好きで、好きで、好き      不二編






それは突然の校内放送での事だった。


 「それでは放送部への投稿を紹介します。」

読み上げるのは確か手塚の彼女だ、とは思った。

いつ聞いても嫌味のない聞きやすい声だと前から思っていたが
手塚がこの声に魅了されたと校内新聞で暴露されていたのは記憶に新しい。

 「毎年2月の下旬になるとたくさんの誕生日プレゼントを貰うのですが
  今年も閏年ではないので僕の誕生日がカレンダーにはありません。
  なので今年は2月29日以外の日に僕に渡されても
  一切受け取らない事にしました。
  それでも僕の誕生日を祝いたいという方は
  おめでとうの言葉だけで充分です。
  気持ちだけ受け取りますのでどうかよろしくお願いします。」

教室の中がざわめき出した。

どう考えてもこの投稿は不二だ。

 「ご紹介した手紙は3年6組の不二周助君でした。
  青学の人気者ですから毎年たくさんのプレゼントを貰って大変みたいですね。
  不二君からはファンの皆さんに感謝の気持ちを込めて
  次の曲をリクエストしたいそうです。
  ではお聞きください。」

流れる曲はクラスの女の子たちの落胆の声でかき消されてしまった。

せっかく不二が選んだ曲なのにね、と
それでも皆の気持ちも分かるだけには仕方ないかと窓の外を見た。






 「、聞いた?」

放課後になって親友のの教室に来るや
やや興奮気味に喋りだした。

 「何?」

 「何って校内放送よ。
  不二君が今年は誰からのプレゼントも受け取らないって奴。」

 「聞いたよ。
  仕方ないんじゃない?」

がそう答えればは、そう言うと思った、とため息をついた。

 「いつも思うけどの沸点って低いよね?」

 「何よ、それ。」

 「だってさ、だって不二君の事、好きなくせに、
  まるで全然そんな風に思えないもん。」

 「大きなお世話です。」

は気持ち口の端でだけ薄く笑うのだが
その表情は長年連れ添っているくらいにしか読み取れないかもしれない。

同じテニス部では男子部の手塚が顔に表情を出さないから
いつしか女手塚とまで言われてしまう始末だった。

 「でもさ、不二君だって何も校内放送で呼び掛けなくたってねぇ。
  くれる物は貰っとけばいいじゃん。
  うちのクラスの女子もみんながっかりしてたよ?」

 「だけど、ああやって最初に言ってくれた方が親切じゃない?
  本人だって貰うたんびに断るのも大変だと思うし。」

 「そりゃあそうかもしれないけど。」

が大袈裟にため息つくのをは不思議そうに眺めた。

少し前までは確か手塚が好きで同じテニス部の癖に
追っかけ紛いの事までしていたからだ。

沸点が低いというならは冷めやすいんじゃないかと思う。

でもまあ、好きな人に彼女ができたらその思いは封じ込めるしかないのだろうけど。

手塚への気持ちをあっさりと不二にと変えた
それでもよりは熱心にアタックしている。

 「バレチョコは受け取ってくれたのにね。
  誕生日でばっちり不二君の心を掴もうと思ったのになぁ。」

さも誕生日プレゼントで恋が実らんばかりの
は呆れたように返した。

 「同じテニス部だもの、チョコはみんな受け取ってくれるよ。
  手塚君だって同じ部活のよしみで無碍には断らなかったでしょ?」

 「あれは彼女持ちの余裕って奴じゃない?
  大体私、不二君にしかチョコ、あげなかったし。」

 「そうなの?」

にしては珍しく意表を突かれた表情を浮かべた。

まさかがそこまで本気とは思わなかった。

対して自分は、め一杯友チョコと称して皆に配ってしまった。

もちろん不二にも同じような体裁のチョコだった訳で。

 「あ、が微妙に落ち込んでる〜。」

がニヤニヤと人の顔を覗き込んでくるから
は冷ややかな目でを睨むと鞄を持って立ち上がった。

も慌てての後を追うと
教室を出た所でばったりと噂の張本人に出くわした。

 「不二君?」

 「よかった、すれ違うかと思った。」

爽やかな日常的スマイルはやっぱり眩しすぎて
はほんの少し俯いてしまう。

けれどの方は素直なくらい不二に会えて嬉しいという感情を
そのまま顕わにするのが羨ましいとは心の中で思った。

 「ねえねえ、不二君、昼の放送聞いたよ?
  誕生日プレゼント、全部断っちゃうの?」

 「ああ、聞いててくれたんだ。
  そう、今年は29日ないしね。」

 「みんながっかりしてるよ?
  私たちだってプレゼント用意してたのに。
  ねえ、私たちのはこっそり受け取ってくれない?」

の速攻に不二よりもの方が面食らった。

私たち・・・なんて言ったらと二人で、って言ってるようなものだ。

そんなあからさまに不二に強請るなんて
にはそんなずうずうしさはない。

でもは反論する機転もなくて
ほんの少し態度で示したくて眉根を寄せてを睨もうと思ったら
不二の深くて蒼い瞳と視線が合ってしまった。

は慌てて視線を外した。

 「には悪いけどプレゼントは受け取れないよ。
  校内放送で宣言しちゃったからね。」

不二はいつも通りの調子でに優しく答えた。

 「え〜、そんなぁ!?」

軽く口を尖らせるに笑いかけながら
不二はの名前を呼んだ。

 「ねえ、
  手塚から言付かってるんだけど
  いくつか渡したい物があるから寄ってくれって。」

 「えっ?」

 「だから、先に部室に行っててくれない?」

 「いいけど、不二君は?」

 「僕も呼ばれてるんだ、手塚に。」

手塚の名前を出されれば文句は言えなくて
不承不承に手を振ると名残惜しそうに昇降口に向かった。

は仕方なく不二と並んで歩き出した。


いつもと変わらない廊下が果てしなく長く感じる。

いくら部活と一緒だとは言え、
こうも二人っきりで並んで歩くなんて事はない。

何か当たり障りない会話でもした方がいいのかと
ちらりと横を覗えば不二は前を向いている割に
の気配を感じたのかクスクスと笑い出す。

 「そんなに緊張する?」

 「えっ、そんな事。」

 「だってどうしようもなく慌ててる。」

 「別に、ちっとも。」

むっとしたように口元を引き締めるだが
力を込めなければ声が震えそうだった。

 「無理しなくていいよ。
  手塚の側にいる事が多いからさ、
  何となくの無表情さにも
  随分いろんな表情があるなあって割と分かっちゃうんだよね。」

 「えっ?」

 「ほら、また動揺してる。
  僕に分かられると困る?」

 「困るも何も、別に・・・。」

 「別に?
  僕の事なんて何とも思ってない?」

さらりとそんな風に言われても答えようがない。

何とも思ってない等と言いたくはないけど
じゃあどう思ってるのかと突っ込まれそうで
思わず立ち止まってしまえば胸の鼓動ばかり大きくなって気になる。

こんな時、ならチャンスとばかりに打ち明けるんだろうな、
と心の隅で思ったけど、は胸が苦しくなるばかりで息もできない。

そうしたらの耳元で不二が小さな声で呟いた。

 「が僕の事好きでいてくれたら
  僕は凄く嬉しいんだけど。」

優しい声にぴくりと体が反応してそのまま一気に体中が熱くなって
無意識に声のした方を見上げたら不二は照れたように笑っていた。

不二が照れるなんて初めてだと思ったら
の頬も熱くなっている。

赤面してるんだとは自覚して思わず頬を両手で挟みこんだ。

 「そんな顔されるとますます僕もどうしたらいいか
  分からなくなるんだけど?」

 「か、からかってないよね?」

 「心外だな。
  僕はの事、好きで好きで、凄く好きで。」

 「う・・・そ。」

 「嘘じゃないったら。
  誕生日には好きな子以外には祝って欲しくないなって、
  そう思ったからあの放送をしたんだし。
  だから、、僕の彼女になって。」

 「えっ、ど、どうしよう?」

有り得ない位パニくってるを見て不二は苦笑した。

 「どうしようって・・・。
  ね、、ちょっと我慢してね?」

不二はそう言うとを思いっきり抱きしめて来た。

わぁぁぁぁ、っと言う叫びはの頭の中で響き渡った。

もう何が何やら全く分からなくなって
ここが学校だとか、3年1組の教室前だとか
誰かが見てるだろうかとか、
もうそういう事は全部吹き飛んでいた。

ただただ感じるのは自分でない誰かの腕と胸。

でも次第に落ち着いてくれば
不二の暖かな胸からと同じような鼓動が聞こえて来て
そのままじっと耳を傾けていた。

じわじわと広がる幸福感はまるで夢心地だった。

 「?」

 「えっ?
  わっ、えっと・・・。」

 「これからよろしくね?」

涼しげに笑われてもの赤面は当分納まりそうにはなかった。

の落胆振りを目の当たりにするのはそれから数分後の事だった。









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☆あとがき☆
 今年は2/29は無かったからと
そんないい訳で遅くなりました。
来年はちょっと本気を出さなくては?(えっ!)
2011.3.28.