ハツ・コイミノリ






 「ちょっと年賀状出して来るね。」


数枚のハガキを手にブーツを履いた。

学校へは履いて行けないファー付きのブーツは
去年のクリスマスに母親に強請って買ってもらった。

結局冬休みにしか履けないから
近所への買い物にもこのブーツを履くしかない。

どんよりと曇った寒空の下、ちょっと離れたコンビニ前のポストに行くのは
面倒臭くもあったが、自分が出さなかった相手から来た賀状を無視する訳にもいかず
はこれまた祖母にもらった長めのファー付きマフラーに顔をうずめて歩いた。

期待した人からは年賀状は来ず、
別に出さなくてもいいかと思った後輩たちから年賀状をもらって
はちょっと複雑だった。

今頃どうしているのだろう?

そんな事を思いながらハガキを出すと、
コンビニに寄ろうかどうかと思い悩む。

せっかく可愛い恰好をしているのに
コンビニに寄って家に帰るだけなのは情けなくもある。

どうせなら駅前まで足を伸ばそうか?

それとも誰か呼び出してカラオケにでも行こうか?

意味もなく携帯を取り出して電話帳を眺める。

でも今日あたり、呼び出してもすぐに出て来れる友達がいるような気がしない。

諦めて家に戻ろうかと思ったその時に不意に聞き覚えのある声に呼び止められた。


 「? ああ、やっぱりだ。
  わあ、すごい偶然!」

びっくりして振り返れば、幸村が大袈裟に手を振っている。

こちらに近づくのを呆然と眺めながら
偶然に出会った事よりも幸村の頭の上が気になって仕方がなかった。

 「明けましておめでとう。」

 「あ、うん、明けましておめでとう。」

 「今年もよろしく。」

 「こ、こちらこそよろしくお願いします。」

慌てて挨拶すれば幸村はクスクス笑っている。

 「な、何?」

 「ううん。の私服姿、可愛いなあって思って。」

かーっと熱くなる頬を両手で押さえながらそれでも
不思議そうに幸村を見上げた。

 「ゆ、幸村君こそ。」

 「えっ?」

 「だって。」

黒のロングコートを着てまるでモデルか何かのようにキメているのに
幸村の頭にはふわふわの猫耳風の帽子がのっかっている。

とてもアンバランスなのに、それはそれで似合っていなくもなくて
神の子は何でも許されていそうで驚かない訳にはいかない。

の視線に気が付いて幸村はゆっくりと帽子を手に取った。


 「これ、可笑しい?」

 「う、ううん、そんな事ないけど。」

 「ふふ、正直に言っていいよ?」

 「えっ?ううん、とっても可愛いよ?
  私、そういうの好きだもの。」

 「ほんと?」

 「う、うん。」

の返答になぜか幸村は嬉しそうに帽子を見ている。

そんなにお気に入りの帽子なのかとますます気にかかる。

 「これね、クリスマスに買ったんだ。」

もらったんだ、の間違いではないのかと幸村の顔をじっと見つめていたら
ふと視線が合って幸村は上機嫌な笑い声を上げる。


 「自分用じゃないよ?」

 「えっ、あ、うん・・・。」

 「こんなのいきなりあげたら、びっくりして引かれちゃうかなぁ、って。」


なんだ、そういう事なのか、と合点がいった。

可愛い帽子が似合う女の子。

誰かは知らないけれど、
やっぱりそういう人がいたんだと思い知らされる。

幸村の手の中の帽子を見ながら
偶然に出会えた事も切なくなりそうだ。

まだ今年は始まったばかりなのに、がっかり感は否めない。


 「どうしようかな、って思ってるうちに年が明けちゃってさ。」

新年早々、幸村の彼女の話を聞かされる事になるなんて思ってもみなかった。

年賀状なんて出さなければよかった、とは心の中でため息をついた。

返事が来ないはずだ。


 「そうしたら年賀状が来ちゃって。
  柳あたりなら上手い文句を書くんだろうけど
  俺はそういうの、得意じゃないし。
  それよりやっぱり会いたいな、って思ったし。」

流れでこんな風になってしまったけど、
どう相槌を打てばいいのか分からない。

 「家は知らないけど、もしかしたら会えるかなって思って。
  まあ、途中で会えなかったら何とか探し出すつもりで家を出たんだけどね。
  これは成り行きで持って来ちゃったんだけど・・・。」

今度はゆっくりと幸村はまるで王冠を差し出すかのように
の頭上にその帽子を持ち上げた。

 「もらってくれるかな?」

誰が?と聞くのも無粋な事だろうし、
「いいともー」なんてふざける場面でもなさそうだった。

けれど意外な事に幸村が持っていた帽子は
の頭にすっぽりとそのまま収まってしまった。

 「えっ、あの?」

 「思った通り、凄く可愛いよ。」

真顔で言われた言葉に頭の中が混乱している。

試されているのだろうか?

彼女に渡す時の予行練習なのだろうか?

可愛いと言われたのは自分なのか、後で渡す彼女の事なのか?

予測できない幸村の行動に、やっぱり幸村の考えてる事が分からなくて
ぼうーっとしていたら幸村がの目の中をじっと覗き込んで来た。

 「あれ、分からない?」

はこくりと頷く。

頭の上の帽子を取っていいのかどうかも分からない。


 「だから、遅くなったけどクリスマスプレゼント。」

 「これ?」

 「そう。」

念押ししてみたけどクリスマスプレゼントが
何で自分の頭にあるのだろう。

 「誰の?」

仕方がないので一応聞いてみる。

 「君の。」

 「な、何で!?」

 「何で、って、それはだから。」

 「えっ、全然分かんない。」

からかうにもほどがある、とは思うのだが
目の前の幸村は今はとても真面目な顔。

今更ながらに恥ずかしくなって横を向けば、
コンビニのガラスに自分の姿が映っている。

猫耳の、白くてもこもこした可愛い帽子が自分の頭にある。

可愛い、凄く可愛い。

凄く自分に似合ってる。

というか、凄く欲しい帽子なんだけど・・・。


 「がくれた年賀状にさ。」

幸村の言葉に反射的に顔を戻す。

自覚しているけれど、今はもう顔は真っ赤に違いない。

 「幸村君にとっていい年でありますように、って書いてあっただろ?」

 「うん。」

 「俺はそのまま、君に返したいな、その言葉。
  俺の願いがそのまま、にとってもいい年であるように、って。」

幸村は今度は黒いコートのポケットから1枚のハガキを出して見せた。

そこにはボールペンだったけど、少し大きな字ではっきりと書かれていた。


  『と一緒にいい年でありますように』

幸村はそれをの手に渡した。

 「つまりね、今年はと友達以上になりたいっていう意味なんだけど。」

あまりにも唐突で、夢みたいな幸村の言葉に
今目の前にいる幸村が本当に自分の知っている幸村なのだろうかとさえ思ってしまう。

自分の願望だけで幸村の言葉を聞き間違えていないだろうか。

これが初夢だったというオチではないだろうか?

そんなバカげた考えがちらっと浮かんだけど
火照った頬を冷ますかのような風の冷たさに
これは現実なのだと引き戻される。

 「、俺と付き合ってくれるかな?」

 「あ、あの、私でほんとにいいの?」

 「もちろんだよ、じゃなくちゃ。」

 「夢じゃないよね?」

 「ほっぺた、つねってもいい?」

意地悪そうに目を細める幸村が手を伸ばして来るから
は思わず半歩後ろに下がった。

 「だ、大丈夫。
  ただ、実感がわかなくて。」

 「それは困るなぁ。
  この後、は何か用があるの?」

 「ううん、ないけど。」

 「じゃあ、どこかでお茶でもしようよ。
  コンビニ前で立ち話、で終わっちゃうんじゃ
  ますます実感わかないまま帰す事になっちゃいそうだ。」

 「そ、そんな事ないと思う。」

が大事そうに年賀状を胸に抱いている様に
幸村は参ったな、と呟いた。

 「ね、それ、ポケットにでもしまってよ。」

 「あ、うん、落としたら大変だもんね。」

 「あー、そうじゃなくて。」

歯切れの悪い幸村にが小首を傾げると
幸村は照れ笑いを浮かべながら右手を出して来た。

 「をさ、しっかり捕まえて置かないと落ち着かないっていうか、
  俺の方が実感わかない気がして。」

 「えっ?」

 「今年最初の、正真正銘の初デートだからさ。
  手をつないで歩きたいんだ。」


幸村の言葉ではまた頬の熱くなる感じにのぼせそうだった。

平凡だと思っていた冬の町並みは今ではまるで違っているように思えた。











The end

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★あとがき★
 クリスマスをちゃんと迎えたかったです。(苦笑)
とりあえずこんな形から今年もゆるゆると
頑張りたいと思ってます。
2013.1.9.