新入生、歓迎します
「!」
ホームルームが終わって部活に行くべく
ロッカーから荷物を取り出していたら
教室の出入り口から不二が声を掛けてきた。
「竜崎先生が部活前に職員室に寄って、って。」
「あ、うん、わかった。」
隣のクラスの不二がわざわざ伝言を持って来たのには驚いたが
きっと6時限目が数学だったのだろうと当たりをつける。
去年同じクラスだったのに
今年は違ってしまったら途端に話す機会も減った。
だからこうして声を掛けられるのは
久しぶりだったなと感慨深く思えて少し可笑しかった。
不二とは同じテニス部なのに
男子部と女子部は他人が思うほど近くない。
方や全国区を目指す男子テニス部は練習量も練習内容も
女子部とは全く方向性が違ってしまって実の所、交流は思いのほかない。
だから不二とも去年クラスが同じにならなかったら
ほとんど話すこともなく卒業しただろうと思われた。
今年も新入生が数多く仮入部届けを出しに来ているが
男子部と交流が少ないと知れば
今年の脱力組も半数以上に上るのだろう。
鞄を手に教室を出ると不二の顔が綻んだ。
「どうしたの?」
不二が自分を待っていたとは当然考えられなかったから
その不二の笑顔に戸惑いの声を掛けてしまった。
「僕も職員室に用があるから一緒に行こうと思って。」
そう言って不二が並んで歩き出すから
仕方なく前に向き直った。
不二の脳天気さは去年嫌と言うほど身にしみていたので
返す言葉もない。
不二のこの気安さによって引き起こされる迷惑は半端ではなかった。
一体どの位の嫌味を言われた事かと思い返すも
それを本人に言うのもどうかと思われ小さくため息をつく。
不二が悪い訳ではないと思うから。
「何?」
「何が?」
「今、ため息ついてたから。」
そんな所は聡い不二を軽く睨みつける。
「何でもない。」
聡いくせに睨み付けるの表情を
汲み取ろうと言う気は無いらしい。
逆にニッコリと微笑まれてしまうのだから
肩の力が抜けてしまう。
こんな事が何度もあれば
と不二が付き合っている等と、勘違いも甚だしい噂が
一人歩きしてしまう訳だ。
は慌てて視線を不二から外すと
眉間に皺を寄せた仏頂面でわざと
不二とは仲良く並んで歩いているのではないと
言いたげに足早に歩き出した。
「そんなに慌てて行かなくても。」
傍らでクスリと笑われる。
そんな様もきっと周りから見れば
誤解されやすい場面のひとコマになってしまうのだ。
「だって今日は1年生たちが集まるし、
一人じゃきっと収拾つかなくなるわ。」
男子部目当ての1年生の目を
女子部に集中させるのは毎年困難を極めるのだ。
やる気が無いなら入部希望なんて出さなきゃいいのに、
とはこれから数日間の練習にならない部活を思うと
また別のため息が出てしまう。
「大丈夫だよ。
手塚が何とかしてくれる。」
「えっ?」
「今日は女子部のコートに
男女とも1年生を集合させるから。」
不二の言葉に思わず視線を向けそうになってしまった。
そんな話、は聞いてない。
「僕は手塚の代わりに職員室に行くんだ。
その方が僕にとっても好都合だし、
コートの方は手塚の方が適任だしね。」
何とも理解しがたい事柄に頭はついて行かないけれど
職員室までの廊下を通り過ぎる時に向けられる
同級生たちの好奇と羨望の眼差しに落ち着かない。
「ねえ、聞いてる?」
「えっ? ああ、うん、
手塚君がいれば多分大丈夫だね。」
やっと着いた職員室にほっとしながら
不二の後から入ろうと思って立ち止まったら、
さり気なく背中を押されて
「レディーファーストだよ。」と耳元で囁かれてしまった。
その瞬間、背中に当たった不二の手の辺りが熱く感じて
の顔は一気に紅潮した。
不二が女子にこんな風に優しくするのは熟知していたはずなのに
まさか職員室の入口で自分がされるとは思ってなくて、
いや、もちろん先生方は誰もそんな些細な事に気付く訳ないのだが
は不意打ちに恥ずかしくなって下を向いてしまった。
二人並んで竜崎先生の前に立つと
先生はパタパタと薄いノートで顔を扇いでいた。
「ああ、やっと来たね。
今日の新入生の顔合わせの件は了承したからな、不二。」
「ありがとうございます。」
「去年、女子部の2年がほとんど辞めてしまって、
気にはしとったんだがね。
まあ、1年が多ければたちも
雑用をしなくとも済むだろうね。」
「えっ?」
まじまじと竜崎先生を見れば、
何だ、女子部の部長は何も聞かされてないのか、と鼻で笑われた。
「あの、よく分からないんですが、先生?」
「男子部からの申し出じゃ。
この1週間、新入生歓迎の合同練習をするそうだ。」
「合・同・練・習?」
「そうじゃ。
今まで交流が無さ過ぎて面白みに欠けていただろう?
テニス部だけじゃ、仲が悪いのは。」
「はぁ・・・。」
突然の話には考え込む。
ただでさえ男子部に憧れている女子部の新入生に
そんな機会を与えてしまってはさらにうわつくばかりではないだろうか。
「まあ、悪いのは卒業していった上の奴らのせいでもあるんだが。
どういう訳だが入った時から仲が悪かったからね、
ついそのままにしてしまったんじゃが・・・。
しかし、お前たちはそうでもなさそうだし、
女子部にとっては男子部が助けてくれれば
技術面でも得るものは多いだろう。」
「で、でも、それじゃあ、男子部は練習にならないんじゃ・・・。」
「新入生が定着する1週間だけだし、
手塚も別段悪くは無いって言ってたよ?」
さらりと不二が横から答えた。
男子部の部長が了承してるならには口を挟む気はないが、
到底あの堅物の手塚が女子部の練習を見るとは思えない。
「でも、先生。
女子部の1年はそんなに真面目じゃないと思うのですが。」
「男子部に憧れて入部するのがそんなに悪い事かの、?」
「い、いえ。
でも、うわついた気持ちで中途半端な練習されても・・・。」
「。
この1週間でお前の言ううわついた奴らは振り落とされる。
心配する事は無い。
ただの憧れで入部したとしても
気持ちの強い子は真剣にテニスをするもんだよ。
まあ、それもお前たち次第じゃ。」
「えっ? それはどういう・・・。」
竜崎先生は机の上の企画書らしい用紙にポンと印を押すと
それを持って立ち上がった。
「これは校長に私から進言しておこう。
さて、、詳しい事は不二が説明するだろう。」
不審がるを他所に竜崎先生はにんまりと笑った。
「では、先生、失礼します。」
ポカンとする間もなく、今度は不二に手首を掴まれ、
引っ張られるように職員室を出た。
入口近くの先生方にその様子をしっかり見られてしまい
はまた耳まで赤くなるのを自覚した。
「ふ、不二君、ちょっと待って。」
不二の手を振りほどくように立ち止まれば
不二は仕方無さそうにを振り返った。
「まだ何か私の知らない事があるんでしょ?」
「まあね。」
「じゃあ、もったいぶらないで教えてよ?」
真っ直ぐに不二を見上げたら
不二は嬉しそうに笑った。
「今?ここで?」
「ここじゃだめなの?」
「僕は構わないよ。」
不二の意味ありげな瞳に吸い込まれそうだった。
何でかな、顔が近いんですけど?
「。」
「な、何?」
「僕と付き合ってもらう。」
「へ?」
訳も分からず、と言うのはこういう状態なのだろうけど
は見る見る自分の顔が熱を帯びるのを自覚していた。
前後を考えれば不二はテニスに付き合って、という話なのだと
頭では分かっていたはずだったのに、
そう、やっぱり訳も分からず真っ赤になって
自分が言葉の意味を勘違いして反応している事に
どうしようもない位照れていた。
耐え切れなくてふいっと視線を外せば
ここがテニス部のコートへの通り道だった事に気づく。
真新しい制服に身を包んだ新入生たちが
ちらちらとこちらを見ながら歩いていくのが見えた。
ああ、またやってしまったと気づいた。
もはやこれは告白の現場に見えない事も無い。
だってまさに自分が勘違いしているのだから・・・。
「明日にはまた注目の的だよ?」
「分かってたなら自重してよ?」
「だから一応ここでいいの?って聞いたのに。」
不二はクスクス笑い出す。
「でも、勘違いじゃないからね?」
「えっ?」
「公私ともよろしく!」
一瞬目の前が暗くなったと思ったら
不二のさらりとした髪がの頬をくすぐった。
かすかに残る唇の感触がいつまでも消えなくて
呆然としてしまった。
「ごめん。
我慢できなくてキスしちゃった。」
そんな声が耳に入って来て腰を抜かしそうになったけど
不二がしっかりの手を繋いで歩き出したから
自然に重い足はつんのめるように動き出した。
聞けば3年生でまともに試合に出れるのは女子ではとだけだったから、
団体戦での関東大会予選突破は無理と踏んでの
男子部からの申し出が、全国大会後のミクスド大会へのエントリーだった。
最近のフォームが変わったなと思ってはいたけど
それが手塚の指導の賜物であるとはも知らなかった。
コートに入ればあの無表情な手塚が
と一緒に新入部員たちに部活の説明をしている姿が見えた。
心なしか二人の背中が寄り添っているように見える。
「不二君はいつから知ってたの?」
「手塚との事?
今年に入ってからだよ?」
「じゃあ、ミクスドの話は?」
「それは竜崎先生が勝手に盛り上がってるだけなんだけど、
どうせなら合同練習でミクスドのデモを見せるのもいいかなって。
あ、それは僕の提案だけどね?」
「えっ? これから?」
「仲のいいとこ、見せ付けたいからね。」
ニッコリ笑う不二を新入生たちが息を潜めて見つめている。
みんな、かっこいいって思っているんだろうな。
この中からに対抗心を燃やす後輩がどの位出てくるのだろう、と
は新たなる悩みにため息が出そうになった。
The end
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☆あとがき☆
ちょっと時期的には過ぎてしまったけど
立海大の新入生歓迎シリーズをいつか
不二でもやってみたいなって思っていたので
期せずしてこんな形となりました。
しかし結局新入生は歓迎してないような・・・?^^;
2010.7.14.