君に本気になった日のこと









 「ねえ、あれ、さんじゃない?」

 「ああ、ほんとだ。」

 「手塚君差し置いて学年一番だって。」

 「凄いって言うか、なんて言うか・・・。」

 「不二君もどこがいいんだろうねぇ。」





期末テストの結果が張り出されている掲示板の前で
は自分の名前を見上げていた。

聞きたくもない言葉はどこかよそで言ってくれればいいのに、
こっちの気持ちおかまいなしに耳に入ってくる。

どうせ勉強しか能がないんです、と開き直るも
結局何も言えず聞こえなかった振りをしてしまう。

長年の優等生のレッテルはもう剥がせない位身に馴染んでしまっているから
あえてそれを剥がそうという気にならないだけなんだけど、
それも最近どうかすると無遠慮に近づいてくる奴がいるから油断できない。

彼の手にかかると自分はどうしても調子が狂ってしまうのだ。




 「ついに学年トップまで行っちゃったんだ・・・。」


いきなり耳元で内緒話風に声のトーンを落として話しかけないで欲しい。

急激に上がる心拍数に思わず隣を睨み付けて見るものの
不二は相変わらずの笑みを浮かべていて少しも動じてくれない。


 「・・・悪い?」

 「そんな風には思ってないよ?
  っていうか、あんなに邪魔してもランクを落とさないなんて凄いね?」


そうなのだ。

不二の誕生日に魔がさしてプレゼントを投げつけたら
それ以来なぜか不二に纏わりつかれ、
一夜にして不二の彼女という新たなレッテルを貼られながらも
自身も周りも認めていないという全く奇妙な関係になってしまって。

休み時間ごとにクラスを訪問されては
今まで当たり前のように自習を続けていた時間を奪われ、
夜になればなったでメールは届く、返事をしなければ携帯が鳴る、
電源切れば家電にかけてきて、ご丁寧にも母親まで懐柔している始末・・・。

そのおかげでこの期末テストは少ない勉強時間に集中して
意地でもランクを落とすまいと必死になってしまった。

自分でも可愛げない事をしたという自覚はあったけど
これで成績が下がりでもしたらそれこそ相手の思う壺。

は嫌味を込めて応えた。


 「不二君に褒められても全然嬉しくないけど
  手塚君に勝つことが出来て嬉しいわ。」

 「手塚ねぇ・・・。
  ちょっとと連名になってるのが僕は気に入らないんだけど。」

 「そう思うなら手塚君を負かせてみたら?」


つんとすまし顔をして見せれば不二はクスクスと笑い出した。


 「な、何よ?」

 「君が望むならそうするけど?」

 「よく言うわ。
  今までトップテンにも入ったことないくせに・・・。」

 「ああ、そうだね。
  今まであんまり本気出したことなかったから。」


何ですって!?

正気で言ってるの?


は呆れたように不二を一瞥した。


 「今回ちょっとだけを見習ったら12番だったんだ。
  次、本気だせばと並んでみせる自信ならいくらでもあるよ?」

 「嘘ばっかり!」

 「君にかかると僕は相当な嘘つきになってしまうね?」


ため息混じりにそう投げかけられては黙り込む。

 
 「大体さ、嘘つきなのはの方だろう?
  僕の事好きなんだったらさ、テスト前はさっさと一人で帰らないで、
  僕と図書館デートでもしてくれればよかったのに。」


うっと言葉に詰まる。

そんな事言ったって、不二君は私の事、そんなに好きじゃないじゃない・・・。

は胸の中で反論してみる。

片思いだった頃はこうやって不二と並んだり、言葉を交わす事だけでも
自分にとってはそれはそれは夢のような事だったのに、
いまそれが現実となっていてもなんだか『凄く嬉しい』という気持ちになれないのは
どうしてなのだろうと空しくなる。

自分はいつだって不二の言葉に一喜一憂してるというのに・・・。

これ見よがしに好きなふりをされて周りからは羨望と嫉妬の視線を送られ、
未だに不二の事は好きなのに冷たい態度を取ってしまう自分は
この先どうすればいいのだろう、と思う。


 「って優等生過ぎて人に甘えるの下手なんだね。
  典型的な長女タイプ、ってとこかな?」


そこまで分かってるならもっと優しくしてよ、と言いたいのだけど
それもかっこ悪くて口に出せない。

いつも先頭に立って何かを仕切るタイプのように皆に思われて
委員長を努めたり生徒会役員になったりもしたけれど、
本当の所は誰かに引っ張ってもらわなければ動けないのだ。

だけど口をついて出る言葉は全く反対の言葉で・・・。


 「結構です。
  誰かに頼らなくちゃ生きていけないなんて
  私の辞書にはないから。」



相変わらずの冷たい台詞にも不二は余裕の笑みで返してくる。

不二が自分の事を面白がってるのは日の目を見るより明らか。

今まで不二の周りにいたような媚びるばかりの女の子たちとは違うから
それが不二の興味を繋いでいるだけなのだろう。

だから時たま見せる不二の優しさもそれは気まぐれであり
以前より格段に親密になっている姿も幻に過ぎないと
ときめく胸のうちをひとり抑えるは変なところで頑固だった。












それでも不二は客観的にどうしたっての彼氏という役を
なぜだか完璧に演じようとしている節がある。

今だってそうだ。

委員会から戻ってみれば今日は自主練だったからと
の帰りを待って一緒に並ぶ姿に驚くしかないのである。


 「…何?」

 「何って?」

 「何か用?」

 「なんでそう冷たいかな?
  一緒に帰ろうと思って待ってたのに。」


ふわりと笑う不二の顔を直視できなくて黙って鞄を取り上げると
不二は当たり前のようにと肩を並べて歩き出す。

すれ違う後輩たちが羨ましそうに囁き合ってるのが
ウンザリするほど目に付く。

不二と並んで歩いたって不二の気持ちなんてどこにあるのか全くわからないのに、
羨ましがられる自分はどうしたって損してる気さえする。



 「不二君、そうやって私の彼氏ごっこやってて面白い?」


耐え切れなくなってそう呟いたらそれでもの言葉は聞こえたらしく
不二はいつものようにクスクスと笑い出す。

 「周りの反応見てると飽きなくてさ。
  そういや、めっきり呼び出しも減って快適なんだけど。」

 「そうですか・・・。」

呆れてもう話す気にもなれない。

不二君って、不二君ってこんな人だったっけ・・・?


 「もちろん、の反応も面白いよ?」

 「えっ?」

 「こうやって手を繋ぐだけでスイッチが入れ替わるでしょ?」


意地悪い笑みが不二の口元に現れる。

指と指の間に不二の指がするりと入って来てぎゅっと握り締められると
はとたんにどう対処していいかわからなくて硬直してしまう。

男子にしては華奢な体型ではあるけれど、
不二の手は大きくて見た目以上にがっしりと力強い、
そんな事に気づかされるだけでの心臓は飛び出さんばかりにどきどきして行く。

そしてそんな自分を見透かされてる所が悔しくて
でも、不二が未だかつてその人気の割りに
誰か特定の女の子と手を繋いで歩くという噂がひとつもなかった事を思えば
自分はどのくらいの位置で特別なのだろうと思ってしまったりもする。


夕方の街並みをこんな風に歩けたらと夢見ていた頃が懐かしい。

現実化されても相手の気持ちが見えないのだから
片思いの頃の方がもっとずっとよかったと思えてしまうのだけど、
解きたくても自分からその手を解けないはぼんやりと不二について行く。


不二は今何を考えてるのだろう?


黙って歩く二人の影は妬ましいほど仲が良くて…。



 「随分大人しいね?
  そんなに手を繋ぎたかった?」


だけどやっぱり目の前の不二は意地悪で
皮肉っぽく笑われると胸がぎゅっと締め付けられるような
泣きたい気持ちにすり変わる。

 「なっ/////。」

 「手を繋ぐだけでこんなリアクションなんだから、
  キスしたらどうなっちゃうのかな?」


あまりの無神経な言葉にはかっとなって
力を込めて不二の手を振り解くとそのまま彼の頬に平手打ちを食らわせていた。

でもそんなの行動もお見通しだったのか、
難なくの平手をかわすと不二は大げさにため息なんてついてみたりする。

 「不二君なんて、大嫌い!」

 「あっ、暴力反対。」

 「ふざけないでよ。
  人のこと、さんざんばかにして…。」

 「酷いなぁ、ばかになんてしてないよ。」

 「酷いって? 酷いって何よ?
  私の事、好きでも何でもないくせに。
  酷いのはそっちでしょ?」


涙目になってるの瞳は不安そうに揺れててすごくきれいだ、
そんな風に思いながら不二はを見つめていた。

普段の生真面目な優等生とは縁遠い、
こんな激昂しているの方が何倍も可愛いと思うようになっている自分は
もうとっくに、好きでも何でもないレベルではないと自覚していた。

それを今打ち明けてもはきっと信じてくれないだろうけど…。


 「人の心を弄ぶのがそんなに面白い?
  私、不二君のおもちゃじゃないんだから…。」

 「だから、そんな風には思ってないってば。」

 「嘘つき!」

もう何度言ったか解らない台詞を吐き出すと
はくるりと踵を返して不二から逃げるように走り出そうとした。

その途端、周りを気にしてなかったは思いっきり正面にいた人にぶつかってしまい
よろけるところを相手の人に腕を取られて更に面食らった。

不二とは違うごつごつとしたその体に阻まれ、
すみませんと小声でかわしたつもりなのに相手は頑としてその手を離してはくれなかった。



 「あ…の…?」

 「ああ? 人にぶつかっておいて何だ?
  謝れば何でもすむのか?」

見上げた巨体は柄の悪そうな男だった。

 「いえ…。」

 「道の真ん中でいちゃついておいて
  挙句の果てに人の腹を叩くとはどういうつもりだぁ?」

 「叩くだなんて、そんな…。」


恐怖に身をすくめながら不二の方を見た。

不二は黙ってを見ていた。


 「後ろのやつはお前の彼氏か?」

 「えっ?」

不意の質問にそうだとも違うとも言えず
まだ腕を掴まれてる事に不二が冷ややかに傍観してる様が気になって仕方なかった。

 「おい、お前!
  こいつはお前の彼女か?」

一応制服は着てるのだからどこかの高校生である事には間違いないようだが
横柄な態度のまま、今度は不二に聞いてきた。

 「さあ?」

不二は感情のこもってない単語を発した。

いくらなんでもそれは酷いとは思った。


 「ほう? あれか。
  痴話げんかの最中ってやつか?
  ならこいつに詫びを入れさせるのに文句はないよな?」

 「えっ、な、何言って…。」

 「あいつにも、もう用はないんだろ?
  なら話は簡単じゃねーか。
  ぶつかってきたおとしまえをちゃんとしてもらわねーとなぁ。
  こういうのも運命の出会いとか言うんじゃねーのか?
  な、俺といい事しようぜ?」

きりりと掴まれた腕の痛みよりも
不二の冷たい視線の方が何倍も痛かった。

このまま見捨てられるなんてあまりにも情けなくて嫌だった。

 「不二君?」

呼びかけた声も空しく見知らぬ男に腕を引かれる。

 「不二君!」

大嫌いだと手を離したのは自分の方だったけど
それでもこの男よりは少なくとも不二の方が好きに決まっている。

それなのに不二は何もしてくれない、何も言ってくれない…。

はもう一度不二を呼んだ。


 「助けてよ、不二君!!」


不二の瞳が大きく輝いた。

不二は電光石火の如くを掴んでる相手の懐に飛び込むや
下から上にねじ込むように右の拳を相手の脇腹にめり込ませていた。

うっという男の唸る声が聞こえたかと思うと
その一瞬をついて不二はの手を掴むと「走って。」と言う声と共に
を引っ張って走り出した。









どこをどう逃げ延びたのか解らぬまま
やがて裏通りらしい人気のない所で不二はやっと立ち止まった。

全力疾走なんて体育祭でもやらないのに、とは気を抜けばその場に
座り込みそうになる自分をやっとの思いで奮い立たせていた。
  

 「ふ、不二君…。」

 「何?」

 「不二君って…意地悪だ。」

 「うん。」

 「性格、悪すぎ。」

 「うん。」

 「もっと…早く助けてよ。」


未だに繋ぎっぱなしの手は汗ばんでて
気持ち悪く思わないかなと変な心配もしてしまうけど、
それでも不二がずっと手を繋いでいてくれていることが素直に嬉しかった。

 「助けてくれないかと思った。」

 「だって、大嫌いって言われたし。
  人に頼るの、嫌みたいだったから
  自分で何とかするのかと思った。」

不二があんなに力強い拳で自分を守ってくれるとは思わなかったから
ありがとうと続けようと思ったのに、不二はやっぱり憎まれ口を叩くから
思いっきり恨みがましい目つきをしてやろうとその顔を見上げたら
あっと言う間に目の前が暗くなった。

ドサリと何かが落ちる音がして、不二が鞄を落としたのだと気づいた。

そして彼の両腕はの背中をしっかりと包み込んでいた。


 「不二…君…?」

どきどきする動悸は別な意味で更に速さを増す。


 「君が助けてって言った時、心臓が止まるかと思った。」


不二の静かな口調がとてつもなく本心を語ってるんだと思った。

 「えっ?」

 「なんか、変なスイッチが入ったみたい。」



変なスイッチって何よ?と頭で考えようとしたら
不意に不二の顔が目の前にあって、体が一瞬で固まった事だけ実感があった。

ふっと笑う不二の口元から優しい言葉がこぼれてきて
それが理解できた時にやっとキスをされたんだと気がついた。


 「僕も、鈍感なは大嫌い。」


 「な、何よ、その微妙な告白////」

 「お互い様。」

 「ちゃ、ちゃんと言いなさいよね!」

 「が言ったら、ね。」


クスリと笑う不二の顔が照れている。


 「不二君が言わなきゃ絶対言わない。」

 「アマノジャク。」

 「そっちこそ!」

 「わかってないな、は。
  僕は…いつでも態度で示せるんだからね。」





足元に伸びる二人の影は再び重なり合っていた。


そしてはこの時、不二の本気を軽視していた事を
後に後悔する事になるだろうとは露ほども考えてはいなかった…。















The end



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☆あとがき☆
 なんか微妙だ…。(苦笑)

2008.4.28.