンを2個ずつ持ってくるのだ。
「だからさ、真っ直ぐ愛してくれそうな人でも、
しゃべってくれなきゃ進展しないじゃない?」
「ああ、そうだけど、柳だってわりと寡黙だと思うけど?」
俺はほんのり甘いメロンパンをかじりながら、
俺は寡黙じゃないから退屈なんてしないだろ?と目で訴えかけてみた。
でも、にはそんな俺の思いは届かないようで…。
「でもね、意外と本の趣味は私と合ってたんだよ?」
が楽しそうな顔をするのを気づかない振りして、
でも頭のどこかでいつ柳と話なんてしたんだ、と不機嫌になる。
「この間、図書室で借りようと思ってた本を柳君が持ってて、
読み終えたら私に回してくれるって言ってくれたんだ。
ね?これも一つの出会いでしょ?」
どうして俺の好きなは出会いばかり求めるのだろう?
俺たちはもう、随分前に出会ってるって言うのに。
今日のメロンパンは、やけにのどに詰まるな、と思いながら、
俺は柳に先手を打つかどうかを考えていた…。
********
「ねえ、柳。
これで上手くいくのかな?」
部活に行く前の柳を引き止めて、は長身の柳を見上げる。
無表情に見える柳だが、その口元はかすかに口角が上がっていて、
さも愉快そうに答えた。
「幸村にヤキモチを焼かせたがっていたのはだろう?
それに、真田くらいまでは絶対動じないと言っただろう?」
「う、うん。」
「大体、お前が言い出したことだ。
こんな面倒くさい事をしなくても好きなら好きと告白してしまえばいいものを。」
「だって今更私からなんて嫌だもの。
そうしたら一生幸村に頭が上がらなくなるもの。」
そうなのだ。
の好きな幸村はちょっとやそっとのことでは動じない。
いつだっては幸村の手の上でひとりでやきもきするだけで、
幸村はいつだって冷静で大人なんだ。
いつもいつも優しくの話を聞いてるだけで、
私の事なんか、いつもそばにいる幼馴染くらいにしか思ってないんだから。
私だけがこんなに幸村のことを好きでいるなんて、
なんだかとっても悔しすぎる。
「まあ、でも、今度は俺だと聞いたら幸村も少しは焦ると思うよ?」
そう言いながら1歩近づく柳はなんだかいつもの優等生の顔をしていない。
「そ、そうだといいけど。」
「それより、も少しは焦ってくれなきゃ困るんだが…。」
「へ?な、なんで?」
「うーん、たとえば手に入れたいものがあって、
それは他人のものだと分かっていても、
手を伸ばせば触れられる所にあったら、
大抵の人間は手にとって見ると君も思わないかい?」
ニッコリ微笑む柳の笑みは全然笑っていなくて、
は戸惑いの表情を隠せない。
「それは…そうかもしれないけど。
でも自分のものじゃないんなら、やっぱり踏みとどまるのが人間よ?」
「違うな。
自分が手に入れたいものは、たとえ非難されようが手に入れなければ、
本当に欲しいものだとは言えないよ?」
柳はそう言って、少し冷たい指先をの頬に近づけた。
は立海大の参謀と呼ばれる柳に迂闊に近寄りすぎた事を後悔した。
たとえそれが幸村の友達としても、幸村以外の男に触れられたくはなかった。
は緊張したまま、柳の指先から逃げるようにもう1歩後退した。
「や、柳の欲しいものって何?」
怯えたようなの目を見つめたまま、柳は伸ばした手を引っ込めた。
「そうだな、幸村のことが好きなくせに好きって言えないの心、かな。」
「えっ?」
「ウ・ソ!!
冗談だよ。
間違っても幸村を敵に回したくはないんでね。」
「酷い!」
は恥ずかしくて赤くなりながらも思いっきり柳を睨んだ。
「だからさ、の欲しいものはもう、すぐ隣りにあるんだから、
欲しいものは欲しいって素直にならなきゃね。」
柳がクスクス笑うと、は「もう、柳には絶対相談に乗って貰わないから。」と怒ったまま、
柳の傍をすり抜けるように走り去って行った。
「幸村、そこにいるんだろ?」
柳がうっすらと目を見開くようにして階段の方を向き直ると、
腕組みをした幸村が立っていた。
「気づいていたんだ?」
「そりゃあね。
でも、俺を悪者にして、君が飛び出してくるかと計算してたんだがな?」
「それはどうも。
でも、そこまで柳の思惑通りに動きたくないんでね。」
幸村が鋭く柳を見据えると、柳はふっと苦笑した。
「幸村も相変わらずだな。
心配ならさっさと自分のものにしてしまうんだな。」
「ああ、悪かったな。
でもこれで遠慮なくそうさせてもらうよ?」
「遠慮など幸村に初めからないだろうに?」
「うん?そうでもないさ。
ただこれで柳には1%の可能性もない事は判ってくれたと思うけど。
俺が君の片思いに気づいてないとでも?」
「ふっ。やはり幸村を敵に回したくはないな。」
柳は肩をすぼませると、部活でもいくか?と幸村を促した。
そうさ、主導権はいつでもこの俺の方にある。
でもこんな俺を不安にさせるのは、、君だけだからね?
The end
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☆あとがき☆
私は立海大3強の中では
幸村>真田>柳
の順に好きなのだけど、
力関係は、
幸村>柳>真田
のような気がしてなりません。
で、ついでに言うならば、
私の好きなキャラは
不二>幸村>忍足
なのですが、
全国区の力関係は
幸村>手塚>不二>跡部=真田
で、リョーマは未知数と…。(苦笑)
だから本編の決勝戦はどうなるか、
とてもハラハラします。(おいおい)
2005.8.7.