ずっとずっと片思い 2
「それはだめだよ、ね?」
いつの間にか自分に視線が集まってる事に
はそれでも他人事のようにクラスメートの顔を見返した。
「不二を断って手塚なんてあり得ないって。
だって手塚にはがいるんだし。」
「そうだよね。
に悪いよね?」
口々に言っては納得している面々に
手塚との事か、とは心の中でため息をつく。
何度否定してもお似合いの一点張りで
手塚との事は受け入れてもらえない。
あれだけ中学の時に目立たないようにして来たのに
今や学校一の有名人に仕立て上げられている。
「私たち別にそんな関係じゃないのに。」
「分かってるって。
どうせ手塚なんて意思表示なんてちゃんとしないんでしょ?
でもどう見たって二人はお似合いだよ。」
「そうそう。
まるで夫婦って感じだよね。」
「っていう事はさ、
もし不二がの事が好きだったら不二は振られるんだね?
ちょっと凄くない?」
何気ない友達の言葉にの表情は硬くなった。
まただ。
また悪夢の再来だ。
いい加減にして欲しい。
そんな根も葉もない噂が一人歩きしたら。
「やめて。」
「えっ?」
「そんな風に決め付けないでよ。」
震える唇から悲痛な思いがほとばしってしまった。
「どうしてそんな勝手な事言うの?
何で、何で私が振らなきゃいけないのよ!?」
あまりの激高ぶりに友達たちはぽかんとを見つめている。
大人しいがこんなに興奮して叫ぶなんて
今まで見た事がなかった。
手塚とは何でもない。
昔から好きだったのは不二の方。
そこまで言えればすっきり出来たかも知れないのに
中途半端に言葉を区切ったために
はいたたまれなくて教室を飛び出した。
「何?」
「さぁ?」
「何かあったのかな?」
「手塚と?」
「えっ、まさか不二と?」
のいなくなった教室で
の言動はまた勝手な方向へと形作られていた。
は激しく後悔していた。
手塚との事を否定したって今まで思い通りにはいかなかったのに
今回の言動でさらに噂に尾ひれがつくのは想像に難くない。
何年も隠してきた気持ちが
今更こんな形で不二に伝わるなんてどうかしてる。
それでなくても何年も前に不二には愛想を付かれているのだ。
手塚にも迷惑をかけてしまう。
そして不二にも。
いや気持ち悪がられるだけだ。
見かけだけで不二よりも手塚を好きだと思われているのに
今になって不二に思いを寄せていたなんて
どれだけ自分勝手な女だと蔑まされることだろう。
もう片思いすらさせてもらえない。
そう思うとは校舎の片隅で涙を零した。
********
今まで何度も経験した事だけど
噂話の加速はが思う以上に速かった。
その出所が自分の友達だと思うと情けなくなる。
けれどあんな未消化のまま飛び出せば
いいように解釈され、捻じ曲げられ、流される事は
致し方ないようにも思う。
もうには手の付け様もない事だし
事なかれ主義で通してきた過去の自分も悪いのだし。
その罰は甘んじて受けるしかないと思っている。
好奇の視線は今まで以上。
手塚と別れたとか、手塚を振ったとか、
挙句の果ては二股かけていたとか、三角関係だったとか、
実に耐えられない噂話の断片が耳に届く。
でも自分が悪者であるのならそれでいいと思う。
どちらにしてもこの先二度と恋なんてしない、
そう思えばすむだけの事だ。
できるだけ無心でいよう、
そんな風に思いながら昇降口に向かえば
玄関先に親友のが待ち構えていた。
「、大丈夫?」
今はクラスが違ってしまったけれど
は今でもの味方だ。
「分からない。
でもこれ以上有名にはならないよ、多分。」
自嘲気味に乾いた笑いを浮かべれば
の方が泣きそうな顔をしている。
「が学校来なくなったらどうしようって思った。
みんな、酷いよね、面白がっちゃって。」
心配してくれるの言葉がとても身にしみた。
教室まで一緒に行ってくれると言うと並んで廊下を歩けば
少しは気も紛れる。
わざとらしいとは思ったけど
が気を遣っているのが分かって
はの部活の後輩君の話に夢中になって聞いている振りをし続けた。
ところがの教室前にはすでに人だかりが出来ていて
さすがのも眉間に皺が寄る程の状況だった。
質問攻めに合いながらあの中を掻き分け
HRが始まるまで針のムシロの上かと思うと
覚悟していたとは言え、胃の痛くなる思いだった。
が近づくとその人だかりはさぁーっと左右に分かれた。
何事かと見やればその奥に不二が立っていた。
「何で?」
今この時に一番顔を合わせたくない人物が
あり得ない位ニコニコと笑いながらに近寄って来る。
チクチクと刺さる周りの視線よりも
不二の笑顔の方が怖いくらいで足が竦む。
青ざめた表情のに向かって不二ははっきりとこう言った。
「決着をつけようと思って。」
気付けば長い廊下を不二に手を取られて歩いている。
鞄はが持ってくれたような気がする。
キャーという歓声の後、の記憶は定かではない。
不二がどこに向かっているのかも分からない。
ただ真っ直ぐにに繋がる不二の手ばかり見つめていた。
「さん、大丈夫?」
しばらくして自分たちが立ち止まっているのに気がついた。
ぼんやりと声を掛けられた方を向けば
当たり前だけど不二がいた。
「不二・・・君。」
「凄い騒ぎになってるけど、大丈夫?」
再度尋ねる優しい口調には申し訳なくうな垂れる。
こんな事に巻き込んでしまって恥ずかしくてたまらない。
だから出てくる言葉はひとつしかない。
「ごめんね、不二君。」
がそう言うと不二は小さくため息をついたように聞こえた。
それがたまらなく思えてますますは俯く。
このまま小さくなって消えてなくなりたいくらいだ。
小さく、小さく・・・。
「ねえ。」
不二の柔らかい手がそっとの肩に置かれた。
「僕は何も気にしないよ。
随分前にも言ったけど、覚えてない?」
頬にそっと添えられた手のされるがままに
顔を上げれば不二の酷く真面目な視線とかち合う。
「僕はずっと君の事が好きだった。
でもさんは目立つのは好きじゃないみたいだったから。」
「えっ?」
「僕は気にしないけど
あの頃、さんの方が背が高かったから
僕たちが付き合ったらもっと冷やかされただろうね。
僕は平気でもさんは平気でいられない。
だから僕はずっと片思いだった。」
「そんな・・・。」
「僕の背が君より高くなって
君の心が強くなって
そうしたら告白しようって思ってた。
でも、中学の時は君は
とても目立たないようにしているのがわかって言い出せなかった。
だから高校になったらって思ってたけど
まさか手塚といい仲になってしまうなんて予想外だった。」
「ちがっ・・・。」
「うん、分かってる。
手塚には直接確かめてるし、釘も刺してる。
でもこんな風に君が揶揄されてしまったら
僕としてはこの機会に乗ずるしかないと思ってね。
僕と噂されるのは歓迎しても
君が悪者にされているのを見過ごすわけには行かない。
同じく人の口に立つなら
手塚から僕が君を攫った位に噂されて欲しいからね。」
少しは君の盾になれる?、と不二はをそっと引き寄せると
自分の腕の中に隠してしまうように抱きしめた。
「どう?」
「あ、あの?」
「もう何も気にする必要ないよね?」
「不二君?」
「さんも僕の事が好きって事でいいのかな?」
じわじわと広がる顔の熱は
もうとっくに不二に伝わってる。
ドキドキと弾む鼓動が五月蠅かったけど
自分のものでない別の弾む音に
は不二も同じ気持ちでいてくれる事に気付いた。
「ああ、でもこれからもっと目立ってしまうけど大丈夫かな?」
「えっ、あ、う・ん・・・。」
「本当に?」
不二に念押しされてははたと思いとどまる。
この状況、多くの目撃者、そして戻らねばならない教室を思い出し
段々青ざめる。
「あっ、や、やっぱり無理かも。」
「無理って?」
クスクス笑い出す不二を睨み付けたい思いだけど
不二の顔を見上げればただただ顔は紅潮するだけ。
「転校しようかな?」
現実逃避したい気持ちで軽く呟けば
不二の目がそんな事許さないよ、とばかりにの目を覗き込む。
鼻先と鼻先が僅かに触れそうな距離に
不二から身を引こうとしても不二は離してくれない。
不二の形の良い唇がゆっくりとの目の前で動く。
「そんなマイナー思考を吹き飛ばすおまじないをしてあげる。
もう周りの事なんか気にならなくなる。
もっと、もっと、僕の事だけ考えて。
いい?」
優しい言葉が耳に届く前にの思考はショートした。
さっきよりも不二の顔は離れて見えるのに
の唇には不二の温もりが残っている。
もう何も言えない。
不思議な感触。
そして微かに照れたような不二の笑みがとても幸せそうに見えて
いつまでも見ていたい気分にをさせた。
********
「で?
不二とはどこまでいってるの?」
あれから1ヶ月以上経ってもクラスメートたちは
の話で盛り上がろうとする。
不二と一緒に教室に戻って来た時は
もの凄い騒ぎとなってしまった。
矢継ぎ早の質問攻めはとどまる事がなく
けれど不二のおまじないのせいでは
まともな受け答えなどできるはずもなく。
不二の「僕たち、付き合ってるから」の一声で
何となく片付けられてしまったのクラスメートたちは
憶測や噂以外の事を何とか聞きだそうとウズウズしている。
「なっ//////!?」
「だってあのポーカーフェイスな不二が
の前ではメロメロなんだよ?」
「びっくりだよね?
誰にでも優しかった不二が
を凄く特別扱いしてるんだもん。
羨ましいって言うか・・・。」
「ベタ惚れだよね、不二が。
あそこまでイチャイチャされたら引くよね?」
「だよね、重いって言うか。
やっぱさ、には手塚の方が・・・。」
「随分な言い草だね。」
いつものガールズトークにも
不二は臆することなく入って来る。
ついでに言えば、不二はを特別扱いしているというよりも
周りの女子に優しくなくなったように思える。
「、友達は選んだ方がいいよ?」
さらりと毒舌を吐く不二にクラスメートは
勢いの肩を持つ事になる。
「うわぁ、何、それ。
、不二って酷くない?」
「何かが不憫に思える〜。」
「僕は正直に言ってるだけだよ。
さ、こんなとこにいないで部室の方に行こう。」
ああ、こんな連れ出され方をすれば
また噂が噂になるのに。
二人が付き合っている事はもう周知の事実なのに
不二と両思いになって心休まる時など皆無だ。
というか目立ちすぎて毎日がこんな風だと
慣れと言うものは恐ろしいもので
恥ずかしいと思う臨界点を超えてしまうと
少々の事はもうどうでもよくなる。
「不二君って心臓強いよね?」
が呆れたように言うと不二は拗ねたように切り返して来る。
「不二君、じゃなくて周助、だよね、そこ。」
「うっ////。」
「もう何言っても何やっても注目度は変わんないんだから
ちゃんと名前で呼んでよ?」
「意地悪!」
「心外だな。
僕はずーっとが手塚と噂されるたびに傷ついてたのになぁ。」
不二は悪戯っぽく笑っているが
未だに手塚との噂話だけは腹に据えかねているらしいスタンスを取る。
「そ、それ、私のせいにするの?」
「ないとは言わせないな。」
「だって私、手塚君とは何もないって言っても
周りが取り合ってくれなかっただけで。」
「うん、だからね。
何もないって事を証明するのは難しい訳だから、
何かあるって事をもっとアピールしなきゃいけない訳さ。」
連れ出された廊下でいきなり不二はに向き合うと
覆い被さるようにしてゆっくりとキスをしてくる。
その強引さには翻弄され続けだ。
きっと、教室の中からの友達たちがその様子を
固唾を呑んで見ている事を不二は絶対計算に入れているに違いない。
「ふ、不二・・・。」
「名前で呼んで。」
間近で見る不二の顔はきれいだけど凄みがある。
こんな凄い人が何年も自分に片思いだったなんて信じられない。
「ちょ・・・、しゅ、周助。」
素直に名前で呼べば不二は優しく額をくっ付けて来る。
どうしても過剰パフォーマンスを辞めるつもりはないらしい。
「何?」
「お願いだから。」
「ん?」
「学校では普通でお願いします。」
不二はクスクス笑い出すとの鞄を取り上げて
手を繋ぎ直し肩を並べて歩き出す。
手塚との噂は結局
には非がないように不二が立ち回っているだけだ。
それが痛いほど分かるから
は不二の手をぎゅっと握りしめると
その腕に自分の頭を寄せるようにくっ付けた。
いつの間にか見上げる形の不二の横顔が
とても頼もしく見える。
そしてクラスメートたちには
二人の後姿が文句なしに幸せそうに見えるのだった。
The end
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☆あとがき☆
不二は周りの目なんて全く気にしない。
でも彼女を守るためなら
どんな風に言われたって平気。
それはどのキャラもそうなんだろうけど
周りを一蹴するのではなく
身を盾にして周りの攻撃を跳ね返してしまうタイプ。
イチャイチャモードはもちろん女子の前でだけ。
不二の甘いキスに蕩けてる彼女の顔を
他の男共には決して見せはしません。
やっぱり不二はカッコいいです。
2010.9.29.