初 彼 の 始 ま り は
「おめでとさん。」
新年を迎える時報と同時にその声は私の携帯から届いた。
「あ、明けましておめでとう。」
「まさかもう寝るところやった?」
「ま、まあね。」
クラスメイトの忍足は確かお正月は実家に戻るって言ってたから、
この電話は大阪からだろうか?
私はベッドの中でまだ温まらない布団にくるまって、
不意にかかってきた携帯を握り締めると
耳元だけが熱くなってくるような感じにドキドキしていた。
「は初詣とか行くん?」
「うん、毎年行くよ。
今年もと行こうかと思ってたんだけど…。」
「なんや?ドタキャンか?」
「えっと、ほら、クリスマス会で上手くいっちゃったみたいで…。」
私は言葉を切った。
クラスで盛り上がった去年のクリスマス会。
あの時のことは忍足にはどうってことない事だったのかな、なんて、
今更ながらに思い出すと胸の奥がぎゅっと締め付けられるようでちょっぴり切なくなる。
********
事の発端はの一言だった。
「あんたさ、忍足と仲いいんだから誘ってみてよ?」
「えっ、なんで?」
「だって今年で終わりじゃん?
毎年クリスマスにテニス部は跡部のクリスマス会に出ちゃってさ、
一度くらいクラスの方にも顔を出せって言いたくなるじゃん。」
「でも、私が誘ったって変わんないと思うけど。」
「そこをさ、可愛くウルウルとお願いモードで下から見上げればさ…。」
「そんな事出来るわけないじゃん。」
「そっかなぁ〜。がどうしてもって言えば、
案外来る様な気がするんだけどなぁ。」
そりゃあ、私だって忍足が来てくれれば素直に嬉しい。
でもこのクラスにはテニス部の親衛隊の子が何人かいるから、
忍足が来たところでその子たちがべったりと付きまとうから
まともに話すら出来ないとは思う。
なんたって、忍足と二人でクラス委員をやってるからっていうだけで、
結構つんけんとした態度で睨まれる事も少なくなかったし。
でもこれで忍足がクラスのクリスマス会に出る事になったら、
親衛隊の子からお礼ぐらい言われるかも、とそんな風に思ったら少し笑えた。
「あ、忍足君、いい所にいた。」
図書館に行く渡り廊下で忍足を見つけ、
昼休み中に本を借りようと思っていたけどそれはまたにするとして、
思いついてすぐに声をかけた。
缶コーヒーを片手に持っていた忍足は私を見つけると
いつものように目を細めてふっと笑いかけてくれる。
私は忍足のそんな自然な笑みを見るのが凄く好きだった。
「なんや、、用か?」
「いえいえ、たいしたことじゃないんだけど。
ちょっと頼みごと。」
「あ〜、の頼みやったらええよ。」
「ほんと?」
「あれ、信用してへんの?」
「だって、言ったら忍足君、あんまりいい顔しないかも、って思う。」
私がそう言うと、忍足は怪訝な顔をした。
「どんな事や?」
「あのさ、今度クリスマス会をクラスでやるんだけど、
2次会だけでもいいから顔を出してくれないかな、なんて思って。」
「どこでやるん?」
「1次会はファミレス借りる予定だけど、
夕方からは駅前の大きなカラオケBOXになると思う。
あっ、でも何人来るかわかってないから場所もまだはっきり決まった訳じゃないんだけどね。」
そう言うと、意外にも忍足は悩んでるみたいだった。
「そうやなぁ…。」
「やっぱり無理だよね。」
「はどないすんねん?」
「えっ? 私?
1次会は出るけど、2次会はまだ決めてない。
私、あんまりカラオケとか上手くないし。」
「そうか。
行けたとしてもほんのちょこっと顔出すだけとかになるで?」
半分諦めてたから、忍足の言葉に思わず凄く嬉しそうな顔をしてしまった。
「えっ、ほんと?」
「あ〜、そない期待されても困るんやけど。」
「わっ、私じゃなくてみんなが喜ぶと思って。」
もしかして顔が赤くなってないといいな、なんて思ったけど、
きっと私の恋心なんて見透かされてるかもしれない。
でも私と忍足の関係は友達以上でもそれ以下でもなくて、
この1年、ずっとクラス委員をしてきて仲がいいと噂されても、
私が期待するような事は何一つ起こらなかった。
それがもどかしいといえばそうなんだけど、
だからと言って私から告白する勇気もない。
「せや、行けそうやったらに連絡するわ。
その時に店の場所とか教えてくれたらええわ。」
「うん、わかった。」
********
「はぁ〜?誰とがやって?」
「だから宍戸君と。」
「初耳や。いつの間に…。」
「宍戸君も後から合流したみたいで。」
「宍戸もって、俺は合流してないで?」
「…そうだね。」
合流はしなかったけど、
だけど会いに来てくれたんじゃなかったの?
********
2次会へと移動中、横断歩道を渡り始めようとしたら携帯が鳴った。
「もしもし?」
「あ〜、、俺や俺!」
「ああ、おっ!」
「名前、口に出したらあかんよ?
そのまま横断歩道を渡らずに聞いとって?」
携帯の向こうで忍足が笑っているのがとても近くに感じた。
「今、どこ?」
「あのな、のすぐ近くにおるんよ。」
「えっ!?」
「2次会な、出てもええんやけど、そうなるとすぐには帰して貰えんやん。
そやからパスするわ。」
「そっかぁ、残念だね。」
「けど、と二人ならお茶してもええで?」
あまりの突然の言葉に携帯がすべって落ちそうになった。
ドキドキしてきて、今の言葉の裏には何かあるんだろうかと、
必死で考えてしまった。
「ほら、仕事納めみたいな奴や。
委員長同士のご苦労様会。
この後も用があるから、長くは居られへんけど、
ケーキくらい一緒に食べようや。」
みんなが行ってしまった後も私はしばらく横断歩道の前で突っ立っていた。
振り返るのが嬉しいような怖いような、
だけど忍足と二人で、ほんの数十分でも一緒にクリスマスを過ごせるかと思うと、
そこに他意はなくても充分幸せだった…。
だけど満ち足りた気分は長くは続かなくて…。
「冬休みはずっと大阪やから、
正月明けまで会えへんなぁ。」
********
2次会で合流した宍戸君は前からに気があるらしいって噂はあったけど、
それをクラスのみんながどうなの?どうなの?と冷やかしたら、
突然宍戸君が大真面目に開き直ってに告白したらしい。
私にはそれがとても羨ましい話に聞こえた。
「それでね、宍戸君が初詣はと一緒に行きたいから、
2年の鳳君を紹介されたの。」
私は新年早々こんな話を忍足としてると思うと変な気分だった。
鳳君は同じクラスの宍戸君とはペアだったから、
時々3年のクラスにも顔を出していて、
宍戸君と席の近かった私とも挨拶程度はする仲だった。
というより、鳳君が人懐っこくて、
どこか癒し系のその笑顔に、いつの間にか知り合いになってたって、そんな感じ。
だけど鳳君が私に話しかけると、とたんに忍足がいつの間にか鳳君を引っ張っていくのは、
少しは気になってくれてるのかな、なんて思ったりして、
ちゃっかり自分に都合の良い様に解釈しては幸せだったんだけど。
「なんやて? 長太郎と二人で行くんか!?」
「あ〜、うん、そういう事になるかなぁ。」
「なんでそういう事になるんや?
あかん!!あかん、あかん!!」
忍足の声が急に大きくなって、私はベッドの上に起き上がってしまった。
なんだか寝ながら聞いちゃいけないような、お説教されてる気分…?
「な、何が?」
「長太郎や!」
「でも、断る理由がないし…。」
私がそう言うと、携帯の向こうで思いっきりため息をつかれた気がした。
「あんな、俺がどんだけ我慢しとると思うねん?」
「我慢?」
「ああ、あかん。やっぱ、東京と大阪じゃ、遠すぎてあかん。
やっぱ、戻るか…?」
「えっ?な、何で?」
「そや、これから朝一番の新幹線でそっち行くわ!
うん、それがええやろ。
長太郎には元旦と言えども自主練や言うとくし、
うん、ま、そういう訳やから長太郎との初詣はなしや。」
「ちょ、ちょっと、忍足君?」
今度は私が大きな声を出してしまった。
だって、家族とお正月は過ごすから冬休み中はずっと向こうだって言ってたのに。
「なんか問題ありか?」
「問題っていうか、そ、その、朝一番の新幹線って?」
「そんなん決まっとるやろ、善は急げや。
俺な、こう見えても初詣は家族以外とは行った事ないねん。
やっぱ、初詣は彼女と行きたいやん?
こっちで男一人で初詣なんか行ったら気色悪いわ。
って、そんな事はどーでもええねん。
ほんとはな、神社がすいてから行こう思うててん。
親衛隊の奴らに見られたら今までの苦労が水の泡やし。
正月早々に嫌な思いはさせとうないしな。」
「えっ?」
「けど、長太郎はあかん。
あいつは結構手が早いし、絶対俺のおらん時狙ってんのバレバレや。
つうか、の声聞いたら、すぐにでも会いとうなってん。
はどうなん?」
「ど、どうって言われても。
…でも、忍足君と行けたら嬉しいかも////」
なんかもう眠れそうにない展開なんですけど?
「…あんな、俺、初詣行かんでも、願い事叶ったみたいなんやけど、どないする?」
「うん////。私もね、もう叶ったみたい。」
それでもやっぱり二人で初詣には行きたいから、
忍足は始発に乗るからと張り切っていた。
お礼参りはおおとり神社にした方がいいのかな、なんてね。
The end
Back
☆あとがき☆
2007年一発目は絶対忍足で、というご要望が密かにありまして、
ちょっとお正月過ぎてしまいましたが、
(相変らず更新速度は超低速で申し訳なく思っていますが)
それでも今年もどうかよろしくお願いします!
2007.1.12.