先輩からの贈り物
「やあ、休憩中ですか?」
が青学レギュラー陣にドリンクを渡し始めた時、
後ろから落ち着いた声が聞こえてきた。
聞き覚えのある懐かしい声には思わず不二に渡すはずのドリンクを落としそうになった。
そしてその狼狽振りにレギュラーのほとんどが注目していた…。
が振り返ると、そこには元部長の大和先輩が立っていた。
「せ、先輩…?」
「おや、どうしました?
いくら卒業してしまったからと言って、
ここへ立ち寄る事がそんなに驚きでしたか?」
大和は相変わらず柔和な笑みを浮かべながら、
卒業したのはつい2、3日前なのに、
私服姿だったためか、いつも以上に大人びた表情をしていた。
はそんな大和にまるで見惚れているかのように固まっていた…。
「大和先輩、指導しにいらっしゃったんですか?」
手塚が生徒会の用事で不在のため、
大石が副部長らしく、みんなの疑問を口にした。
「いいえ、今日は何の日か、
皆さん忘れてる訳ではないですよね?」
大和はそう言いながらの方を向いた。
「僕はちゃんに…。」
はと言えば、大和先輩が何を言い出すのやらと気が気でない様子。
ドリンクの入ったカゴをガタンとベンチに置くと、
いきなり大和の上着の袖を引っ張った。
「せ、先輩、ちょっとすみません!!」
慌てたように大和を引っ張って部室の方へと歩き出す。
大和は困った顔をするも、チラッと不二の顔を見ると、
諦めたようににされるまま歩き出した。
残された2年レギュラーは、マネージャーの異様な行動にしばし誰も口をきけなかった。
「なんなんだよ〜。」
菊丸が不機嫌そうに呟いた。
「と大和先輩か…。」
乾の眼鏡が怪しく光る。
「お、おい、憶測だけでそんな…。」
大石もなぜか平静ではいられない様子。
「今日って…。」
今度は河村が落ち込んだように呟く。
「うん、ホワイトデーだよね?」
不二は、みんなが口に出せないでいた事を言い切った。
「やっぱりあれは見間違いじゃなかったんだにゃ。」
菊丸が部室の方を見ながらため息をついた。
「あれって何の事だよ?英二。」
「大石、バレンタインにが俺たち全員にチョコを配っただろ。
だが、大和先輩のチョコの箱は俺たちのより幾分大きかったんだ。」
乾がテニスデータとは別のノートを開いていた。
どうやら専用の個人データが収められているらしい…。
「あーあ、大和先輩がちゃんの本命だったんだにゃ。
それできっと、先輩、ちゃんに会いに来たんだ。」
菊丸たちの言葉に不二の中で何かがふつふつと湧き上がってきていた。
―なんで、僕だけ?―
一方は大和を部室まで引っ張って来ると、
レギュラーのみんなに会話を聞かれる心配がないと安心したのか、
やっと口を開いた。
「大和先輩、ひどいじゃないですか?」
「どうしてですか?」
「バレンタインの時の事は秘密にしてくれなくちゃ…。」
「その分じゃ、あれから何も進展なしなんですね?」
大和は可笑しそうに思い出し笑いをした。
は真っ赤になって抗議した。
「そりゃあ、あんなバカなことをしちゃった私が悪いんですけど…。」
「でも、一応人の2倍もチョコをもらってしまった訳ですし、
ホワイトデーにお礼ぐらいしなくちゃと思いましてね。」
「お礼って言われても…。」
「だから、僕がちゃんのためにひと肌脱ごうと思いましてね。」
「えっ?」
「ちゃんは不二の事が好きなんでしょう?」
「そ、そうですけど…。
でも、もういいんです。
バレンタインにチョコをあげ損なっちゃったし。」
「そういう訳にはいきませんよ。」
「だって、あれから不二とは用事以外の話はできなくなっちゃったし、
お誕生日も結局おめでとうしか言えなかったし。」
「困った人ですね。」
「だって、私、あのチョコに今までの想いを全部注いじゃったんです。
だから、…今更。
だけど、…来年のバレンタインまでなんて、
…ック。」
そう言うと、はいつの間にか泣き出していた。
大和はそんな後輩を愛しく見つめながら、
の頭を軽くポンポンと叩いた。
「大丈夫ですよ。
彼ならきっとわかってくれますよ。」
そう言って大和はの手に小さな箱を乗せた。
「これは僕からのバレンタインデーのお返しです。」
大和が部室のドアを開けると、
目の前に不二が立っていた。
大和は面白そうに不二を眺めた。
「大和先輩、これから僕と一試合やりませんか?」
「不二君、それは何のためでしょう?」
「理由がないといけませんか?」
「そうですねぇ、私としては不二君と試合はしたくないですね。
君はもう僕たちをすでに超えてますから。」
大和は静かに言った。
「それよりも中で泣いてる人がいるんですよね。
困った事に私では何もしてあげられなくてね。
不二君なら彼女の涙を止めてあげられると僕は思うのですけど。」
「大和先輩、一体彼女に何をしたんですか?」
一瞬凍りつくように鋭い視線を不二が大和に向けるものの、
大和は全然動じない。
「不二君。私は何もしてないし、何もしてあげられないんです。
でも、君が何かしてあげたいと思うなら、
今しかないと僕は思いますよ。」
じゃあ、と大和は不二の肩を軽く叩いた。
不二は困惑した表情を見せながらも、
のいる部室のドアノブに手をかけた。
部室の中では立ち尽くしたまま、まだ泣いてるようだった。
「。」
不二が静かに声を掛けるとは一瞬息を呑むように驚き、
すぐに不二に背を向けた。
「ねえ、大和先輩と何かあったの?」
「…。」
「答えて欲しいんだ。
君は大和先輩が好きだったの?」
不二は1歩に近づいた。
「いや、本当はそんなことが聞きたいんじゃないんだ。
僕は、義理チョコでもいいから、
からチョコがもらいたかったな。」
「えっ?」
不二はまた1歩に近づくと、
後ろからを優しく抱きしめた。
「僕は本当のところ、君から特別なチョコがもらいたかった。
そうすれば今日は僕にとって最高の日だったのに。」
「不二…?」
「君が大和先輩のこと好きでも、
僕は君が好きだよ。」
そう言って不二はの髪に顔をうずめた。
「ふ、不二?
何を言ってるの?
私、大和先輩の事、好きだとかそういんじゃなくて、
って、不二、今、何て?
えっと、あれ、頭の中が真っ白で考えられない…。」
いきなりの不二の告白にパニックになったの手の中から小さな箱がコトリと床に落ちた。
が拾おうと手を差し出したのと不二が拾い上げようと差し出した手が重なった…。
「僕はが好きだよ。」
「あ、私は…///」
「言って?」
「私も不二が好き///」
そう言うとはペタンと床に座り込んでしまった。
不二は落ちていた小箱をに差し出した。
「あのね、不二。
私、本当はバレンタインに不二に告白するつもりだったんだよ?」
「えっ?」
今度は不二が驚く番だった。
「私、不二にあげるための本命チョコを間違えて大和先輩に渡してしまったの。」
は恥ずかしそうに頬を染めていた。
「気づいた時には先輩ったらもう箱を開けていて…。
で、結局不二には何も渡せなくなっちゃって。
告白する勇気まで無くなっちゃって。」
「そうなんだ。
チョコなんてなくてもよかったのに。」
「そういう訳にはいかないよ。
と言って義理チョコ渡すのも嫌だったんだ。
ごめんね、不二。」
「ううん、僕こそ。
はきっと大和先輩がずっと好きだったんじゃないかと思って、
今まで僕も何も言ってあげられなかったし。」
2人はお互いを見つめ合っていた。
そしてそのまま2人の唇が重なった。
が大和からのプレゼントを開けると、
そこには小さな種が入っていた。
『へ
幸運の四葉のクローバーの種を君にあげよう。
きっと君に幸せが訪れるよ!
だから、必ず不二と2人で育てるように。
大和 』
2人は顔を寄せ合って一緒に微笑んだ。
―先輩には勝てないな―
The end
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2005.3.14.