たとえばこんなスリル…
「で、どこにいるんだ?」
恐る恐る携帯を耳に当て直せば
不機嫌極まりない部長の声がまるで木霊してるみたいに響いてきた。
「あ、あの、だから、学校に行くともっと遅くなるので
電車で直行します。」
それだけ言うのがやっとだった。
まさかまさかの失態、全国大会の初日、
あろうことかマネージャーの私は寝坊して
とりあえず駅に向かう途中で部長の携帯に連絡を入れた。
「全く…。それで、迷わずに来れるのか?」
それに答える自信はなかったけど
まさか地図を読めない女だなんて
この期に及んでそんな事は言えるはずもなく、
私は小さな声で手塚の眉間の皺が増えない事を祈りながら答えた。
「た、多分。」
最寄の駅から都心まではさほど時間は要さない。
けれど普段あまり電車に乗らない私にとっては
迷路のような路線図を見上げながら
目当ての駅までたどるには
それが本当に正解なのかどうか確かめる術がない。
こんな事なら乾にいろんな行き方を聞いておくんだったと
そう思っていたら携帯が元気付けるように鳴り出した。
「もしもし?」
「、寝坊したんだって?」
開口一番、耳元でクスリと笑われた気がして
さっきまでの心細さはどこへやら、思わず語気が強くなる。
「悪かったわね。」
「だから迎えに行くって言ったのに。」
「お気遣いなく。」
全く誰のせいでこんな最悪な朝を迎えたと思ってるのよ。
携帯を左手に持ち変えると、私は適当な料金のボタンを押して
切符とおつりを握り締めた。
「心配だな。」
「子供じゃあるまいし、試合開始までには十分時間はあります!」
「うーん、そういう事を心配してる訳じゃないんだけどね。」
「心配していただかなくて結構です。
対戦相手の事でも考えてれば?」
「無理な事、言わないで欲しいな。
僕はの事しか考えられないって言ったよね?」
今までマネージャーとして、そりゃあそそっかしい事もあったし、
手塚にはその適当な性格は直らないのかと嫌味を言われた事もあったけど、
でも、自分で言うのもなんだけど一生懸命頑張ってきたつもりだった。
先輩方が成し遂げられなかった関東大会を突破し、
無名だった青学が全国大会の有力候補と肩を並べることができた。
あともう少し。
みんなの、そして私の夢が叶う日がやって来た。
戦力にはならないかもしれないけど、
気持ちはいつだって前線に並ぶ戦友と同じだと思っていたのに…。
『全国大会で勝ったら、僕のものになってね。』
昨日の夜、早起きは苦手だからと早目に布団に入っていたというのに、
人の迷惑顧みず、ずっと前から君が好きだったから、と
携帯越しに告白され、そのまま眠れなかった責任は全部彼のせいだ。
今までチームメイトとして応援してきたのに
あんな事を言われてどんな顔をして応援したらいいのか、
そんな事を考えてる時点でもうすでに不二の思惑通りな気がして
どうにも朝からやり切れない。
「真面目に試合しないと負けるよ、不二?」
「負けたら慰めてくれる?」
「まさか! 不埒な事を考えてるからそうなるのよ、って
あざ笑ってやるわ。」
「酷いな。」
「酷くない!」
携帯を無造作に閉じて鞄に放り込むと
入ってきたばかりの電車に飛び乗った。
景色を見るふりをしながら、車窓に映る自分の顔に
優勝できなかったら一体どうするつもりなのよ、と
嘆いてみせた。
降りる駅が近付くたびに乗り込んでくる客の数は段々増えてきて、
入り口近くに立っていた私の体はどんどん奥へ流されていった。
制服姿の子もいれば、選手なのか大きなテニスバックを持ったジャージ軍団もいる。
見知った色のジャージがないということは、
きっと不動峰も氷帝も専用バスで向かったのだろう、
そんなことをぼんやり考えていたら、急に電車は大きく右にカーブした。
つかまる物がなくてとっさに足でふんばったのだけど、
私のバックは既に誰かの体と体に挟まれていたようで
そのままバックに引っ張られるように私はバランスを崩した。
「やー、大丈夫かぁ?」
のんびりとした声が小さく聞こえ、
私は誰かの腕に支えられながら、でも確かにこれは
抱きとめられてる格好で、次の揺れがなければ体勢を立て直せない状態に
思わずすみませんとしか言えなかった。
「だぁ〜、わんは大丈夫さ〜。」
独特な言い回しと明るい声が悪い人ではなさそうで
少しだけずらした視線の端に、見慣れぬ二文字の漢字が読めた。
「ヒ…ガ?」
「ああ、わったーは沖縄さ。
やーはどこ?」
「やー?」
「あー、お前はどこの学校、ゆう意味さ。」
方言って難しいけど、なんとなくその堅苦しくない雰囲気が
初めての人なのにもう既に友達のような感じがする。
「青学。関東の代表校の青学です。」
「選手?」
「え?ち、違います。マネージャーです。」
「しんけんか?」
「は、はぁ…。」
「いいはずよ〜。」
「…。」
ちょっと会話が噛み合ってない気もしたけど
どうせこの電車を降りればもう会うこともないだろうと
適当に返事をしていた。
見知らぬ男子と満員電車とは言え、この密着は予想外で、
不二が見たら殺気立つだろうなあ、と考えると、
なんだか無性におかしくなった。
うん、不二を焦らせたら、昨日からの憂鬱は一気に晴れるかもしれない。
電車がホームに着くと、背中が一気にすうすうしてきて、
気づくと比嘉の選手に手を引かれてホームに降り立っていた。
「なあ、やーの名前、教えて?」
「名前?」
「わんは平古場凛。」
見上げると眩しいくらいの金髪が目に入ってきた。
多分先に平古場君の金髪を見ていたら
怖くて気軽に話なんてできなかったかもしれない。
でも平古場君は私の手を握ったまま笑っていた。
「青学の…。」
「か。もうおぼえたさ〜。
な、全国大会終わったらデートするばー?」
「えっ?」
「やーは しにタイプさ。」
「しに…?」
「すごく俺好み、ゆうこと。」
なんか人懐こい笑顔だけど、NOと言わせないこの強引さは
青学の誰かさんを思い出させる。
「平古場君ってモテルでしょ?」
「はぁ?なんでよ?」
「だっていきなりすぎるよ?」
「だぁ〜、凹むさ。
マジじゃなきゃ遠恋覚悟で口説かないさ〜。」
「じゃあ、こうしよう?
もし青学に勝ったら付き合ってあげる。」
「たしかかぁ?」
「うん。」
私、かなり悪者だ。
平古場君の嬉しそうな笑顔が気の毒になったけど
誰かさんに対する嫌がらせとしては上等かもしれない。
改札口の向こう側に不二の姿を見つけると
私はもう胸の高鳴りを抑えることが出来ない。
「ねえ、平古場君。」
「何?」
「青学にはね、天才がいるからね?」
繋いでいた手を振り解いてじゃあね、と小さく振れば、
平古場君はきょとんとした顔をしていて、
私の言った意味はきっとテニスコートの中で始めて理解してくれると思う。
さあ、改札を抜けたらもう試合は始まったも同然。
不二の顔が険しくなっていた事なんてお構いなしに
今度は私が不二の手を取って試合会場まで走ろうと思った。
ねぇ、不二。
私のために勝ってくれるんでしょう?
THE END
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☆あとがき☆
99作目は不二VS平古場!
沖縄弁は全くわかりませんので、
どうかドキサバの凛君の口調を思い浮かべて下さい。
あ、でもこんな私情まみれの試合なんて
手塚に怒られるだろうなあ〜。(笑)
2007.7.12.