幼馴染って、一種の特権だよね?
僕の好きな顔
「姉貴!いい加減起きろよ?」
いつものように階段下で大きな声を出してる弟。
わかってはいるけどなかなか起きれないんだよね、とは布団の中で伸びをする。
といって、下でいつも通りに待ってくれてる人がいるわけで、
は仕方なくベッドから起き上がると、制服に手を伸ばした。
「大体さ、高校生になってまで弟に起こされるってのはどうよ?」
「そうだね。でも、は昔っから朝は苦手だったからね。」
「精市兄ちゃんが毎日来てくれるのを当然だと思ってるよなぁ〜。」
「ふふっ。でも、僕は全然構わないんだけどね。
君んちでカフェオレご馳走になるのが日課だし。」
「精市兄ちゃんは甘すぎ。
人を待たせてなんとも思わない女なんて最低だよ。」
「あんたね〜、弟の分際で姉をこき下ろすなんて、100万年早いわよ!」
階段を騒々しく駆け下りてきたかと思うと、
そのままダイニングキッチンでカフェオレを飲んでる弟の頭をペシッとはたき、
はそのまま洗面所の方へ姿を消した。
「これだもんな〜。
姉貴に彼氏の一人もいない訳だ。」
やれやれと冗談交じりにため息をつくマネをして、の弟は鞄を持つと、
幸村に先に行くわ、と声をかけた。
幸村はの弟にひらひら手を振ると、が現れるのを待った。
「ごめんね、ゆっきぃ。」
は長い髪をまとめながら急いでテーブルにつく。
家では両親が共働きで、朝早く出勤してしまうため、
朝食はいつも姉弟ふたりきりだった。
といっても、幼馴染である幸村が毎日こうして迎えに来るので、
朝寝坊のもいまだ遅刻した事はなかった・・・。
「トースト、冷めちゃったよ?」
幸村は相変わらず優しい笑顔でを見つめている。
はたから見れば、新婚の朝食もこんなものかもしれない・・・などと思っているのは僕だけだろうなあ、
と幸村は苦笑する。
「平気、平気。」
はうっすら焦げ目のついたトーストに、冷蔵庫から出したハムとチーズを乗せると、
大きな口をあけてパクつく。
「クスッ。」
幸村がの顔を見て笑うので、は慌ててテーブルの上のティッシュ箱を引き寄せる。
「何?なんかついてる?」
「ううん。は寝起きが悪いくせに、起きてすぐに食べられるなあと思って。」
「健康的って言って欲しいわ。
それに、朝ごはんはしっかり食べなきゃ、昼までもたないもん。」
「それはそうだけど。」
「それに、今に始まった事じゃないでしょ?」
「うん。そうだったね。」
は大急ぎで最後の一口を頬張ってぬるくなったカフェオレを飲み干すと、
テーブルの上の食器を流しに運んだ。
「おまたせ!」
玄関の鍵を閉めると、は幸村と並んで歩き出した。
こうして登校して何年になるんだろう。
見慣れた道を二人で歩き、友達の話や部活の話をしながら、無邪気に笑っている。
幼馴染という関係は、いい意味で空気のような関係で、
日常の普遍的な風景と同化してしまっているけど、
段々ときれいになっていく彼女を目の当たりにすると、
幸村はどうしてもこの関係をもう1歩進めたいと考えずにはいられなかった。
ただ、不安に思うのは、こうして毎日他愛なく喋っているのに、
が自分のことを幼馴染以上に思ってくれているのか、
ということになると、幸村にもわからなかった。
その日の5,6時間目。選択授業は美術だった。
「今日は隣同士、お互いの肖像画を描く。
引け目なしに、自分の目に映ったように思い切って描く様に。
先生がいいと思った絵は、美術室前の壁に張り出すからな。」
先生の話に教室中がどよめいた。
幸村が隣にいるの顔を見ると、不意にも幸村の顔を覗き込んだ。
「ゆっきぃは絵が上手だからいいよねえ〜。
私、上手く描けないと思うから先に謝っておくね。」
「そんなことないよ。
だって昔は上手だったじゃない?」
「え〜?それ、いつの時の話?」
「幼稚園。」
「ひっど〜い。小さい頃は誰だって天才なのよ。」
が怒ってほっぺたを膨らませると、
「あ、その顔、描こうかな。」
と幸村がうそぶく。
はふくれっ面をやめると、自分のキャンバスに向かい直し、
4Bの鉛筆を軽く持って幸村をデッサンし始めた。
真剣な眼差しで幸村を見つめる。
一心不乱に僕を描いてくれてる・・・そう思うと幸村は幸せな気分だった。
毎日顔を合わせるとは言え、今、この時だけは彼女は幸村しか見ていないのだから。
この時間がいつまでも続いて欲しい、幸村は珍しくぼんやりとを眺めていた。
気づくと6時間目の鐘が鳴り響いていた。
「できてないものは仕上げてから帰るんだぞ。」
そういう先生の声にあちこちからため息やら歓声が上がった。
「ゆっきぃ、できた?」
の声に幸村が顔を上げると、肩越しにの息遣いが聞こえる。
「あれ?全然描いてないじゃない?
どうしちゃったの?」
「うん。なんかね、気分が乗らないって言うか、
僕の好きな顔じゃないんだよね、これ・・・。」
「はあ? なんか今、すごく傷つくようなこと言われたなあ、私。」
「えっ?」
「長年一緒にいるのに愛着も無いわけですか、この顔?」
は大げさにため息をついた。
「私なんて、幼稚園以来の最高傑作の出来なのになあ。」
「へえ、それほどまでに言うならちょっと見せてよ。」
幸村は強引にのキャンバスを引き寄せた。
そこには真っ直ぐに自分を見つめる、精悍な若者の姿があった。
線は荒々しいほどの殴り描き状態だったが、意志の強い眼差しを持った幸村の姿だった。
「えへ。なんかね、ゆっきぃって側にいるとほんわかしてるけど、
私のイメージはね、テニスで試合してる時のかっこよくて、
頼りがいのある男の子って感じ。
・・・どうかな?」
幸村はびっくりしたように見ていたが、段々口元が緩んで照れたように笑った。
「悪くないな。にこんな風に見られているんなら嬉しいな。」
「そう?よかったぁ〜。」
は嬉しそうに微笑む。
「じゃあ、僕も、僕がイメージしてるを描くよ。」
「うん。期待してるねえ。」
は自分の絵を提出すると、掃除当番だから、と言いながら美術室から出て行った。
幸村はの後姿を見送りながら、しばらく目を閉じたまま考え込んでいた。
そして、やおら、キャンバスに向かった・・・。
美術室に残っていた生徒が一人去り、二人去り、
とうとう残っているのは幸村一人になった。
幸村は時々鉛筆の手を止めて、キャンバスの中の人物を眺めながらふっと笑みをこぼしていた。
「ゆっきぃ・・・?」
「あれ、先に帰ったんじゃないんだ?」
「うん、だってねえ、ゆっきぃの絵、見たいなって思ったから。
もう提出しちゃった?」
「ううん。ここにあるよ。見るかい?」
窓から差し込む夕日が眩しくて、は幸村の表情を見ることはできなかった。
でも、なんだか楽しそう・・・。
は幸村の背後に立つとキャンバスの中の自分を見てみた。
そこにはまるで眠り姫のようなの寝顔が大きく繊細に書かれていた。
「うっ・・・。な、なんで寝顔なのよ!?」
「だってさ、僕はこの顔が一番好きなんだ。」
「ど、どこで見たのよ?」
「その質問はありきたりだけど、おかしくない?
僕が毎朝見てる顔なんだけどな。」
そう言って幸村はクスクスと笑った。
「まさか・・・ね?」
赤面するを他所に幸村は楽しげに囁いた。
「毎朝僕が起こしに行ってもちっとも起きないんだよ、って。
でも、寝顔がかわいいから、つい、起こすのかわいそうに思っちゃうんだよなあ。」
「えっ、え〜?/////」
「僕はね、この眠り姫をずっと大事に守っていきたいって思ってるんだけどな。」
は火照った頬を両手で隠した。
毎朝自分が起きてくる時にはのんびりとカフェオレなんか飲んでるくせに、
その前にの部屋に勝手に入って来てるなんて!?
「の寝顔、誰にも見せたくはないんだけど、
この顔が一番好きなんだ。」
幸村はまだ呆然としてるを引き寄せると耳元に口を寄せた。
「も僕の事、幼馴染以上に思ってくれてる?
僕はもう前からのことしか考えられないんだけど。」
は火照った顔をさらに赤くしながら幸村の胸に顔を埋めた。
「私だって、ゆっきぃが一番好きだよ。」
「じゃあ、これからは僕の事、精市って呼んでくれる?」
「・・・ゆっきぃじゃだめ?」
「だめ。」
「どうして?」
「それは幼馴染としての呼び名だから。」
「私は幼馴染のこのままの関係がずっと続くんだと思ってたけど。」
その言葉に幸村は苦笑した。
「あのね、。
僕だって普通の男なんだけどな。
毎朝の寝顔を見てる僕はそれだけで幸せなんだけど、
でも、君の寝顔にキスしたくなる衝動は押さえ難いんだ。
だから、もう、幼馴染はおしまい。
明日からは彼氏として起こしてあげるから・・・。」
「うわっ///。そ、それはちょっと。」
「うん?じゃあ、練習してみる?」
有無を言わさず幸村はの腰に手を回すと、
の唇に自分の唇を重ねた。
初めはほんの触れるか触れないか、わからないくらいに優しく。
そして2度、3度と角度を変えて段々と深く・・・。
はもうすっかり考える力もなくなって、
幸村のされるままになっていた。
「、大好きだからね。」
はコクンと頷くと、そのまま幸村に抱きしめられていた・・・。
翌日。
はいつもより30分早く起きた。
部屋の中に幸村がいないことに安堵すると、大急ぎで着替えだした。
「お、おはよう///。」
階下の幸村を見るとは頬が上気する自分に驚いていた。
ちょっと気恥ずかしくて、でも、幸村の笑顔を見るのは嬉しくて・・・。
「はあ?今朝はいやに早起きじゃん。
雪でも降らなきゃいいけど・・・。」
の弟が毒づいた。
は弟が鞄に手を伸ばして立ち上がるのを見て動揺した。
「何?もう行くの?」
「ああ、今朝はちょっとやぼ用。
でも、いつも俺の方が先に出てるじゃん。
なんか、困る事あったっけ?」
「えっ、いや、何も無いけど。
じゃ、えっと、行ってらっしゃい。」
もじもじする姉を訝しく思いながら、の弟は幸村にじゃあ、と言って玄関に向かった。
「?」
「いや、なんか、こうして二人っきりなんて
ちょ、ちょっと・・・。」
「ふふっ。ドキドキする?」
その言葉にはカーッと体中が熱くなるのを意識して、さらにドキドキする。
「おはようのキスがまだだったよね?」
幸村の満面の笑顔には、これが毎日続くのかと思うと心臓に悪すぎと思った。
昨日までの幼馴染の自分が恨めしい・・・とも。
The end
Back
☆おまけ☆
幸村「今日はこのまま学校サボっちゃう?」
「だめ!」
幸村「じゃあ、日曜日は泊まりに来ない?
うちの家族、いないから。」
「そんなのうちの親が許すわけ無いでしょ?」
幸村「クスッ。大丈夫。
こういう時 幼馴染って一種の特権だからね。
17年間培ってきた僕への信頼度はこういう時役立つんだよなあ。」
「・・・。(ため息)」
☆あとがき☆
へなちょこドリームサイトもなんとか1000番を超えました。
今回キリ番1111を踏んでくださった記念に、
月夜風さんのリクエストにお応えしました。
ユキで幼馴染設定のお話しがいいかな〜。
まだ恋人未満って感じで、ユキが1歩踏み出して恋人になる。
立海大の幸村大好き人間ですが、幼馴染設定はあんまり書いたこと無かったので
ちょっと四苦八苦。おまけに10/31にUPしようと最初から決めていたので、
間に合ったとは言え、こんなものでよかったでしょうか?(苦笑)
とりあえず、風さん、お誕生日おめでとう&キリ番踏んでくれてありがとうございました。
これからも遊びに来てやって下さいね。
2004.10.31.