再び会う時が来たら…






 また今年も桜の季節が終わってしまった。



木々の緑が目に眩しくて、
は肩にかかる髪を後ろに跳ねのけながら、
青学大学の桜並木を仰ぎ見る。


 「今年もまだ帰って来ないのかな。」

の独り言を聞きとがめる様に、
親友のが後ろから声をかけてきた。

 「何ブルーはいってるの?」

息を弾ませながらと肩を並べる。

中等部の頃はこのメンバーにいつも不二と菊丸がいたのに、
今は2人ともテニス留学で日本にはいない…。

 「うん?そんなに暗かった、私?」

 「仕方ないか。不二は全然連絡くれないものね?」

の言葉にちょっと淋しそうにが笑う。

 「仕方ないよ。待っててくれ、なんて周助は言わなかったから…。」

 「でもさ、実際、は待ってる訳じゃん?」


高校卒業してから何度もと交わすこの会話。

 「だけどね。」

はさわさわと風にそよぐ青葉を見ながら言葉を紡ぎ出す。

 「今度周助と出会ったら、
  多分その時が私たちのちゃんとした別れの日のような気がするんだ。」

は驚いての顔を覗きこむ。

 「それ、本気で言ってるの?」

 「うん。だって、待ってて、とも言われなかったけど、
  私も待ってる、なんて言わなかったんだもの。
  周助だって、ほんとはもう、私とは自然解消したかったのかな、
  って、最近思うようになった。
  それが彼なりの優しさかなって。」

 「でもさ、の方は自然解消になってないじゃない。」

 「うん。だからね、次に会った時、
  その時が最後なんだって、思うんだ。」


はううむ、と黙り込む。

月刊プロテニスの最新記事に載っていた、
『不二周助、次のトーナメントには新恋人同伴か!?』の見出しを思い出し、
がそれを知って言ってるのかどうか、ふと気になってはいたが、
それを言い出すのは辞めた。

どちらにせよ、不二本人がに告げる事実しか、
は信じはしないと思っていたから…。














     *******     











それから数日後の夕方。

は早めに終わった講義のせいで、
大学を通り抜けると、回り道をして青春高校の敷地内を歩いていた。

図書館の壁を這い登ってる蔦や、
とランチを食べた噴水脇のベンチ、
校舎をつなぐ渡り廊下や水飲み場、
そしてテニスコートを囲むフェンス…。

そのどれもにの思い出が詰まっていた。

懐かしそうにそれらを見やりながら、
自分はまだあの頃のままだと苦笑する。





 『ねえ、10年経っても周助は変わらないかもね。』

 『そう?』

 『うん。例えば10年経って、偶然街で出会っても、
  周助は全然変わらないような気がする。』




    あの頃の自信はどこへいったんだろう?

    周助は変わらないって。

    でも、今はとても不安だよ。

    今、周助と出会って、周助がすごく変わっていたらと思うと…。

    ううん、もうわかってる。

    あの頃のままでいるなんてあり得ないって。







胸の奥にぐっとこみ上げてくるものを無理やり押さえ込んで、
は校門の方へ歩いて行った。

校門を出たところでは懐かしい顔に、思わず心臓が止まりそうになった。

その笑顔は絶対見間違う事はない笑顔。

そう、何年経っても変わらないと思っていた笑顔。






 「しゅ…、周助!?」

 「嬉しいな、まだ忘れられてなかったってことだよね?」


     忘れるなんて、そんなはず、ないじゃない!


心の中でそう叫びながらも、は不二のあまりの普通さに、
何年も音信不通だったことを責める言葉も出なかった。

 「いつ、戻ってきたの?」

 「ああ、今朝。
  荷物を置いて、ちょっとここらへんを歩いてみたくなってね。」

そんな風にしゃべる不二は変わらないように見えた。

でも、日本に帰って来ても、に連絡しようと思わなかったってことは、
やはり、もうすでに不二の中でとの関係は自然消滅してるのかもしれない、
はそう確信するしかなかった。


 「ねえ、もし時間があるなら、
  久しぶりに食事でも一緒にどう?」

不二の申し出には頷くしかなかった。



     多分、これが最後のデートなんだから…。













     *******











は寝返りを打つと、うっすらと明るい光に目が覚めた。

ぼんやり映る窓のカーテンは薄いグリーンのレースカーテン。


 「?」


働かない頭とは裏腹に、は自分が何も身に着けないでベッドの中にいる事に驚愕していた。

 「なんで?
  ここは…どこ?」

身を硬くしながら、はそっと後ろを振り返った。

そこには少し大人びた不二周助の寝顔があった。






     確か、偶然不二に会って、食事して、
     懐かしい話にとめどがなくて、
     少し飲まないかって言われて、
     アメリカの遠征の話を聞いてるうちに酔いが回って、
     タクシーで帰るからって言ったのに、
     危ないから送って行くって言われて…
     その後…?  その後…?




思い出せない記憶の断片。

不二に抱かれて、夢なら覚めないでって思ったけど、
あれは現実だったのだろうか?


とにもかくにも、ここにいてはいけない気がした。

懐かしさで2人ともどうかしてたんだ。

はそっと体を起こした。





 「ねえ、まさか、黙って出て行く気じゃないよね?」

不意に不二の囁くような声に、は思わず不二に背中を向けた。

 「私、戻らなきゃ。」

 「どこへ?」

 「どこって、私のいるべき所。」

 「どうして?」

不二の質問には戸惑う。

 「どうしてって。
  大丈夫、私、ちゃんとわかってるから。」

 「えっ?」

 「私たちもう十分大人だよね?
  懐かしくてこんな風になっちゃったけど、
  私、いい思い出になったから。
  だから、周助も気にしないで。」

の目に涙がたまる。

 「気にするよ。
  昨日は僕の事愛してるって言ってくれたのに、
  今日はもうそれを思い出にしてしまうなんて言われたら…。」

 「気にしないで!!
  …周助も私も酔ってたんだから。
  大体、周助が好きだった私は昔の私だよ。
  私の好きだった周助も昔の周助。
  ね、ちゃんとけじめつけよう?
  じゃないと、私も、周助の新しい恋人も困るでしょ?」

の言葉に不二はニッコリ微笑むのだが、には不二の思いは伝わらない。

 「、ごめん。
  本当にごめん。」

 「いいよ、もう。」

 「違う。
  昨日は懐かしくて、が変わってなくて嬉しくて、
  の顔を見ていたら理性がなくなってつい抱いてしまったけど…」

 「だからいいよ。」

 「よくない!」

そう言うと不二は逞しいその腕にを閉じ込めた。
暖かな体温はを赤面させるに十分だった。

 「僕は、を愛してるんだよ。
  他の誰でもない、君を。
  ずっと、ずっと、今も変わらず…。」

不二はぎゅうっと抱きしめた腕とは反対に、
の首元にそっと口付けた。

 「うそ。」

 「嘘じゃない。
  君に待っててなんて言えなかった。
  待たせちゃいけないとも思った。
  でも、別れたいなんてこれっぽっちも思わなかった。
  それで何も言わなかったんだ。
  ただ、それでが変わってしまっていたら仕方ないって思ったんだ。
  僕は変わらない。
  そうが信じてくれてたならいいなって、期待はしてたんだ。
  ごめん。
  を縛りつけないようでいて、本当は縛り付けていて。
  でも、もう離さないから。
  今度日本を離れる時は、も一緒だから。」

 「周…助///」

 「10年後も僕は変わらない。
  を想う気持ちもずっと変わらないから。
  ね、だから、のいるべき場所は、ここなんだよ?」

 「うん。」

の涙は今までにないくらい暖かだった…。








    The end



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☆あとがき☆

 今お気に入りの曲は青酢の『FREEDOM』です。
この中の1フレーズ「例えば10年経って街で偶然出会っても・・
君は変わらないだろうね」という言葉が好きです。

不二君にずっと想われていたい!!

ただ、それだけです。(笑)

2005.5.5.