君のそばに







 「、あんた大丈夫なの?」

親友のが心配そうにの顔を覗き込む。

中学・高校とずっと一緒だったから、
が無理をして講義に出てきてるのは一目瞭然だった。

 「うん。平気。
  今日のレポート提出で全部終わるし…。」

クリスマスをのんびり過ごしたいからと、
がここのところ徹夜続きでレポートを3つも同時進行させていた事を思えば、
少し体調を崩すのは無理からぬ事だろうとは思う。

けれどの青ざめている顔色を見ると、これはかなりやばいかもしれない。

 「午後の講義は代返しておいてあげるから、
  もう帰った方がいいよ?
  、寒いんでしょ?」

は暖房の効いてる部屋にもかかわらず、
グレーのジャケットを肩に羽織ながら、なおも襟元をぎゅっと握り締めている。

 「少しね…。多分、熱の出始めかも。」

 「忍足は?連絡して送ってもらう?」

 「それはいい。侑士はずっと実習で忙しいから。」




は弱々しい声にもかかわらず、きっぱりと首を横に振った。

彼氏である忍足はこの大学の一番大変な学部、医学部に所属していたため、
どの学部よりも授業時間数が多かったし、課題も多かった。

だから構内はもとより、日曜日も二人で過ごす時間は極端に少なかった。

ただ、クリスマスは一緒に過ごしたいね、と約束していたから、
は無理を承知でレポートを書き上げたのだ。

忍足も多分今は実習で缶詰状態で居るだろう。

だけど、それもクリスマスに何とか二人で居られる時間を作り出すため。


クリスマス・イブまであと1日。

明日一日寝ていれば、実習が終わった忍足とクリスマスを迎えるには
まだまだ余裕がある。

だから、今はこんな事くらいで忍足に余計な心配はさせたくなかった。


 「帰ったらすぐ寝るから大丈夫。
  だから侑士には黙ってて?」

 「だけど…。そうだ、景吾に車出してもらおうか?」

 「わっ、それだけはやめて!
  ややこしくなるから…。」


は思わず身震いをした。

の彼氏である跡部はなんだかんだと言ってもにも優しい。

それはそれでありがたい事だけど、
が忍足ではなく跡部に助けてもらったと聞けば、
忍足はきっと気分を害する。

顔に出さなくったて、の彼氏として何もできなかったと
自己嫌悪に浸るだろう忍足を思うと、に釘を刺した。

 「本当に大丈夫だから。
  家に着いたらメールするね。
  悪いけど、このレポートだけ出しておいてもらえる?」

 「仕方ないなあ。
  明日になっても具合悪くなりそうだったらちゃんと言うんだよ?」


に見送られるようにしては教室を後にした。









     ********





一人暮らしのマンションはいつも以上に空気が冷たくて、
寒気のためにぶるぶる震えているは、鍵を取り出すのも億劫だった。

マジでやばいかも・・・。

は荷物を全て玄関に放り出すと、とりあえずキッチンにあったバナナを無理矢理ほうばり、
風邪薬を胃に流し込んだ。

そして厚めのコートを布団の上にかけると、そのままベッドに潜り込んだ。

布団に入っても寒気はひどくなるばかりだった。







ぐっすり眠れば治るだろう…と思ったのは全く浅はかな事だと気づいたのは、
汗でぐっしょり濡れている服と、高い熱で喉がカラカラになっているせいで目が覚めた時だった。

一人暮らしで病気になった時ほど、惨めな気分ったらない。

とりあえず気持ちの悪い服を着替えねば、とが体を起こした時、
不意に侑士の声が聞こえたように思った。


 「大丈夫か?」

 「ゆ、侑士?」

 「そうや。熱、高そうやな?
  なんか飲むか?」

忍足がの顔を覗き込むように顔を近づけてきた。

は思わず布団の端を目の下まで引き上げた。

 「何しとるん?」

 「だって…。今、私、すごくひどい顔してるもん。」

熱のためにほてった顔、汗で額に張り付いてる前髪。

鏡を見なくたって自分の情けない顔はわかる。

 「あのなあ。自分、病気やろ?」

 「だけど、こんな時に会いたくないもん。」

 「あほか。
  、家に着いたらにメールする言うたやろ?
  携帯に電話しても出えへんから、あいつ、めちゃくちゃ心配してたんやで?
  そんで俺にが倒れてるかもしれへんゆうから、
  慌てて飛んできたんや。」

 「…そうだったんだ。
  あ、でも、侑士、実習は?」

 「そんなんどうでもええんや。
  が大変な時には傍にいてやりたいしな。
  それに、俺は優秀やから、こんぐらいでどうなる成績ちゃうで?」

忍足はの頭をポンポンと軽く叩くと、
さ、着替えようか?とを促した。







     ********





新しいパジャマに着替えて、
忍足が買って来ていたバニラアイスを食べると、
はやっと少し元気になった。

忍足は甲斐甲斐しく、のベッドのシーツを替え、
洗濯物を洗面所に運んでいた。

毛布に包まってリビングのソファにもたれたまま、
は忍足の様子を眺めていた。


 「侑士って、なんか奥さんみたい。」

 「なんや、それ。」

 「ふふっ。なんかさ、頼りがいあるなあって。」

 「今更何言うてんねん。
  つうか、もっと早く頼ってほしいわ。
  俺、これでも一応医者の卵なんやから。」

 「だって、侑士も忙しそうだったし。
  一晩我慢すれば、クリスマスには普通に会えるって思ったし。」

 「我慢することないやろ?
  俺はもっと甘えて欲しいんやけどな。」

そう言うと忍足はの額に手を当てた。

 「さっきよりはなんぼかましになったみたいやな。」

 「うん。侑士がそばに居るからかも。」

 「ちゃんとわかってるやん。」

 「だけど、やっぱり好きな人にはかっこ悪い所、見せたくないんだけどな。」

は恥ずかしそうに前髪をいじった。

忍足は不意にを抱き上げると、ベッドの方へ歩き出した。

 「ちょ、ちょっと、侑士ったら///」

 「あのな。」

忍足はをベッドに静かに下ろすと、に布団をかけてやりながら
の横に寝そべった。

 「俺はな、健やかなる時も、病める時も、
  のそばにおりたいねん。
  何よりもが一番大事やねん。
  カッコつける気は毛頭ないけど、
  がどんな姿やっても、俺はの事、愛してるで?」

まじめな顔をしてじっと見つめられれば、
熱がなくったって顔が赤くなってしまう。

 「…侑士。なんか照れる///。」

 「ああ、なんかこれじゃあ、プロポーズの台詞やな?」

 「…。」

 「どないしたん?」

 「うーん、今ので済まされちゃったら嫌だなあって。」

 「悪い、悪い。」

忍足は優しく笑うと、の瞼にそっとキスをした。

 「ぐっすりお休み。
  大事な姫さんが元気になったら、
  ちゃんとキメたる!」

 「うん。」





本当は着飾らなくったって侑士は私を愛してくれるし、
そんな事は十分知ってるよ。

だけど次に目を覚ました時は
飛び切りの笑顔で侑士に伝えよう

 私もずっと侑士のそばにいるよって。

 メリークリスマスって。
  





The end

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☆あとがき☆
 前に風邪で寝込んだ時にふっと浮かんだ忍足夢。
忍足ならマメに看病してくれそうだなあって。
別にクリスマスでなくてもよかったんですけどね…。(笑)

2005.12.24.